♪MIZUHO&タイガー大越/スターズ・アンド・ムーン
house of jazz HOJ-100326 ¥2, 800
♪NOON/Songbook
JVC VICJ-61615 エ 3, 150
♪北浪良佳/ソングス
ビデオアーツ・ミュージック VACV-1052
¥1, 500
♪TAEKO/Voice
Flat Nine 010 101
♪航/Do - Ch_
KOYA KOYA-108001 ¥2, 000
この数ヶ月の日本の女性ジャズ(系)歌手による作品で、気になる新作が数点あった。しばらくご無沙汰していた<My Choice>でまとめて取りあげてみたいと思う。テーマには<song>か<voice>がふさわしいか。
MIZUHO(箭原みずほ)というと、意表を突く5拍子の「ソーラン節」をオープニング曲においた前作のデビューCD『翼』が印象的だった。どこか日本人離れした唱法のゆえと思うが、全体的にもすこぶる新鮮な出来映えであった。東京を活動拠点にしていたらあるいはスポットライトを浴びる存在となっていたかもしれない。実際、それだけの魅力としっかりした歌唱力を持つシンガーだが、思うところあってか彼女は札幌を中心に北海道での活動を捨てない。上掲作は第2作で、デビュー作と同様タイガー大越が全面的にバックアップし、全編のアレンジまで買って出るほどの気の入れよう。タイトル曲も彼のオリジナルで、詞も彼自身が新たにつけた。この新作では「虹の彼方に」、「あなたの思い出」、「ワルツ・フォー・デビー」等のほか、ジョビンの「コルコヴァード」とジョニー・マーサーの「ドリーム」では彼女がみずからつけた日本語の歌詞を混じえて唄っているのが目を惹く。スキャットもうまい。といって、才知が表に出る押しの強いタイプのシンガーではなく、実は繊細でナイーヴ。声といい唄い方といい北海道の自然を象徴するライラックの清楚な美しさが涼風になびいている絵のよう。押しつげがましい嫌みが微塵もない。タイガーが惚れ込んだ気持も分かる。MIZUHOもタイガーの「スターズ・アンド・ア・ムーン」を情感豊かに歌って彼との意気投合ぶりを発揮。伴奏陣もヴァイオリンが1本加わった以外はデビュー作と同じ。ボストンでの和気藹々の吹込風景をしのばせる気持のいい1作だ。
一昔前だったらMIZUHOなどは癒しのジャズ・シンガーとして話題になったかもしれない。似たような印象を受けたのがNOONの新作。彼女が2003年に『ベター・ザン・エニシング』で世に出たときからそのセンシブルで柔らかい唄い方には注目していた。それから7年余りが経って、久しぶりに聴いた彼女は好ましい意味での大人になっていた。これはいわばヒット・ポップ曲のカバー・アルバム。マイルスも生前に吹き込んだシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」、ジョン・レノンの「ラヴ」、スティービー・ワンダーの「ユー・アー・ザ・サンシャイン〜〜」、スティングの「イングリッシュマン・イン・NY」など全11曲。同じくレノンの「イン・マイ・ライフ」で締めくくったこの作品の彼女は、前作『ホーム・カミング』以上にどのポップ曲も伸びのびと屈託なく唄っていて、これまた気持よい。癒される人がいてもおかしくないほど、NOONは実に気持よくこれらの曲をあたかも現代のスタンダード曲のように歌い上げてみせた。といって、大向こうを唸らせるような、あるいはこれ見よがしの、スケールを意識した唱法に向かうことなく、あくまでもポップな伸びやかさでリズミックに唄う。まさにセンスのいいソングブック。バックも凝っている。秋田慎治(p)を軸にしたトリオに富永寛之(g)を加え、曲によって黄啓傑(cornet)と鈴木央紹(ss、ts)のホーンで味を出す。ベースだけでも安ヵ川大樹ら5人、ドラムも藤井摂ら3人が名を連ねる。バックグラウンドが快適なのもNOONの好唱を引き出した要因だろう。
一方、北浪良佳は本格派だ。何しろ大阪音大の出で、オペラでデビューした経歴の持主。だが、艶のある本格的ヴォイス、正統派らしい歌唱力が、彼女の場合は嫌みとなって現れない。これは彼女ならではの特異な持味と魅力で、本欄で2007年のデビュー作『リトル・ガール・ブルー』を絶賛した理由もそこにあった。これは2年ぶりの新作。ポップだろうと何だろうといいものはいいという彼女らしい割り切り方が、ここでの選曲にいみじくも現れている。武満徹の「翼」と「○と△の歌」、グリーグの「ソルヴェイグの歌」、映画主題曲「魅惑のワルツ」、服部良一の「蘇州夜曲」、ハバナ生まれのギタリストで作曲家のセザール・ポルティーリョが52年に書いた「遠く離れて」、加えて北浪自身の詞に本作のピアニストでプロデューサー、林正樹が作曲した「オーディナリー・デイ」という7曲。まさに色とりどり。いわゆるジャズは1曲もなく、スタンダード曲すらない。だが、ふだんジャズ演奏家と交流している彼女らしく、クラシック出身ならではの発声術とジャズの現場で鍛えた表現性が違和感なく溶け合っているのがむしろ微笑ましい。どれも気持よく聴けるのだが、昨年横浜ジャズ・プロムナードで板橋文夫と共演したステージで唄った「ソルヴェイグの歌」のように、熱唱すると力が入り過ぎたり、その結果歌い過ぎたりする弱点が、本作には見られない。いずれにせよ、ジャズもクラシックも理解した彼女の歌唱力とカテゴリーを超えたコンテンポラリー性、そして親しみやすさは貴重。最後に、7曲で30分ゆえか、1500(1575)円とは驚き。これくらいが長さとしては気持よい。
「蘇州夜曲」を歌った新作CDがもう1枚あった。それがTaeko Fukao (深尾多恵子)の『Voice』。98年に渡米し、現在もニューヨークで活動する彼女は、さすがに今回のラインアップの中ではジャズ・ヴォーカルらしいアク(毒気?)をふんだんに発散する人。北浪と同じく2007年に処女作を発表したらしいが、過日ニューヨークから送ってもらったこの第2作を耳にして私は初めて彼女のことを知った。“Voice”(表紙に“声”という1文字がある)とあえて銘打つだけあって、本作では彼女のさまざまな声に親しむことができる。彼女は声でさまざまな唱法を演出するが、肝腎の声そのものは線が細い。決してドラマティックな迫力を売りにするタイプではなく、声を技能的に使い分ける面白さを発揮するシンガーと聴いた。ハンコックの「カンタロープ・アイランド」という意外な1曲で始まり、モンクの「アイ・ミーン・ユー」に続いて「蘇州夜曲」(ほかに「琵琶湖周航の歌」も取りあげている)をややけだるいニュアンスをたたえたセレナーデ調で。マーヴィン・ゲイのブルースに続いて「オン・ア・クリア・デイ」ではリズムに乗ったスキャットを披露。自作の「春の夜想曲」、ショーターの「インファント・アイズ」に続くエリントンの「アイ・ドント・ノウ・アバウト・ユー」が優れたバラード表現だった。ピアノ・トリオにギター、曲によってオルガン(グレッグ・ルイス)を加えたバック。アレンジにはドラマーでプロデュースも手伝ったダグ・リチャードソン。’08年のジャズ・モービル・ヴォーカル・コンペティションで一躍注目を浴びたという彼女の今後に注目したい。
人を食った詩、前後脈絡のない言葉が並ぶ。あたかも言葉と格闘する現代詩の若き詩人たちを想起させる。詩を追っていくと、言葉のボクシング、あるいは言葉の混ぜご飯が、イメージ的に脳裏を去来する。6曲目の「6 Variation 」の歌詞に相当する“???△○*□♪???”なんて、何を言っているのか皆目分からない。共演者に田村夏樹、スペシャル・サンクスに藤井郷子の名がある。なるほど。謎が解けたような気はしたものの、恐ろしく自由で奔放、謎とナンセンスに満ち溢れた、音と言葉の遊びと冒険。
これは、航(こう)という名の女性弾き語り奏者の第1作らしい。“らしい”としたのは私には何もかも初めてで、彼女についての知識は全く持ち合わせていないからだ。共演者はドラムの植村昌弘で、曲によってチェロの公文南光と田村が参加する。
「窓」に始まり、「稜線」、「山頭火」、「Gare」、曾野綾子の著作に暗示を得た「道標」で終わる全9曲が彼女のペンになる。誰の耳にもジャズ・ヴォーカルの作品とは思うまいし、ジャズ系の共演者とかジャズならではのリズミックな展開を認めた上でも、これをジャズと聴く必然性はない。ただし、彼女のピアノは随所でジャズらしいアタックや舞やみずみずしさを発揮する。だが、Do-Ch_(道中?、宙を闊歩する?)は何の暗喩か? 聴くうちに謎が謎を呼ぶ。つぶやきとも呪文とも聴こえる彼女のヴォーカルは新手の祈祷師みたいだ。そこが面白い。航自身が言う“まぜこぜチャンプルー音楽”と思って聴くとなお面白い。
余白に2点。まずは近年とみに優れて活きのいいイタリアン・ジャズを紹介しているノーマブルから出た1枚。青木カレンの『バイ・マイ・サイド』(Noma Blu POCY-50068〜ポニー・キャニオン)は、クラブ・ジャズの雰囲気満載のナンバーを気持よさそうに唄った青木カレンの新作。コール・ポーターの「イッツ・オールライト・ウィズ・ミー」もクラブ調で仕上げてみせる。自身の作詩曲が4曲あり、詩的感性にも注目したい。何よりステファーノ・セラフィニ(tp)のジャズライフ・セクステットを中心にした力強いアンサンブルが聴きもの。イタリア録音らしい明るさが映える1作。
最後は例外的な1点。韓国のトップ・シンガー、ウンサン(Woong San)の『クローズ・ユア・アイズ』(After Beat POCY-50065)。秋田慎治、鈴木央紹、天野清継、安カ川大樹、大槻英宣ら本邦の精鋭をバックにスタンダード曲など12曲を唄う。90年代末から日本のライヴハウス活動で注目を集めてきた独特の表現が魅力。情念をたたえたヴォイス・コントロールからパンソリ風の情の濃い世界がほの見える。(2010年5月)
悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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