Vol.39 | My Choice 3 text by Masahiko YUH

 久し振りに< My Choice >に手が伸びた理由は、置き去りにしたまま通り過ぎるにはしのびない、そんなヴォーカルCDの数々から突如ラヴコールがかかったような気がしたから。
 CD評のサイトで紹介するCDは数も限られているし、まとめて取りあげるスペースもない。時によってはピアノの新譜がある時期に集中し、それも佳作や秀作が幾枚も重なったりすることがある。今度の場合、それがたまたまヴォーカルだった。白状すれば、9月にギラ・ジルカのCDを推奨したとき、異例ともいえる日本の高い女性ジャズ(系)・ヴォーカルへの関心の高さをテーマに何か書けないかと考えたりした。ところが、考えている先から次々とヴォーカルの新譜が市場を賑わせる。実際、その前後数ヶ月の間に魅力的で中身も充実したジャズ(系)・ヴォーカルCDが手もとに集まってきた。新譜は野菜や魚介類と同じようなもので、鮮度が命。時期を外せば新鮮さがたちどころに薄れる。鮮度が落ちぬうちに、というわけで・・・・・
 この1年の国内最良の収穫品をヴォーカル盤からピックアップすれば、ギラ・ジルカの『 All Me 』(Jump World)と、さがゆきが潮先郁男および加藤崇之という2人のギタリストと心許しあうがごとき優しい息遣いで歌った『 I Wish You Love 』(Quint)の2作が出色。考えた末、後者を国内演奏家作品のベストに選んだ。海外作品ではヘイリー・ロレンの『アフター・ダーク』(White Moon)。こちらはこの直後に発売された『クリスマス・コレクション』(同)の方をCD評で取りあげたのと、ボーナス盤付きのさがゆき盤の方も同じサイトで紹介されたという理由で、2作とも他に譲ることにした。

  というわけで、今回取りあげるのは次の5作品である。
 (1)ケイコ・リー/スムース( Sony Music SICP - 10113 )
 (2)ダイアナ・パントン・トリオ+1/ピンク( fab〜Muzak MZCF - 1231 )
 (3)ティファニー/ルビー&サファイア( Eighty Eight' s VRCL - 18849〜50 )
 (4)アレクシス・コール/ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ( Venus VHCD - 1046 )
 (5)カサンドラ・ウィルソン/シルヴァー・ポニー(ブルーノート TOCJ - 66535 )

 ヴォーカル盤をざっと眺めて改めて気がついたのは、ギラ・ジルカを除いて熱唱、力唱型の唱法がめっきり少なくなり、力を抜いてリラックスした気分を歌詞に託し、メロディーに乗せて語るように歌う傾向や風潮が強いこと。主たる流れになっている観さえある。水源はダイアナ・クラールの唱法あたりかもしれない。ヘイリー・ロレンの唱法がその典型的な例で、ジャズ・ヴォーカルという歴史的なスタイルや枠から解放された自由な息遣いと伸びやかな唱法が特徴といっていい。こういう歌唱だと声量も格別には必要ないし、美声である必要もない。ジャズ的な技法にもさほど神経質になることもない。さがゆきの場合はこの風潮に乗ったというより、長年ジャズ演奏家の中でもまれながら鍛えられた強みがツイン・ギターとの会話に生きたというべきだろう。ダイアナ・パントンの(2)にもロレン同様この新しい風が吹いている。本CD評のコーナーで第2作の『ムーンライト・セレナーデ〜月と星のうた』が紹介されたばかりだが、時を経ずして発売された(2)での彼女は、前作のドン・トンプソンとレグ・シュワガーのデュオにトランペット1本を加えたバックでソフトなタッチのヴォーカルを綴っていく。ちりめんヴィブラートが少し気になるが、CDの帯(たすき)のキャッチ・コピー、<聴く者の夢に優しくとけ込むクリーミー・ヴォイス>とは彼女の唱法をうまく言い当てている。

 パントンはカナダ出身。昨年注目を浴びた10代(94年生)の女性ジャズ・シンガー、ニッキ・ヤノフスキーも、エミリー・クレア・バーロウもカナダ生まれ。バーロウはまさに貫禄たっぷりで、どんなポップ曲でもジャズに仕立て上げる腕前はさすがカナダの人気歌手。ドノヴァンやナンシー・シナトラらの60年代ヒット曲をジャズ・アンサンブルのバックで歌った新作『ビート・ゴーズ・オン』(ビクター・エンタテインメント/VICJ- 61645)も彼女ならではの巧みな料理法で聴かせる1作。枠をふやして推薦作にしたいくらい。
 上記にあげた新作群の中では(1)のケイコ・リーがさすが貫禄ぶりを発揮した。聴き終えて気がついたのだが、全10曲のほとんどを同じようなリズムとけだるい感じのムードに統一して歌っている。だが、それをまったく感じさせない。彼女の歌唱力ゆえか、アルバム運びの上手さか。自身の弾き語り(EやI)や野力奏一のピアノで歌ったFのほか、野力のトリオにキーボードのジョージ・デュークを据えたバックで「ニアネス・オヴ・ユー」などのスタンダード曲とビル・ウィザーズの「ハロー・ライク・ビフォア」等のポップ曲を半々で歌った風通しの良さが印象深い。ゆったりしたリズムに軽く乗って肩の力を抜いて歌いあげる彼女の円熟した唱法を前にしては、テンポの変化などの小手先のアルバム作りは必要ではなかった、ということではないか。  ティファニーの新作(3)にもこの風がそよいでいる。彼女は日本を活動拠点にする稀有なシンガーで、すでに4作のアルバムを発表している。第5作はジャズのスタンダードを集めたルビー・サイド、ジャニス・ジョプリンなどのポップスだけのサファイア・サイドの2枚組。前者のオープニング曲「赤とんぼ」がいい。ネイティヴみたいだ。彼女の歌唱にはアクがない。ある種のポップ曲ではこれが裏目に出ることがあるが、素直な唱法は好感がもてる。
 この5枚中、従来からのジャズ歌手の規範で高い点がつくのは(4)のアレクシス・コールか。艶も声量もあるヴォイスでジャジーな唱法を展開する好例のひとつは、ヴィクター・ヤングの「ディライラ」。ハイノートを駆使した楽器とのアンサンブルに往年の歴史的名唱が甦る。「ゴールデン・イヤリング」や「クライ・ミー・ア・リヴァー」など11曲中8曲が日本人好みのマイナーとそれに類する曲。日本のプロデューサーの意向かもしれないが、甘さを徹底的に排した唱法に感心した。歌い過ぎるせいか、同じ調子の曲が続くと聴き疲れするが、久し振りに実力派ジャズ・ヴォーカルのスリルを楽しんだ。
 カサンドラの新作は昨年11月のライヴ(スペイン)と、12月のスタジオ録音(ニューオリンズ)とを繋ぎ合わせて、一幅の現代絵画に似た幻想性をもつ世界を描き出す。いやむしろ、紙芝居でも見ているような気分にさえさせると言った方がいいかもしれない。彼女がよく歌う「恋人よ我に帰れ」のライヴで蓋を開け、伝承曲のA「セント・ジェームス病院」チャーリー・パットン作の古いデルタ・ブルースD、かと思うとスティーヴィー・ワンダーのE「イフ・イッツ・マジック」やビートルズの「ブラックバード」など新旧の佳曲にオリジナル曲をまぶして構成した本作からは、アメリカの広い大地や曠野、あるいはカントリー風な南西部の情緒が漂ってくる。ほとんどが前回の来日メンバーのバック。中でラヴィ・コルトレーンを起用したC、R&B系のジョン・レジェンドと共演したJが好アクセントになった。(4)のコールとは好対照の1作。カサンドラといえば故人となったニーナ・シモンやベティ・カーターを連想させたものだが、今や独自の世界を見出しつつある。(2010年12月16日)  

悠 雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
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#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
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オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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