Vol.44 | Jazz for Japan、そしてLove for Japan〜世界はひとつ | |
text by Masahiko YUH |
未曾有の被害と悲劇をもたらした東日本大震災から半年が経過した。
ところでこの間の、多くの人々が期待をこめた政権交替劇の顛末が、期待を裏切る民主党の、失笑を通り越して怒りを爆発させたくなるほどの失政で終わるとなれば,これほど馬鹿馬鹿しい悪夢はない。小泉政権が終わって6人目の首相が誕生したが,何と6年も経っていないのだから呆れ果てる。ことのついでに、空いた口がふさがらない例をひとつ。民主党が誕生してすぐに着手した<事業仕分け>には多くの人々が喝采し,私もこの巻頭文でエールを送った。当初は無駄を省く一環として財源を捻出するためと公言していたはずだが,過去3回の事業仕分けの後半では,ついに「財源を捻出するためではない」と大きく後退した。「逆立ちしても鼻血がでないほど無駄をなくす」と言ったのは菅直人前首相だが、これを受け継いだはずの野田新首相が,財務大臣時代のこととはいえ,2009年秋の事業仕分けで凍結となったはずの予算をなぜかご破算にし、国家公務員宿舎(埼玉県朝霞市・米軍キャンプ跡地)の建設にゴーサインを出していたことが明るみにでた。もしも震災前のことだったと開き直るなら,新首相となったからにはこの指示を撤回し、105億円とかいう建設費を復興支援に回す策に転換するのは当然のことではないだろうか。
この宿舎はさいたま新都心で働く職員のためだというが、なぜ復興財源の捻出に四苦八苦し、全国民あげて復興支援に立ちあがっている今でなければならないのか。理解に苦しむ。あげくの果てに復興財源を捻出するために増税を考えるとすれば、こんな、国民を愚弄した話はない。第一、民主党は公共事業を出来うる限り抑制すると約束したのではなかったか。これでどうして徹底的な無駄削減といえるのだろうか。すでに工事の着工が始まったというが,復興増税を宣言する前に先ずは宿舎建設中止の指示を出すべきだ。国民の多くはこの悲惨な状況では増税やむなしと考えていたと思うが,公務員のための低家賃宿舎をこの非常時に建設するという、こんな暴走を国民が許すはずもなく,ましてやその上での増税などの話に乗れるわけがない。むしろ被災者が安心して住まう住宅環境を建設する方が先であり、こんなことは言わずもがなのことであろう。
閑話休題。
実は,こんな書き出しになる予定ではなかった。多くの音楽家やプレイヤーが災害の被災者に対して自分たちに出来ることはないかと思案模索し、小さなものから大きな形のものまでのさまざまな形で復興支援に立ち上がっていることは,すでに色々な情報を通してご存知だろう。個人的に体験した例でも、たとえば、青山のライヴハウス、ブルーノート東京が<Love for Japan>をうたって善意のミュージシャンと手を組み、トランぺッターでリーダー兼オーガナイザーのエリック・ミヤシロのビッグバンドに,中川英二郎、本田雅人、寺井尚子、伊藤君子、日野皓正、小曽根真、塩谷哲、山下洋輔らの豪華ゲストが客演した一夜をもうけたり、守屋純子が主宰する第2回<Women in Jazz>のための場所を提供するなどして、集まった義援金を復興支援の一助にと寄付したことなどが一例。だが,こうした例はブルーノートだけにとどまらない。実際、台所事情の苦しい中で善意の義援金を集めて贈った音楽家たちも決して少なくない。
もう1つの心温まる例を紹介する。トランペット奏者の外山喜雄・恵子夫妻の主宰する日本ルイ・アームストロング協会は永年、ジャズの聖地ニューオリンズの貧しい子供たちに、会員や賛同者から提供してもらった使われぬまま眠っていた楽器を贈り続けてきた。その返礼にニューオリンズから大震災の大津波で楽器を失った被災地の子供たちに楽器と義援金が贈られてきたのは,震災後まもない4月末のことだ。それが宮城県気仙沼市のジュニア・ジャズ・オーケストラ ”スウィング・ドルフィンズ” 。外山喜雄が橋渡し役となり、ニューオリンズのライヴハウスがハリケーン「カトリーナ」のときに助けてもらった返礼として贈ってきた楽器は14本で,このニュースは朝日新聞(4月25日)でも大きく取りあげられた。同じようにして,楽器を津波で流された宮城県多賀城市の小学生ジャズ・バンド ”ブライトキッズ” にも楽器が贈られてきた。当の子供たちのみならず多くの人びとが、世界はまさに1つに繋がっていることを実感したことだろう。
とはいえ,これらはほんの僅かな例に過ぎない。ここに紹介できなかった数多くの被災者(地)に向けたメッセージや心のこもった贈り物の報に触れるにつけ、世界がいかにグローバル化しているかを改めて確認し、地球はひとつだという分かりきったことが真実味を伴って実感できたのではないだろうか。世界には善意の人々がいっぱいいるということだ。
そのグローバル化した世界に瞬く間に広がり、世界中の人々をを震撼させたのが原発事故のニュースだった。事故直後からしばらくの間は来日が予定されていたアーティストの多くが軒並み契約をキャンセルして来日せず、多くのコンサートが中止または延期に追い込まれた。資金繰りがかなわず倒産したところさえあった。こんなときですら日本の政府は手をこまねき、官僚も東京電力も有効な手を何ひとつ打てなかった。ドイツがいち早く脱原発に舵を切ったときも人ごとのように眺めているだけだった、と私には思えた。イタリアの国民投票で原発反対派の圧勝に終わったときの,自民党の石原幹事長による集団ヒステリー呼ばわりなどは、日本の政治家の品格のなさを露呈したものとしか見えなかった。しかし,その間にも,研修生として日本で学んだスリランカ人たちの集まりが義援金を日本円で400万円寄付した等々のニュースが伝えられた。決して裕福な国や人だけが苦境下の日本を思んばかって寄付をしているわけではないのだということを、こうした多くの機会に思い知らされた。ヒステリー呼ばわりよりこうした海外からの無償無私の援助に対する感謝の言葉1つでも述べたらどうかと言いたかったのは私だけではないはずだ。
当初、海外演奏家のコンサートの中止が相次ぐ不運に見舞われた日本の音楽界だったが、6、7月頃からだろうか、来日演奏家の契約キャンセルが減りはじめた。放射能汚染が東京やその近郊にまでは及んでいないという情報が伝わったからでもあるだろうが、台風来襲さ中の9月2日、3日、4日の3日間にわたって東京国際フォーラム(ホ−ルAおよびD)で行われた恒例の東京ジャズ祭においても、出演したスターを含む全ミュージシャンが丸の内に集結し、おかげで熱気に満ちたコンサートが目白押しだった。標題にした<Jazz for Japan>とは、ロスで活動するクラレンス・マクドナルド(p)やデヴィッド・_T・ウォーカー(g)、デル・アトキンス(b)、ウンドゥーグ・チャンクラー(ds)や、ヒューバート・ロウズ(fl)、トム・スコット(sax)らにスペシャル・ゲストのアル・ジャロウ(vcl)を加えた面々が集まって吹き込んだ被災者支援のためのアルバムのタイトル。この豪華スペシャル・バンドによる一夜限りのライヴ演奏が東京ジャズ祭で実現したということになる。だが、<Music for Japan>を謳ったのは実は彼らだけではなかったのである。指揮者デニス・マカレルのもとで鮮やかに甦ったカウント・ベイシー・オーケストラも,ファンク・バンドのインコグニートも,セルジオ・メンデスのグループも,明年は80歳を迎える巨匠ミシェル・ルグランのトリオも、みな大震災の被災者に ”くじけるな ”とエールを送りながら精一杯の真摯な熱演を繰り広げたのだ。これらの演奏が直接被災者の耳に届くわけはないが,会場を埋めた大勢の聴衆を介して空気のように伝わることはあり得るだろうし,後日、NHKのFM放送やBSテレビを通してそのスピリットを体感することも出来るだろう。目に見える支えだけではなく,「贈れるものはある。音楽と踊り,そして愛情」(高橋朋子)という実践活動に触れて,子供たちが笑顔を取り戻すことだってあるのだ。思い返せば、2002年に始まった東京ジャズ祭は「東京から新しい音楽文化を発信する」ことをテーマに一歩を踏み出したはず。それが大震災の今年、グローバル化した世界をありのまま写し出す鏡として,国境も,世代も,言葉も,カテゴリーも超えた音楽が,ビート高らかに<Jazz for Japan>、<Love for Japan>のスピリットを躍動させていたのがすこぶる印象的だった。
今年は東京ジャズ祭の10周年。大ホールで行われるメイン・プログラムに
加え、小ホール(ホールD)での事前申込制に基づくコンサートも関心を集め、オーストラリアのマイク・ノック・トリオをはじめ,オランダ、ノルウェイ、フランスの気鋭のグループによる活気に富んだ演奏が熱心なファンの喝采を浴びた。まさに世界的規模の贅沢なジャズ・フォー・ジャパンの祭典だったといっていいと思う(メイン・プログラムとの時間調整を一考することを主催者に提案したい)。
むろんジャズのフィールドばかりではない。過日(9月9日、上野文化会館)、日本のみならず世界的な技量と音楽性を誇るサキソフォンの四重奏団のトルヴェール・クヮルテットのコンサートでも,初演された佐橋俊彦作曲の「With You」は,絶望の中にある被災地の人々と連帯し,彼らとともに歌う中で絶望を希望に変え、ともに前へ進んでいきたいという思いのこもった曲だった。
被災地の仙台には日本でも有数のオーケストラ、仙台フィルハーモニー管弦楽団がある。震災のためオケはコンサート会場も演奏の機会もすべて失った。手を差し伸べたのは在京のオケをはじめとする全国各県のオーケストラだった。演奏機会のパイ(分け前)を仙台フィルに提供するわけだが、こうした支援は他の分野や場所でも広がりつつある。新聞(朝日、9月8日)によれば,作曲家ラディスラフ・クプコビッチが「荒城の月」の旋律を引用した「2011年3月11日の犠牲者のために」という新曲を作曲。演奏会での寄付金とCDの収益金を合わせて仙台フィルに贈るという。ドイツではベルリン・フィルのコンサート・マスターに就いた樫本大進をはじめ多くの日本人演奏家が活躍する。そのベルリンでは震災後、被災者支援のコンサートが盛んに行われたらしい。これまた世界が1つに繋がっていることを思い知った実例だった。その樫本らベルリンで活動する主だった演奏家が集まり、被災者を支援するチャリティー・コンサートをベルリン市内の教会でおこなった(9日)と聞く。こうした大震災の被災者支援に向けたさまざまな取り組みが、被災者を勇気づけ,彼らが明日に向けて奮起する活力と希望を取り戻すささやかでも1つのきっかけになることを祈念する。
さて、締めくくりに,これから楽しんで聴ける,東日本大震災被災者支援ライブ(第1回)をご紹介しておきたい。
未曾有の被害を被った東北の人びとの心に,生きていく元気のもとを届けたいという気持を持つ本邦を代表するラテン界の名手やスターが気持を1つにして一堂に会するコンサート。時は今月(9月)22日木曜日で,会場は東京原宿の「クロコダイル」(TEL:03−3499−5205)。パラグアイとメキシコのアルパ奏法を修得して飛躍の年を迎えている新鋭アルパ奏者の第1人者・今村夏海、芸大出のベース奏者・小川誠のタンゴ・バンド、ケーナの第1人者・エルネスト河本率いるグルーポ・カンタティ、さらにはオルケスタ.デル・ソルとタイロン橋本、志村淳子、寿永アリサらヴォーカリストたちといった興味深い顔ぶれ。ラテン・ミュージックを楽しみつつ、被災者支援の輪に加わる。ラテン音楽のファンならぜひ支援の一助に加わって欲しい。(2011年9月10日)
悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.