Live Report #724

ノーマ・ウィンストン・トリオ

2014年9月5日、6日 新宿ピットイン
Reported by 神子直之(Naoyuki Kamiko)
Photos by前澤春美(Harumi Maezawa)

ノーマ・ウィンストン(vo)
グラウコ・ヴェニール(p)
クラウス・ゲジング(b-cl,as)

9月6日(金) 20:00
1. Time of No Reply (N.Draktse)
2. High Places (K.Gesing/Lyrics:N.Winstone)
3. Giant’s Gentle Stride
4. Live To Tell (P.Leonard/Lyrics:Madonna)
5. A Tor A Tor (G.Venier/Lyrics:Trad.)
6. Gust Da Essi Viva (G.Venier/Lyrics:N.Winstone)
7. Everybody's Talkin' (F.Neil)
8. Second Spring
9. It Might Be You (D.Grusin/Lyrics:A.&M.Bergman)
10. Pots and Pans
11. San Diego Serenade (T.Waits)
12. Lipe Rosize (Traditional / Arr. by G. Venier)
13. Slow Fox (K.Gesing/Lyrics:N.Winstone)
9月7日(土) 20:00
1. The Marmaid (G.Venier/ Lyrics:N.Winstone)
2. High Places (K.Gesing/Lyrics:N.Winstone)
3. Giant’s Gentle Stride (K.Gesing/Lyrics:N.Winstone)
4. Live To Tell (P.Leonard/Lyrics:Madonna)
5. A Tor A Tor (G.Venier/Lyrics:Trad.)
6. Distances (G.Venier/ Lyrics:N.Winstone)
7. Everybody's Talkin' (F.Neil)
8. Second spring
9. Cucurrucucu Paloma (T.Mendez/Lyrics:N.Winstone)
10.Rush (K.Gesing/Lyrics:N.Winstone)
11.San Diego Serenade (T.Waits)
12.Lipe Rosize (Traditional / Arr. by G. Venier)
13. Bein Green (J.Raposo)
14. My Gospel

Norma Winstone初来日公演を聴く。2014年9月5日、6日、新宿ピットインにて。 開演時刻丁度に舞台は暗転し、共演のGlauco Venier (p)、Klaus Gesing (b-cl, ss)に続いて、来日公演が待望されていたNorma Winstone (vo)が姿を現した。ダークブラウンのシックなパンツスーツに身を包み、少々緊張した表情の彼女は、思ったよりも小柄な印象である。共演者のイントロで気分はいやがおうにも高揚する。満を持して彼女の歌声が60人ほどの聴衆に向かって発せられた。その瞬間、私が待ち望んでいた世界が目の前に広がり、夢のひとつが叶ったことを感じた。彼女の「うた」の誕生する瞬間に立ち会い、時と場所を共有する、という夢が。
Norma Winstoneの歌声を初めて聴いたのは1980年頃、Azimuth with Ralph Towner 『Depart』 (ECM 1163)であった。私が買った2枚目のECMのアルバムである。John Taylor (p)による楽曲のリズムと和声の不思議さ、脈々とそれを支えるTowner (g)のギター、さらにその上に展開されるNormaの歌とKenny Wheeler (flh, tp)のインプロヴァイジング、その全てに魅了されたものだ。以来、筆者の音楽探求の道筋の一つはAzimuthという音楽集団の形成過程の謎解きとその発展の注視となる。
Norma Winstoneのレコーディング・キャリアは、1969年、Joe Harriott- Amancio D’silva Quartet 『Hum Dono』の3曲への客演から始まる。Michael Garrick (p)の諸作、Mike Westbrook (p)、John Stevens (dr)等のアルバムに参加し、声を一つの楽器として位置付けた母音による歌唱とインプロヴィゼーションの研鑽を積んだ。その成果が、1972年のNorma Winstone 『Edge of Time』 (argo ZDA 148)である。お洒落なジャズのリズムに載せてスタンダード等の聞き易い音楽を演奏してきたジャズ・ボーカル、その概念からは完全に離れ、例えばJohn Coltraneが目指したジャズ、音楽的美意識を突き詰めた上での自己との対話に基く即興演奏、それを歌唱で目指した姿が、そこにはある。イギリスの同世代の俊英の熱い演奏に支えられたその音楽は、従来のジャズ・ボーカルを聴く耳とは全く違った耳を必要とする。
1977年からは『Azimuth』(ECM 1099)に始まるECM諸作や、Wolfgang Engstfeld (ts) 率いるJazztrack 「Flying Stork”」等に参加、基本的に母音歌唱を中心とした路線の延長である。1984年の『Live at Roccella Jonica』(Ismez Polis LP 26003)に収録されている<Widow in the window>や、<Mark Time>における彼女の演奏は、そのコンセプトのピークを捉えたものであり、30年を経た今でもなお色褪せず光り輝いている。
Normaの歌唱が、「歌」を構成するメロディー・歌詞・声のそれぞれを大切にした深化を目指した結果は、それに続く1985年、1986年それぞれのAzimuth 『Azimuth ‘85』、Norma Winstone 『Somewhere Called Home』から姿を現し始める。それからは、イギリスの一歌手から始まった彼女のキャリアは、ヨーロッパを代表する歌手から世界的な名声を得るほどになり、今に至っている。
さて、今回のNorma Winstoneの初来日公演は、2002年にNorma Winstone, Glauco Venier, Klaus Gesing 『Chamber Music』(Universal 9865960)を発表し、以降ECMで『Distances』 (2007, ECM 2028)、『Stories Yet To Tell』 (2009, ECM 2158)、『Dance Without Answer』(2012, ECM 2333)を制作した二人の共演者とのものであった。Glaucoのピアノは美しくかつ繊細、正確で、歌に寄り添い、時に自らが歌い、リズムを刻み、一つの世界を形作った。Klausのバスクラも同様で、さらには正確な通奏低音として、ジャズ・コンボのベースとして、歌と協調するあるいは対峙するメロディーとして、存在していた。ソプラノの場合はカウンターメロディーあるいはアドリブソロの色彩が強くなるが、三人で完成する一体感をより強固なものにする役割も果たしていた。GlaucoとKlaus両人には、ピアノの弦奏法での和音の作り方とか、循環式呼吸の方法とか、最低音より低い音をソプラノで出す方法とか、使っている楽器のこととか、色々と教えていただいた。気さくな方々であった。
演奏された曲は<Dance Without Answer>からが中心で、それに旧作からおよび未録音のものが数曲加えられた。二日間の共通のメニューは、同アルバムから<High Places>、<Live to Tell>、<A Tor A Tor>、<Everybody’s Talkin’>、<Sandiego Serenade>、『Distances』から<Giant’s Gentle Stride>等であった。<Giant’s Gentle Stride>については、KlausのJohn Coltrane music再検討の結果に基くと説明があったが、<Giant Steps>のメロディーおよびコード進行を再構成したこの難しい曲を、アルバムでの同曲の演奏よりもかなり速いテンポで、より深い味わいをもって演奏した。
1日目にはそれに、Klausの<Pots And Pans>(未収録)、解説付きの<Slow Fox>等が加えられた。演奏後にはNorma本人も含め、演奏者三人は快く観客とのコミュニケーションに応じていた。
2日目は、シックなスーツから赤い華やかなスカートに衣装を代えたNormaのリラックスした表情で演奏が始まった。1曲目には、前日私がGlaucoにリクエストした<The Mermaid>(『Distances』収録。Glauco Venier 『Gorizia』でKenny Wheelerがテーマを吹いている<Grao>と同曲。)、このA♭ペダルで開始されるイーブンの3拍子系のイントロから3人は本当に自由で、このメンバーだからこそできる音楽がこういうものであること、リズム、ハーモニー、メロディー、さらには声、ピアノ、バスクラの音色が一体となった素晴らしい音楽であること、それを演奏できる素晴らしい音楽家、ミュージシャンシップを感じることができる、言葉では表しきれない幸福な時間であった。この日はまた、他の観客からリクエストがあった<Distance>(『Distances』収録)、『Stories Yet To Tell』からKlausの<Rush>、最新作から<Cucurrucucu Paloma>、<Bein’ Green>等、半分弱が前日と異なるメニューであり、二日間来た甲斐があったと感じた。
Normaの歌自体についてはあまり書いてこなかった。それをどう書いていいのかわからないし、正確に表現できる自信も無いのだが、その音色は録音で耳慣れたもの(ただ、人間は必ず歳をとるので昔のままでというわけではない。)であり、比類のない美しさであること、言葉をとても大切にしていて、歌詞と歌のフレージングが一体であること、アドリブにおける曲の和声進行の理解が完璧であること(これを満たす歌手は本当に少ない。)、そういう「部分」について記述することはできる。しかし、それに何の意味があるのだろう。私が30数年前から憧れてきたこの歌声と、演奏者、観客という関係で同じ場所に共存できている、この感覚は前述の「部分」の総合体を超えて確かに私の中に存在していた。彼女を、新しい音楽の創造者として、声という手段を用いる人類が望み得る最高の表現者の一人として、存在していること自体が素晴らしいことであり、その幸福を実感した。
1日目終演後、Normaと言葉を交わし、NormaとJohn Coltraneそして私が同じ誕生日であることを話したら、「あら、Michael Garrickのお母さんも同じよ。」と教えてもらった。他愛もない会話であるが、音楽人である以上に一人の成熟した人間であり、生命の大事な秘密に対する洞察についてもひとかたならぬものをお持ちだと感じることができた。ただ、言うことはできなかったが、共演者との音楽に限らず、せっかくの初来日なのでJohn Taylorとの録音がある<Ladies In Mercedes>、<Who Are You?>、<Cafe>、あるいはFred Herschとの<Stars>など、Norma Winstone名唱集のようなプログラムを考慮してもらっても良かったかな、とは思った。贅沢なことではあるが。
歳を重ねて歌に更なる深みを得て、その素晴らしい音楽をいつまでも続けてもらいたい。また機会があれば日本にも来てもらいたい。今回のメンバーも良いが、Norma Winstone all starsのような過去の盟友と一緒に。
今回のような素晴らしい企画を立てられ実施なさった招聘元の方々、また、このような文章を執筆する機会を与えてくださった諸氏に感謝の意を表します。

神子直之(Naoyuki Kamiko)
1963年(昭和38年)東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。高校生時代に出会ったECMミュージックがやりたくて東大ジャズ研に入る。今もピアニストとして年に十数回のライブを東京および京都で行っている。「Azimuth」の大ファンで、ネットでKenny Wheeler (incomplete) discographyを執筆・公開した。好きな作曲家はマーラー、オネゲル、デュティユーなどなど。

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