『Torgeir Vassvik/Saivu』

Idut/ICD061 (2006年)

●Torgeir Vassvik (vo, frame drums) Anders Jormin (b) Arve Henriksen (tp, vo, electronics), Per Oddvar Johansen (ds on 1, 6, 7) Terje Isungset (ds on 9) Reidar Skar (electronics on 3)

●Halo (Aitalasta)/The Sea (Ahpi)/Calling (Ravkan)/Siberia (Sibirija)/Silver (Silba)/Saivu (Saivu)/Fire Song (Dolla)/Varg (Ruomas)/Toundra (Duottar)/Blue Membrane (Alit Cuozza)

●Produced by Arve Henriksen
●Recorded and Mixed by Reidar Skar l at 7.Etage Oslo (Norway) in 2004-2005
●Mastered by Helge Sten at Audio Virus Lab

 ノルウェーのトランぺッターのアルヴェ・ヘンリクセンの2ndアルバム『キアロスクーロ』がリリースされた頃、わたしの店でそのCDをかけると、音楽に強い関心を持たない人までも必ずと言ってよいほど誰のCDなのかと聞いてきた。今年に入って、お客がまったく同じ反応を示すCDがまた登場。それほどに希求力のある音楽なのだ。そして奇しくもと言うべきか、そのCD、つまり本作にもアルヴェ・ヘンリクセンが絡んでいる。
 お客への説明の際に困るのが本作のリーダー Torgeir Vassvik の読み方が未だわからない事だが紹介を続けよう。今年(2007年)2月に北海道支笏湖畔で開催された「ノルウェー・アイスコンサート」参加のためにアルヴェ・ヘンリクセンが再来日した事は記憶に新しいが、その彼が2006年にプロデュースした同国の歌手のデビュー作品が…という紹介で始めなければならないほど、Torgeir Vassvik は無名どころか、彼に関する情報も極端に少ない。

 Vassvik は、ヨイクの歌唱法を含む、声帯だけでなく喉そのものを使って発声する北方スカンジナビアのサーミ (サーメ人) の唱法を駆使する伝承音楽の歌い手。
 その彼がデビュー作で選んだのは伝承曲の歌唱ではなく彼自身の作曲をもっての歌唱。さらにプロデューサーに迎えたのは、メインストリーム・ジャズからフリー・ミュージックまでヴァーサタイルな演奏活動を続け、サウンド・プロデュースにも秀でるヘンリクセン。
 そして彼らは、エスニックな音楽に安易な、たとえばクラブ・ミュージックのようなビートを付けるといったアプローチを取らなかった。

 ECMでもお馴染みのスウェーデン出身のベーシスト、アンデシュ・ヨルミンと共にヘンリクセンは全曲に参加。さらにクリスチャン・ヴァルムレーやトリグヴェ・サイムのECM作品等に参加しているペール・オッドヴァール・ヨハンセンも3曲でドラムスを担当。Vassvik 自身もフレームドラムを叩いている。
 どの曲もポルカのように縦に弾むリズムではなく、大地に平行して体を揺するような、例えて言うと船を漕ぐようなリズムで奏でられ歌われる。Vassvik の歌唱は無骨で太く、尺八の音色にも例えられるヘンリクセンのトランペットのくぐもった響きと、ヨルミンのコントラバスの太い音色が、彼岸と此岸の仲介者であるシャーマンの世界を聴き手の心に呼び起こす。実際、アルバム・タイトルの“SAIVU”とは、サーミ人にとっての死後の楽園世界を指す言葉で、その場所は「聖なる山、もしくは湖」にあるという事だ。

 さらに Vassvik の歌とその歌い回しが、我々日本人の耳に、まるでアイヌ民謡や木挽き歌のように聴こえるのだ。スカンジナビアの北の地に出向いて、突然日本の民謡に出会ったというこの衝撃。
 日本の音楽ではないけれど、この地と、あるいは「わたしの体」と確実に繋がっているこの音楽は何だろう?
 このCDを聴いたお客達が一様に思うのはまずこの事なのだ。JT

(原田正夫)

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