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『Joe Lovano Us Five/Folk Art』 BlueNote 2009 Joe Lovano(ts,as) James Weidman(p) Eeprnza Spalding(b) Otis Brown III (ds,per) Francisco Mela (ds,per) 1. Powerhouse ふはは。出たぜ。すかしへの空振りしまくる大リーガーの本領発揮のジョー・ロヴァーノ!いよいよパンツを脱いだな。 たまんねー。いやさ、ちょっとマーク・ズベク・クインテット『22ドルお魚定食』を聴いたあとでは、池上温泉の熱い黒湯にシビれたあとに、武蔵小山温泉の金色のお湯に入ったみたいな、サイドメンのぬるさにがっかりしてしまうんだけどさ。御大ロヴァーノのサックス、当代きっての語りが聴ける。USファイブというバンドを率いるのか、ロヴァーノ。EUファイブとか、UKファイブとか、中央線ファイブ、クールファイブとかも用意していないのか。 おれが20代にジャズ評論家の後藤雅洋師から得た知見のひとつに、コルトレーンはああでもないこうでもないと語るのに対し、パーカーは語り切ってしまうスピードがある、というものがある。ドルフィーはあたまの上のコンクリにごつんごつん当たっているようだ、というのは、平岡正明師であったか。アイラーは首しめられて搾り出されるような濃縮旋律だ、というのは、・・・あれ?四方田犬彦師の記述をおれの記憶がいじった形容か。ともあれ、ジャズは「何を語っているか」というアプローチひとつで扉が開かれるものでもあるのです。 ロヴァーノはフリーゼルとともにモチアンに見出された格好で、84年『It Should've Happened A Long Time Ago / Paul Motian Trio』(ECM1283)でおいらの前に現れたのだけど、当時のおれはその真価をわからなかった。国内盤のライナーを大村幸則師から書くように言われたおれなのに。・・・いつわかったんだろう。・・・いまもはたしてわかっているのだろうか。ロヴァーノが90年代に入ってブルーノートでリーダー作を出すようになって、2枚ばかり聴いて、なにかそれはサックス奏者に要請されるステロタイプな演奏に安住しているような印象を受けてから、そのあと聴いてない。ディスコグラフィーでジャケを見ると、いくつか聴いたことあるような気がするけどおそらく閉ざした耳には聴こえていないのだ。モチアン・トリオのロヴァーノは、フリーゼル、モチアンとの時間ごとに変化する空間性の確保が生命線となるような彼らの語りよう(特殊性)の中にある。 この『FOLK ART』は、自分ちでパンツ一丁でくつろいでいるロヴァーノがいる。 しかしUSファイブというのは5にん居るのに、カルテットのようにしか聴こえないんだが・・・。クレジットは打楽器奏者2名なのに、ツイン・ドラムのリズムの複数を狙うというふうに使っているわけではない。ひとりはキューバ出身の打楽器奏者、ひとりはNY出身のドラマー、という、大雑把に捉えれば同時再生的な演奏。これ、モチアン師の叩き、に、内在するもの、を、可視化させた?USファイブだけど、カルテット、かも。 1.かっこよくキメたいのについわきの下から空気がもれてしまうんだよ。 おれ、さかあがりできなかった小学生だった、いまもできないよ。 パンツをはいているのか脱いでいるのか。ロヴァーノ以外のサイドメンたちは、いわば二軍選手だな、シーンのトップに出てくる逸材はいないようだ、だからこそ、ロヴァーノはマーケットに要請されるようなクリシェやはったりなしの語り芸を朗々とごきげんにブロウできている。なんでもっとクリアでリアルな、サックスをカチャカチャやっている音が聴こえそうなほどの録音にしてくれないのか、そこだけはブルーノートに対して不満であるが、ロヴァーノを聴き続けるこの盤の快楽はそれを帳消しにしている。ふはは。この盤は買いだ!以上。
・・・うへー。ベースのエスペランサ・スポルディングって、あの!エスペランサじゃありませんか!1984年生まれのベーシスト/ボーカリスト、バークリーに16歳で入学、成績優秀だけでなくその後バークリー史上最も若い教授になった(!)という。彼女のリーダー作『Esperanza』(HeadsUp)2008を、こないだ驚きを持って聴いたばかりだ。おい、ロヴァーノ、エスペランサに歌わせておまえが歌伴してみるのも良かったんじゃないか?・・・もしかしたらUSファイブはすごい一軍選手になる逸材ばかりかもしれない。そのあたりは、みなさんの耳の判断にお任せします。JT (多田雅範) |