『Jon Balke, Amina Alaoui/Siwan』

ECM (ECM 2042)

●Amina Alaoui (vocal), Jon Hassell (trumpet, electronics), Kheir Eddine M'Kachiche (violin), Jon Balke (keyboards, conductor), Helge Norbakken (percussion), Pedram Khavar Zamini (zarb)
Barokksolistene: Bjarte Eike (violin, leader), Per Buhre (violin), Peter Spissky (violin), Anna Ivanovna Sundin (violin), Milos Valent (violin), Rastko Roknic (viola), Joel Sundin (viola), Tom Pitt (violoncello), Kate Hearne (violoncello, recorder), Mattias Frostensson (double-bass), Andreas Arend (theorboe, archlute), Hans Knut Sveen (harpsichord, clavichord)

●Tuchia/O Andalusin/Jadwa/Ya Safwati/Ondas do mar de Vigo/Itimad/A la dina dana/Zahori/Ashiyin Raiqin/Thulathiyat/Toda ciencia trascendiendo
Music by Jon Balke
Poem adaptations and melodic co-composition by Amina Alaoui

●Recorded 2007/08 at Rainbow Studio, Oslo
●Engineers: Jan Erik Kongshaug, Peer Espen Ursfjord
●Mixed September 2008 by Manfred Eicher, Jon Balke, Amina Alaoui and Jan Erik Kongshaug
●Produced by Manfred Eicher and Jon Balke

 ノルウェーのピアニスト・作曲家ヨン・バルケの新作がECMレーベルから出た。バルケお得意のアンサンブルのプロジェクトだが、オスロにあるクラブCosmopolitが2007年に15周年を迎えるにあたり、その記念コンサートの委嘱企画として2006年の秋にスタートしたという。アルバム・タイトルのSiwan(シワン)の名の下、このアンサンブルはジャズ・フェスなどでその後もライヴを行っている。
 16世紀以前のイベリア半島(ポルトガルやスペインがある半島)におけるイスラム勢力による統治、さらにレコンキスタと呼ばれるキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動(イスラム教徒への弾圧と改宗)を含めた時代、またはその時代のイベリア半島一帯をアル・アンダルスというのだそうだ。そのアル・アンダルス音楽の現代の継承者といわれるモロッコ出身の歌手アミナ・アラウイを迎えてバルケは、イスラム音楽と北アフリカ音楽とバロック音楽と現代的な響きの音楽絵巻を作り出したのだが、単なるミクスチャーされたワールド・ミュージックではない。
 大詩人ロペ・デ・ヴェガをはじめとするアル・アンダルス期のスペインやペルシアの詩人の詩作をアミナ・アラウイ自身が翻案しての歌唱を縦糸に、バロック・ヴァイオリンと古楽アンサンブル、さらに民族音楽への造詣が深いジョン・ハッセルのトランペットが横糸となって壮大で深遠な音のつづれ織りが繰り広げられる。
 アル・アンダルスにおいてイベリア半島に定住したイスラム教徒は、イスラム世界の先進的な文化、たとえば灌漑と農作の技術、建築技術、数学、哲学そして音楽を伝え広めることになり、ルネッサンス(さらにバロック)の礎となったという。レコンキスタにより北アフリカをはじめ各地に亡命したイスラム教徒の伝播を含めて、地中海文化、いやヨーロッパの文化の源のひとつをアル・アンダルスの中にバルケは見たのだと思う。
 本作のタイトルでありプロジェクト名でもあるシワンとは、aljamiado(アルハミア語=アラビア語ではないという意味を持つ)で「均衡」を表す語だという。アル・アンダルスにおいてレコンキスタによりカトリックに改宗されたイスラム教徒をモリスコというが、モリスコたちが禁止されたアラビア語に替わり用いた疑似アラピア語がアルハミア語といったら良いだろうか。CDのブックレットではSiwanを英語でEquilibriumと訳している。Equilibriumも「均衡」という意味だが、単にバランスがとれている状態ではなく、二つ以上の力が拮抗して釣り合いがとれている点や状態を指す単語である。
 16世紀のスペインにおけるイスラム教徒へのカトリックの徹底的な宗教・言語弾圧により失われたものがあったのではないかという疑問を投げかけながら、バルケとアラウイは、イスラムとカトリックの衝突と拮抗、その末に訪れるかもしれない文化や宗教の均衡に、ある自由の姿を見ようとしているのかもしれない。JT

(原田正夫)

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