ある音楽プロデューサーの軌跡

#28. 居座る虎


Jazz Tokyo恒例の年末特集「この1枚」に昨年は「このライヴ/コンサート」と題し、もっとも印象に残ったナマ演奏の選考を加えたところ原稿量が膨大になり、結論としてとりあえずリストだけを掲載することになった。選考結果と共に素晴らしいコメントを寄せてくれたコントリビュータが多かったので順次 それぞれのコラムで紹介していきたい。名盤は廃れない。時を超えて生き長らえるのが名盤だから。
ここでは、昨年、僕のもっとも印象に残ったアルバムを書き留めておきたい。



■ 国内盤
『古谷暢康/シュトゥンデ・ヌル』




地底レコード B45F

1.古谷暢康 (ts/bcl/fl)
Hernani Faustino (b)
Gabriel Ferrandini (ds/per)
2.古谷暢康 (ts/bcl/fl)
Hernani Faustino (b)
Gabriel Ferrandini (ds/per)
Rodorigo Pinheiro (p)
Eduardo Lala (tb)

1. Trio
2. Quintet

録音:2010年1月9日 ポルトガル・リスボン「Namusche」(ナムッシェ)
エンジニア:ジョアキン・モンテ


ある朝、杉田誠一から電話が入った。早朝の電話は滅多にないことだが、徹夜を強いられたことを意味している。いきなり、「古谷というフルートを知っているか」という質問を投げかけてきた。「もちろん、知ってるさ。JazzTokyoでCDを紹介したし、インタヴューも掲載した」「昨日、店で5分くらい吹いたんだが、正直、ぶっ飛んだ。日本人であんな奴がいるんだ。ドルフィーを初めて聴いた奴も似たような衝撃を受けたんじゃないかとさえ思った」。さすがに杉田誠一だ。5分足らずの演奏を聴いて正体を見抜いていた。「店に出てくれといったら、数日後にリスボンに帰る、と言い残して去っていった。それから寝ていない」。
その古谷(暢康・のぶやす)が突然帰国、大晦日に杉田の店に出演するという。ドラムスの羽野昌二とデュオで。成り行きによっては他のミュージシャンも参加、夜曵ってセッションになる可能性もあるだろう。風雲急を告げている。のんびり「炬燵でミカン」の場合ではない。
杉田のジャズ・バー「Bitches Brew for hipsters only」は横浜・白楽にある。20人も入れば満席になる小さな店だが、今、ここで何かが起こる予兆が見え隠れしている。ジャズがもっとも熱かった60年代から70年代を中心に日本と欧米のジャズ・シーンをカメラとペンで切り取ってきた男だ。そんな杉田の話に耳を傾ける若いミュージシャンも多い。JazzTokyoに連載中のフォト・エッセイが若い読者やミュージシャンに好評で(ちなみに、連載の単行本化の企画も進行中の由)、「杉田の店」を目指して地方から店を訪れるファンや出演を希望するミュージシャンも少なくないという。僕は何より杉田が「ジャズの現場」に復帰してくれたことが嬉しい。満身創痍の身だが、残された時間の中でもう一度起爆剤の役割を果たしてくれることを期待している。古谷の定期的な出演が実現すればそのきっかけになるに違いない。彼の新作『シュトゥンデ・ヌル』に耳を傾ければ、誰もがそのことを納得するだろう。
関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/five/five681.html
http://www.jazztokyo.com/interview/interview081.html


■ 海外盤
『Jazz from Lithuania 2010』




NoBusiness Records NBLTCD1(非売品)

1. The Vilnius Explosion/Untiled(The End)
2. Juozas Milasius/The Rowels of Spurs
3. Kestutis Vaiginis feat. David Berkman & Herman Romero
4. Vytautas Labutis Quartet/After Hours
5. Dainius Pulasukas Group/Expromtum
6. Spontanica/Spontanica VIII
7. Charles Gayle-Domic Duval-Arkadijus Gotesmanas/Our Souls
8. Egidijus Buozis Quartet/Froglet’s Dance
9. Liusdas Mockunas-Marc Ducret/And
10. Arturas Anussauskas Quartet/Balade
11. Aprasymaa/Exad
12. Baltic Jazz Trio/Free Samba
13. Saga Quartet/Not a Dilemma Any More
14. Kaunas Big Band/Harlem Airshaft

Produced by the Lithuanian Jazz Federation, Liudas Mockunas and Vytis Nivinskas
Co-produced by NoBusiness Records, Danas Mikailionis and Valerij Anosov


去る9月、ピアノの宝示戸亮二(ほじと・りょうじ)とのデュオCD『バケーション・ミュージック』の発売を機にツアーを敢行したマルチ・リード奏者リューダス・モツクーナス(別項にインタヴューを掲載)から手渡された。人口三百数十万の小国とはいえ、一国のジャズの全貌を一枚のCDで伝えきれるはずはないが、少なくともリトアニアというバルト三国の一つの現在のジャズ・シーンの精髄を切り取ったものであることは間違いない。モツクーダス自身の演奏も3曲収録されているが(#1、9、13)、リトアニア・ジャズの尖兵として各国のミュージシャンと渡り合う彼の存在感を存分に示すものである。
オープナーは、今年9月奇しくも日本で鉢合わせとなったスカンジナヴィアと東欧(東欧という分類はソ連時代の政治的な意味合いを持っており、ソ連崩壊後の現在は中東欧または北欧と分類されるようだ)の最強のリード奏者マッツ・グスタフソン(スウェーデン)とモツクーダスの壮絶なバトルで“平成の惰眠”を木っ端微塵に吹き飛ばされる。一方、クローザーは、ランディ・ブレッカーが参加したカウナス・ビッグバンドがエリントンの<ハーレム・エアシャフト>を一糸乱れぬ見事なアンサンブルでスインギーに締めくくる。その間、ソロ、デュオ、トリオ、コンボとさまざまなフォーマットでオリジナルが演奏されるが、どの演奏も卓越した技量と創意に耳を奪われる内容で、リトアニアの豊穣なジャズ・シーンが見事にプレゼンテーションされている。
リトアニアは独立、合同、分割、消滅、侵略など国家として多難な歴史を背負っており、ソ連時代にはKGBの厳重な監視下でジャズが演奏されてきた。自由を獲得したのは1990年のソ連の崩壊による共和国の再建以来で、わずか20年が経過したに過ぎない。(リトアニアのジャズの歴史については、別項のヨナス・リムサ氏のエッセイを参照願いたい:http://www.jazztokyo.com/column/rimsa/001.html)。
圧政下のアングラ的雰囲気を引きずっている演奏もあるが、多くの演奏にみられるのはジャズ本来が持つ楽しさであり内在するリズムである。そして傑出したアイディアと技術。この技術はソ連時代から続く充実した音楽教育の成果によるものに違いない。クローザーの華やいだビッグバンドの演奏が、リトアニア・ジャズの真の開花に向けての祝杯に聞こえてならない。
なお、本CDの制作はリトアニア・ジャズ連盟で、上記モツクーダス氏とリトアニア唯一のレコード会社No Businessのヴィチス・ニヴィンスカス(Vitis Nivinskas)氏が手を貸している。プレス向けの非売品であるが、興味のある向きはNo Buziness社(nobusinessrecords@mail.com)へ連絡すれば入手できるはずである。(稲岡邦弥)
追)休刊となった「スイング・ジャーナル」誌の元編集長・中山康樹は月刊「JAZZ JAPAN」誌11月号所載のエッセイ「癒されないジャズ考現学」第2回で、“「音楽を書く」という行為において最大の難関に挙げられる「誰もが知っているミュージシャンやアルバムについて書く」ことを避け、評論家の仕事を「知られていないミュージシャンやアルバムを紹介すること」と勘違いし、無意識のうちに「逃げ」を打ちつづけている”と述べているが、誰も知らないリトアニアのジャズのコンピレーションを“今年もっとも印象的なアルバム”として紹介することは“勘違い”も甚だしく、中山の言う「逃げ」の典型に違いないと思われる。しかし、中山は「誰もが知っているミュージシャンやアルバムについて書」き続けた「スイング・ジャーナル」誌と、ジャズCD業界の衰退および同誌の休刊の事実との因果関係については触れていない。連載の佳境に筆を進めるのだろうか。期待したい。
関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/column/rimsa/001.html
http://www.jazztokyo.com/interview/interview090.html


稲岡邦弥

稲岡邦弥:1943年、兵庫県生まれ。早大政経学部卒。トリオ・ケンウッドのECMマネジャー経て、音楽プロデューサー。共著『ジャズCDの名盤』(文春新書)、著書『ECMの真実』(河出書房新社)。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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