特別寄稿
カール・ベルガーと私

text by香月保乃 Yasuno Katsuki
photo by Christopher Drukker

私の演奏しているユーフォニアムという楽器は、吹奏楽や金管バンドで主に使われる楽器です。トロンボーンと同じ音域で、まろやかな音色が特徴です。クラシック界でも他の楽器と比べれば演奏している人は多くはありません。ジャズや、即興のシーンでも大変珍しがられます。最初にカール・ベルガーと出会ったのは、ニューヨーク大学で2012年夏に行われた“School of Improvised Music (SIM)”という2週間にわたるワークショップでした。ワークショップの後、彼に話しかけると、「今晩アップタウンであるコンサートに楽器をもってきなさい」と言われました。その夜のコンサートから、現在に至るまでカール・ベルガーのインプロヴァイザーズ・オーケストラの一員として学んだ数々のことは、私の音楽、とくに即興演奏に対する概念を大きく変えました。

リハーサルはまず和音を作ることから始まります。和音と言っても、25名以上が自分で選んだ音を出すのですから、ほとんどの場合不協和音になります。その不協和音を音程を変えずに周りの音を良く聴いて、うまくブレンドさせ、より美しい響きを求めます。その後、カールが曲中で出すサインの種類(ロングトーンや、短い音など)の説明、そのコンサートで使うテーマを全員で覚えます。ほとんど楽譜を使うことはありません。楽譜を読んでいては、周りの音を聴くことが難しいからです。
「音楽はすでにそこにある、それをいかに表現するかだ」「自分で作り出そうとするのではなく、聞こえてくるのを待ちなさい」、いつもカールがリハーサルのときにオーケストラのメンバーに説明する言葉の一つです。自分が練習してきたことや、今演奏したいフレーズを考えている時点でもう音楽から離れてしまっている。ジャズのアドリブの仕方でもよくそういうことを言いますが、まさに同じことです。演奏しているときは音楽の流れの一部であり、その流れの中で音楽を奏でる。その流れに乗ったときの快感、また同時にその難しさを、私はこのオーケストラでいつも体感しています。毎回25名以上のオーケストラのメンバーをその音楽の流れにのせるのです。そのカールの指揮のすばらしさにはいつも感動させられます。また「間」を大事にすることもよく話しています。オーケストラの中で初めてソロを指名されたときのことを今でもよく覚えています。なにをどう演奏したらいいか、よくわからず、ひたすら、思いつく音を出しました。その時、カールが私のソロに対して指揮をし始めたので、わたしはただそれにひたすら着いていきましたが、同時に自分のソロが、アンサンブルの中でサウンドしていることを感じました。カールはコンサートの後、「ソロに指揮をしてしまってごめんね。君のソロに少し間を加えたかったんだ。」と私に話しかけてくれました。このことで、ひたすら音を出し続けるよりも、音を出していない「間」があることで、出している音をより美しく響かせることができることを学びました。他の音楽でも「間」はとても大事ですが、私はそれまで自分がそれをよく理解していなかったことに気付けたのです。私は、カールのオーケストラに入るまで即興でコード進行も楽譜もないところで演奏する経験をほぼしたことがありませんでした。懸命に演奏に挑戦はしていましたが、自分はただデタラメを吹いているんじゃないか、という気持ちもありました。しかし、こうしたカールのオーケストラでの経験でそのデタラメを音楽に変えることができました。

また、カールはいつもジョークを言い、みんなを笑わせたり、メンバー一人一人にいつも感謝し、敬意を表すことを忘れません。演奏前や後の時間にはメンバーの会話が絶えず、いつも和やかなムードが漂っているのも、このオーケストラならではの魅力です。カールのオーケストラには年間を通し数多くの著名な演奏家が、頻繁に演奏に参加するために訪れます。

カールのオーケストラで学んだことは、私のジャズにおける即興演奏に対する考え方も大きく変えました。カールのオーケストラに入った頃、私はニューヨークの大学院でジャズの理論や演奏などを懸命に勉強、練習していました。知識を得たことにより、世界は大きく開けました。しかしそれと同時に、理論から外れることを恐れ、正しい音をただただ並べる演奏をして、退屈に思いながらも、そこから抜け出せずにいた時期でもありました。カールから「音楽の流れ」や「間」を大事にすることを学んだことで、自分のアドリブを上手く演奏するということよりも、全体の音楽の流れを大事にし、自分がそのアンサンブルの中でいかにサウンドするかということを考えるようになり、その時期を抜け出す大きな助けとなりました。その後、ジャズに限らず、様々な音楽を演奏してきましたが、その考え方は、ジャンルを問わず私の演奏するすべての音楽に生かされています。

香月保乃 Yasuno Katsuki
ユーフォニアム、バルブ・トロンボーン、ジャズ・ヴォーカル
国立音楽大学器楽科卒業。東京、宮崎での演奏活動を経て、2011年8月に渡米。Queens College / Aaron Copland School of Musicにてユーフォニアムでジャズ・パフォーマンス科を専攻、大学院修士課程を修了。在学中、The Jimmy Heath Award、The Marvin Hamlisch Awardを受賞。これまでに、Karl Berger’s Improvisers Orchestra やClaudio Roditi Septet などに参加。様々なバンドのメンバーとして、また自己のグループでもニューヨークを中心に定期的に演奏を行う。ユーフォニアム、ボーカル講師として、後進の指導にも力を注いでいる。慶應ニューヨークアカデミー音楽講師。
http://www.yasunomusic.com/blog

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
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#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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