Photo:林 喜代種
ステージ地平のオーケストラと天空のヴォーカルの混在、これぞコンサート・ホールのPA空間
トリフォニーホールのPAシステムと、ホールそのものが生み出す音響的な快感の絶妙なバランス、それが何時も心地よい。仕掛け機材群は当夜が最も大型。
先ずは第二部から。TAKE 6の音量は第一部より若干絞った感じを受け、オーケストラとのバランスを考えての処置であろう。生オーケストラの音源とのバランスは、曲によって苦しい場面もあった。音量の差が明確に現れて弦楽器、木管楽器が聞こえてこない。やはり難しい問題だと考える。ではオーケストラを電気的に増強していいかと言われれば、それだけは勘弁だ。電気仕掛けがあらわになった音空間は失望だ。しかし音響仕掛けのオーケストラを予感できるコンサートであれば話は別。
むしろ、私は増幅されたTAKE 6の音響空間が、ホール天空に広がる様の快感と感じ、オーケストラがステージ地平に作り出される音像と天空のヴォーカルの混在、これぞコンサート・ホールのPA空間だと。
オーケストラとのバランスの工夫を見ることが出来た。最後列の打楽器群にマイクが見られる。確かにアタックの明確さは必要だし、一番奥に位置するので音響的な補強は必要だ。ステージ下手にDr、Bs、Pf が加わり、これらにはマイク類がしっかりと用意されている。だが、ドラムスがほとんど生音であったのは意外な展開であった。何か、考えあっての事か。ベースの音色が光る。静かなドラムスの空間にベースがどっぷりと浮き上がる。
強く印象に残ったのはTAKE 6と共にするヴァイオリンのソロ。生音の芯のしっかりした音像が強固に形成される。
さて、第一部はTAKE 6のみ。PAの仕掛けを十分に生かした音作り。このサウンドはPA無くしては生まれない。マイクロフォンの近接効果、PA独特のスピーカーが反応する音質。音響的エフェクト。これらが作り出すTAKE 6の音はCDやオーディオシステムでは得られない。会場に居てこそ味わえるモノだ。ベースドラム、リムショット、それっぽい音が一際強烈にホールを充満する。このホールの不思議さは、オーケストラを聞く残響の美しさが、PAの残響に支障となっていないこと。切れのいい減衰を聞かせ、不明瞭になっていない。スピーカー装置の配分に検討が加えられたのではないか。音の洪水を浴びても不快にならない良質が支えるPAのクオリティに乾杯。
TAKE 6 (テイク6)が1年9ヶ月ぶりに来演し、コンサートを行った。87年に“TAKE 6” としてデビューした2年後に初来演してから今回で21度目の来日というから、彼らがいかに日本のファンに大きな支持を得ているかを示す来演履歴といえるだろう。しかも今回は<Take 6 St. Valentine' s day Special>と銘打って、クラシック音楽の殿堂トリフォニーホール(墨田区)で、このホールをホームグラウンドとする新日本フィルハーモニー交響楽団と共演する待望の一夜を提供するというのだから、テイク6のファンが色めき立ったとしても不思議はない。何でもテイク6がコンサート・ホールに登場するのは15年ぶりというのだ。となれば、どちらを選ぶかファンとしても選択に迷わざるをえなかったのではないか。
ブルーノート東京の初日。ファースト・セットをのぞいて目を丸くした。若いファンを中心に、ラフなスタイルで気勢を上げる人、人、人。店内はまさにファンでごった返す。立錐の余地がないとはこういう状態をいうのだろう。その人垣を縫うようにしてステージに登場したテイク6。彼らときたら、まるで村祭りの舞台にでも現れた男たちのよう。着古したジーパンやシャツなどの普段着姿で、スター気取りなどどこにもない。これが7度もグラミー賞に輝いた男たち?と首をかしげたとしても無理はない気がする。むろんのことステージには彼ら以外の人間は1人もいない。アカペラだから当たり前という声が聞こえてきそうだが、バックの演奏者がいないのに彼らが1曲として音程をはずしたり、バランスを崩したり、何かでつまずいたりするようなことは、ついに最後の最後までなかったのは、岡目八目的にいえば奇跡に近いといいたいくらい不思議。曲を次々に繰り出していく場合でも、チューニング・ホイッスルを使うでもなく、どうして6つのヴォイスがああも絶妙に調和し合ったハーモニーをとっさに唱和させられるのか。「Straighten up And Fly Right」に始まって、91年度のグラミー賞受賞曲「So Much to Say」から最後の「Mary」にいたる全10曲の多くの出だしの完璧なアンサンブルには、ただただ感嘆するしかなかった。
一昔前、黒人コーラスの最高峰ミルス・ブラザーズの多彩な芸と歌の魅力に酔いしれた日々を思い出す。彼らが開拓し、ダイナミックに発展させたジャズ/ポピュラー・コーラスの真骨頂が、半世紀後の今日、テイク6に結実しているのを目の当たりにした思いだ。とりわけアカペラという無伴奏コーラス・スタイルでは彼らの右に出るものはない。オリジナル・メンバーのマーヴィン・ウォーレンに代わってマーク・キブルの実弟ジョーイ・キブルが名を列ねた90年から数えて20年余。今やヴェテランには違いないが、さりとて超多忙な活動を続ける彼らには老け込む暇もあらばこそ、充実したアカペラの魅力を存分に発揮した1時間だったといってよい。ピアノが上手いメンバーもいれば、トランペットにいたってはオープンからミュートを使ったトーンまで歌い分ける。ベースやパーカッションはむろんすべて得意の楽器模写で料理する彼らのスタイルとテクニックが十二分に堪能できた一夜だった。彼らには『ザ・スタンダード』というアルバムがある通り、間にスタンダード曲の「スマイル」、「風の囁き」、「ジャスト・イン・タイム」を挟みながら、EW&F(アース・ウィンド&ファイア)、スティーヴィー・ワンダーを聴いて育った彼ららしくマイケル・ジャクソンを含むソウル、ゴスペル、R&Bやジャズを巧みに融合した唱法の粋を披瀝してのステージは高く評価して当然の出来映えだった。
14日のトリフォニーホール。この夜は<ジャズ&クラシック・ナイト with 新日本フィル>と銘打っての特別コンサート。テイク6ツアーの最終日だ。クラシック音楽の殿堂ともいうべきこのホールは、新日本フィルハーモニー交響楽団のホームグラウンド。
見回してみると客層が違う。熱狂的なファンもいる一方、往年のミルス・ブラザーズやソウルに親しんだとおぼしき年配の愛好家が多い。若いファンなどは恐らくこういう格式の高いホールでテイク6を聴くのは初めてに違いない。ちょっとした戸惑いがあるのだろう。それかあらぬか最初は感じが硬い。何かしらよそよそしさが感じられた雰囲気がほぐれてきたのは第1部の半ばぐらいからだった。ちなみに第1部が<アカペラ・ステージ>と題したテイク6単独の舞台。過去のコンサートのことはさておき、今回の公演はオープニングを「Straighten up & Fly Right」と決めているらしい。いうまでもないと思うが、これはトリオ時代のナット・キング・コールが得意にしていた曲。ステージの構成と運びはブルーノート東京で見たファースト・セットと基本的には変わらない。ミシェル・ルグランの「風の囁き」をのぞくスタンダード曲は第2部に回した結果、ソウル曲中心のプログラムとなった(「Come on」に代わり、ゴスペル曲の「Something within Me」を挿入)が、歌で聴衆とやりとりする風景といい、舌を巻く相変わらずのアカペラ唱法といい、テイク6ならではの充実したステージだった。
とはいえ、焦点はやはり新日本フィルとの第2部。平常よりも小ぶりの規模の新日本フィル(小松長生・指揮)に、帯同したピアニスト(クリスチャン・デントリー)らのトリオが加わった。PA 音響についての詳細は及川公生氏に譲るが、オープニングの「Just in Time」ではストリングがよく抜けてこない。編曲はセドリック・デントがメンバーのマーク・キブルの協力のもとに仕上げたものらしいが、こちらも特筆すべきものはない。とは言うものの、オーケストレーションは日本にも何度か来演しているビッグ・ファット・バンドを率いるピアニストでサックスも吹く作曲家ゴードン・グッドウィンが担当。つぼを心得たオーケストラル・サウンドでヴォーカルをバックアップする。これに応えるテイク6はさすがというべき歌唱力で、日本を代表するオーケストラのシンフォニック・サウンドと一体になったゴージャスな1時間を飾ってみせた。この日はまさに聖バレンタイン・デイ。15年ぶりに実現したコンサート・ホールでの舞台は、ちょっと気取っていえば、テイク6からプレゼントされたバレンタイン・チョコレートみたいな趣き。
テイク6の本領はアカペラだから、彼らの裸のステージともいうべき第1部に軍配があがるのは致し方ない。何といってもバックをつとめるのはシンフォニー・オケであり、即興的に遊びを入れたり、羽目をはずしたりするわけにはいかないからだ。多少窮屈な感じを受けるのはやむを得ない。それらを考慮に入れてもなお、初めて体験するテイク6のゴージャスな舞台は格別。私は素直に楽しんだ。新日本フィルをバックに歌ったのはスタンダード曲の「Just in Time」を皮切りに、「He Never Sleeps」、20年代の古い賛美歌「Bless This House」、チャプリンの「Smile」、オープン・ハーモニーが美しい「Lullaby」、30年代のスピリチュアル曲「Sweet Little Jesus」、「Over the Hill Is Home」の7曲。スピリチュアル、ゴスペル、スタンダードに的を絞った選曲で、「Smile」ではトランペットやパーカッションの模写で聴衆を魅了し、「Lullaby」ではブラームスの「子守歌」を挿入するなど随所で親しみやすさを演出する。どちらかというと前半とは趣を異にするアットホームな雰囲気が印象的なステージだった。
アンコールはオーケストラとの「The Biggest Part of Me」。ブライアン・マックナイトが歌ったこの曲を、6人は彼らがブルーノート初日のステージを飾った11日に亡くなったホイットニー・ヒューストンに捧げて歌った。聴きながら目頭が熱くなった。そして、締めくくりはアカペラによる「My Friend」。かつて健在だったレイ・チャールスをフィーチュアして歌ったこの曲にも、ヒューストンを突如失った悲しみが反響しているようだった。(2月22日記)
及川公生:1936年、福岡県生まれ。FM東海(現・FM東京)を経てフリーの録音エンジニアに。ジャスをクラシックのDirect-to-2track録音を中心に、キース・ジャレットや菊地雅章、富樫雅彦、日野皓正、山下和仁などを手がける。2003年度日本音響家協会賞を受賞。現在、音響芸術専門学校講師。著書にCD-ROMブック「及川公生のサウンド・レシピ」(ユニコム)。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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