#1.セルゲイ・クリョーヒン&ポップ・メハニカ @メールス・ジャズ祭1989
Sergey Kuryokhin & Pop Mechanics @ Mores Festival 1989

この写真はいい。時代が写っているから。
そんなことを言われたことがある。


 1980年代後半、当時のゴルバチョフ大統領の下で進められたペレストロイカ(改革)、そしてグラスノスチ(情報公開)によって、ソ連の芸術、文化状況が西側に伝わってくるようになった。それまでは鉄のカーテンの遠い向こうにあったゆえに興味津々、世界の目がソ連に向く。確かに面白いことが起こっていた。音楽も然り。ジャズも然り。
 1989年、高橋悠治は「開かれた地平」と題したイベントを行った。ソ連、アメリカ、日本のミュージシャンが共演するという企画である。出演したのは、高橋悠治、三宅榛名、梅津和時、高橋鮎夫、アメリカからジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、そしてソ連からはセルゲイ・クリョーヒン、ウラジーミル・チェカシン、ウラジーミル・タラソフ、ワレンチーナ・ポノマリョーヴァ。
 その数ヶ月後に開催されたメールス・ジャズ祭では、当初「開かれた地平」に準じた日本とソ連のミュージシャンを招聘し共演させるプログラムを考えていた。しかし、予定が合わず、代わりにセルゲイ・クリョーヒンのプロジェクト、ポップ・メハニカが出演することになったのである。これは私個人的にはすごく嬉しいニュースだった。その約2年前、NHK教育テレビが放映した1985年にBBCがソ連政府の許可を得ずに撮影したというクリョーヒンを取り上げた短いドキュメンタリーを観て以来、彼自身のピアノもさることながら、ポップ・メハニカというバンドが面白く、一度観てみたいと思ったものの叶う筈はないと考えていたからである。
 メールス・ジャズ祭でのポップ・メハニカのステージは今でも鮮烈に記憶に残っている。舞台が始まる前からただならぬ気配が漂っていたことも。古いロシア音楽の

 

ようなサウンドが流れ、ステージではピアノの前にクリョーヒンひとり。テープを用いた一種のエレクトロ・アコースティック演奏である。しばらくするとピアノから立ち上がってマイム的なパフォーマンスを始めた。やがて屈指のドラマーとして知られるウラジーミル・タラソフやギタリスト、サックス奏者なども登場。演奏はフリー・ジャズ、ロック、ロシア民謡風、現代音楽的と、展開される場面に応じて変化していく。ステージに持ち込まれた段ボール箱からはあひるや鶏が。連れ出された仔牛はなにかに怯えたのかピアノの下にもぐり込む。いつの間にか客席からは正装したブラス・セクションがステージに上がり、動き回りながら指揮(指示)するクリョーヒンに合わせて演奏する。このように即興的でありながらも見事に構成・演出されたスペクタクルに、その場に居た聴衆は皆圧倒され、カメラマンもまた金縛りにあったようにステージの周囲に張り付いたまま動こうとはせず、最後までそれに見入っていたのだ。
 ステージでポップ・メハニカが発していた途方もないエネルギーはいったいなんだったのだろう。当時はレニングラードのアンダーグラウンドに押し込められていたパワーが噴出したものとばかり思っていた。半年後に世界が大きく変わるとは誰一人予想していなかったことは確かである。しかし、1989年11月にベルリンの壁は壊れた。東西冷戦構造も崩れ、ソ連も1991年には解体する。大きく時代は動こうとしていた。今思えば、あのエネルギーにはその後の大きな変化を暗示させる何かがあったような気がしてならない。

 私のカメラと音楽が出会ったのはこの年のメールス・ジャズ祭。初めてのステージ写真撮影ということもあって、ただただ本能でシャッターを押していたなあと今にして思う。だが、それから20年余、これほど興奮してシャッターを押したステージはその後いったい何度あっただろうか。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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