MONTHRY EDITORIAL02

Vol.31 | 音楽、いろいろ、の中でtext by Mariko OKAYAMA

ちょっとした行きがかりで、ロック・バンドのライブ@赤坂ブリッツに呼ばれ、覗いてきた。いや、脳天をガシガシわんわん、やられてきた。
常日頃はクラシックの、どんなffであろうと微細・微小な音の彩、響きの中に身を置いており、また、折りに触れジャズをふくむ諸々も楽しみ、ロック系も皆無ではないが、学生バンドやインディーズのごくごく小さなライブハウスでの「お友達全員集合!」的なものに付き合った程度。
この種の「轟音」というのは、数年前、NYのアポロ・シアターの年末アマチュア・ナイトを観戦した時ぐらいだ。その時も、雪崩れかかる轟音・爆音に鼓膜が破れそうだったが、耳というのはすぐに慣れてしまうようで、そのうち平気になっておおいに楽しんだ。
今回のライブも同様だが、階下のスタンディング・フロアで繰り広げられるシーンは全く初体験で、「こういうことなの・・・」と半ば唖然、半ば感嘆。
びっしり埋めたファンは、中学生くらいから子連れの若い女性まで、年齢層はけっこう幅広く、それ自体驚きなのだが、何といっても、お約束に従いペンライトを振り、頭をぶん回し、一斉に波打つさまには、やはり唖然、としか言いようがない。
「みんな、これ持ってる?」とステージからヴォーカルがペンライトをかざしつつ叫ぶと「ハーイ!!!」と、ほとんど小学1年生みたいな可愛い声が一斉に上がる。
その幼さは、いささか怖い。
あるいは、ステージともどもテンションが頂点に達すると、全員が連獅子のように髪を前後、左右、回転、といった具合に振りまくり、脳みそが思いっきりぐちゃぐちゃになるであろう様相を呈するのである。
そのリアクションの一糸乱れぬ統制ぶり、一体感、陶酔感は、ほとんど危うい。
「熱狂」というものの持つ、まさに狂気を実感する。

音楽は、実にさまざまだ。
以前、クラシックの音楽評論家が、「クラシックは精神に、ジャズやポップス、ロックは身体にくる。」と言うのを聞いたことがあるが、今の時代、そんなふうに音楽を語る人は居ないだろう。たぶん。
人間を精神と身体とに、人体を上半身と下半身とに分けて考えたりする思考は愚かしい。陶酔や熱狂は人間の総体にある。

 

初めてワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の無限に上昇してゆく半音階和声、いわゆる無限旋律というのを学校の音楽室で聴いたとき(音楽好きの男の子が持ってきたのを、放課後、そっとかけたのだ)、大人の世界の秘密の扉をほんの少し開けたような気分で、えも言われぬ感覚を知った。いつ果てるとも知れない官能の波、徐々に昇りつめてゆくエクスタシー・・・。
これを、精神か身体か、などと弁別できはしない。
とは言うものの、胸にジーンとくる、とか、思わず身体が揺れる、とか、その種の言葉で言い表されるように、それぞれの部位と感覚の相違があることも事実。
何が、どう違うのか?

階下で波打つ頭の海を見下ろしつつ、日頃見慣れたクラシックの音楽シーンを想起すると・・・例えばの話、ショスタコーヴィチのシンフォニーなどからダイレクトに来るクライマックスの興奮や高揚感というのは、聴衆一人一人の内的なもので、それで全員が一斉に立ちあがったり、叫びだしたりはしない。いくら音で煽られたって、指揮者と一緒にジャンプしたり、ステージのプレイとパフォーマンスに呼応して、見事に統制のとれた動きをみんなでする、なんていうのも有り得ない。 その部分だけ考えると、バラバラな個の領域内で充足する音楽と、個が一つの大きな集合体となることでエクスタシーが完結する音楽とがあるように思えるが、それは一見の話だろう。
クラシックもまた、個々の内的充足が、ホール全体の充足を生む、つまり共有されたエクスタシーがそこに醸成されることは、みんなが知っていることだ。
ただおそらく、ロック系(と、おおざっぱに言っておく)のそれには、明確な共犯意識(ファン同士、ステージと客席の三角関係)があり、そこにロックの醍醐味もあるのではないか。
そういえば、先日の新宿ピットインでのFirst meetingのインプロで味わった強烈な幻惑感。
あれはでも、こういう共犯感覚より、やはり音そのものへの個的反応に近く、音による心身強奪とでも言えようか。
と、まあ、あれこれとりとめなく考えたわけたが、つまるところ、そのどれもが目指すと思われるのは、やはり人間の自失・忘我への欲求だろう。
なぜ、人は、自分を掻き消したいか。掻き消すこと、掻き消されたところに快楽があるのか。
音楽はいつも、どんなものであれ、その問いを突きつけて来る。


丘山万里子

丘山万里子:東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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