森山さんと一緒にいると自然と微笑みをもらってしまう。居合わせた大方の人がそうなるらしい。だから森山さんのライブ会場は心が和み、笑みがたえない。森山さんの笑顔からはドラムから湧きあがる、燃えるような風圧とは真反対の穏やかなあたたかい人となりを感じる。ウイットに富んだジョーク、ユーモアのある小咄が座を、ステージを和やかにする。森山さんのタイコはひと一倍音が大きい。スネアにしろ、バスドラにしろ、シンバルにしろ、音の洪水である。しかし全くうるさくないばかりかむしろ爽快である。一音一音の背筋が立っていて切れがよく、超高速のロールやバスドラの連打でもまるでバッターボックスに立った打者のスローモーションのスイングを見ているように鮮明に聴き取れるのである。そう、サックスもピアノもベースもドラムの洪水の中からくっきりと浮かび上がる。エルヴィン・ジョーンズがやはりそうだったように音の粒立ち、所作が軽快なのである。
1975年12月31日、新宿ロマン劇場「'75 into '76オールナイト・ジャズ・フェスティバル」のステージが森山威男の山下洋輔トリオ最後のステージであった。1967年から、途中山下さんの病気療養期をはさんで足掛け8年、正に山下洋輔トリオが破竹の勢いでより高いステージへと上りつめようという絶頂期での突然の引退であった。森山威男30歳、森山さんは生き方に変化を求めるためとさらりと語っているがなかなか常人には出来ない決断である。しばし翼を休めた森山さんは西荻窪「アケタの店」でドラムの個人レッスンをしながらスティック捌きに磨きをかけ、自己のグループを始動した。この時期シェリー・マンやジョー・モレロなどもよく聴いたという話を森山さんから伺ったことがある。目も鮮やかなブラシュ捌きを見るにつけこの話を思い出す。山下トリオを辞めて自己のグループを結成する過程でのことである。森山さんは人前ではやさしい笑顔をみせるだけで全く素振りも見せないが、実は大変研究熱心なのである。そして、アケタからピットインへと活動をひろげながらメンバーは固まっていった。新生、森山威男カルテットの第1声は1977年3月1日と2日の夜、新宿ピットインでのライブ『フラッシュ・アップ』(テイチク)であった。それから33年、フリーとメイン・ストリームの間を絶妙な距離感を保ちながら密度の濃いしなやかなリズムの渦を叩き続けている。昨年の夏行われた「山下洋輔トリオ40周年リユニオン・ライブ」では元祖山下トリオとして中村誠一(sax)とともに<木喰><ミナのセカンドテーマ>を演奏、一気にタイムテーブルを40年前に戻して日比谷野音にああ、やっぱり山下トリオはこの疾走感なのだとあらためて再認識させられた。初代の貫禄をこえた匠の技を感じさせるあたり、第1期トリオの3人は凄い。
1993年の夏からしばしの間、療養生活に入りシーンから遠ざかっていたことがある。ある日、お見舞いを思いたって新幹線に乗った。列車を乗り継ぎタクシーで多治見市民病院まで行った。そしてタクシーをおりると目の前に森山さんと藤井病院の院長で森山さんの健康面を支えてこられたスタジオFの藤井修照先生、市民病院の院長先生が病院の玄関に立っていらっしゃるではないか。予めお知らせしていた新幹線の列車名から到着時間を計算して玄関まで出迎えて下さっていたのである。すっかり恐縮してしまったが、森山さんは誰にでも気配りを忘れない緻密で繊細な方であり、音楽にもそれがそのまま反映されているのである。復帰後の最初のレコーディング、1994年の4月スタジオFでの『虹の彼方に』『マナ』(徳間ジャパン)のライブ録音には幸運にも2日間立ち合わせていただくことが出来たのである。
森山さんは2001年から毎年、可児市文化創造センターで定例のコンサート「森山ジャズナイト」を開いている。私も訪れたことがあるが1000席を超える大ホールが全国から集まった熱心な森山ファンで埋めつくされるシーンは壮観で、感動的でさえある。2003年のコンサートではジョージ・ガゾーン(sax)エイブラム・バートン(sax)を招いてコルトレーンの<ア・ラブ・サプリーム>を全曲演奏した。コルトレーン、ドルフィーそしてエルヴィンが乗り移ったような過激なステージであったという。題して「ア・ライブ・サプリーム」。こうしたちょっとしたシャレに森山さんの笑わせてくれる真面目さを感じる。去年(2009年)森山さんはニューヨークでジョージ・ガゾーンとセッションをしてきたそうである。そして今年の9月18日、可児市文化創造センター「森山ジャズナイト」にジョージ・ガゾーンを招く予定と聞く。友情を大切にする森山さんらしい話であり、スタジオFや新宿ピットインでもガゾーンとのセッションが予定されているという。また、この4月には新宿ピットインで「辛島文雄ミーツ森山威男」のライブ・レコーディングも収録した。ますますお元気で充実している森山さんのシンバルのシャワーはいつ浴びてもドラマティックで刺激的である。
(2010年5月 望月由美)
望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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