及ちゃんがゆく コンサート、音響診断まで丸かじり



写真:三浦興一/すみだトリフォニーホール

 ミシェル・ルグラン(ピアノ・作編曲・指揮)
 ピエール・バウサエ(ベース)
 フランソワ・レゾー(ドラムス)
 竹本泰蔵 指揮
 新日本フィルハーモニー交響楽団

 第1部:ミシェル・ルグラン・トリオ
 第2部:ミシェル・ルグラン with 新日本フィル

音響診断 及川公生(日本音響家協会名誉会長)
PAが絡んでも存在を忘れることがある音響的な配慮

席に着くと、トリオ編成とオーケストラの配置が整っているステージとPAの仕掛けに目を配る。客席にコンソールがない。トリフォニーホールではよく見かける事だが、これが一番落ち着く。PAを押しつけない視覚の配慮が嬉しい。
ステージ上手、下手、にPAのシステムが設置され、2〜3階席の補強の意味も含めてホール常設のシステムが見られるが、最小限の設備で整えられている。

第一部 トリオ演奏。ベースの低音部の豊かな響きがホールに充満する。ドーンと腰を据えた響きだ。ドラムスが対極的に光線の様にホール空間をビシバシと飛散。コンサートホールの残響が邪魔になる響きだが、明瞭さを崩すモノではなく、ナマ音に反応した反響であるから問題には感じない。
ピアノが加わってバランスが整うと、響きの空間は、ぐっと引き締まった音になった。PAのコントロールが介在したか、私の耳が慣れてきたのか、二曲目からは、ピアノの音に輝きが増した。ピアノはほとんどナマ音に近い音量に抑えられている事に好感が持てる。蓋を取り払った状態であり、PAなくしてはバランスは成り立たない

第二部 オーケストラとのバランスは、何も問題を感じない。第一部のトリオのバランスに、オーケストラがアコースティックに覆い被さる。アレンジの力もあるのだろうが、トリオの演奏がオーケストラにかき消される部分はまったくない。
ただ、一つ疑問に感じたのは、二部のステージに現れたハープのバランスだ。ソロで始まった瞬間、何?この音は、と。
オーケストラのバランス時のまま、ソロで鳴るのは、少しインパクトが強すぎた。さらに、ピックアップも起因している。電気的強調感が鋭く音質的に浮いた感じで惜しい。
いつも賛辞を惜しまないのは、トリフォニーの場合、PAが絡んでも強調感がなく、ふとした瞬間に、存在を忘れる事がある音響的な配慮だ。

演奏評:稲岡邦弥
オケのセットを背にピアノ・トリオが構える。下手(しもて)のピアノに対座するのはドラムスである。センターからピアノ寄りにベース。ピアノの蓋は外されて内部がむき出しになっている。オケとピアノ・トリオの協演のセッティングである。視覚的には否が応にも協演の方に興味が向くが、さすがルグラン、トリオの方も充分楽しめた。それはそうだろう、トリオではブルーノートに出演しているのだから。
<レイ・ブルース>から始まったトリオの演奏、ピエール・バウサエのベースとフランソワ・レゾーのドラムス、グルーヴよりもスイングすることに重点を置いたいかにもフランスのトリオらしい演奏。ミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』 (1963)から<ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング>。“ジャズ・ミューシシャンにいちばん愛奏されている曲なんだ”のコメント通りビル・エヴァンスの名演を始めトニー・ベネットなどヴォーカリストにも愛唱されているバラード。やはり作曲者自身の演奏は格別だ。“僕のジャズ・アルバムはマイルス・デイヴィスに始まり、マイルス・デイヴィスで終わった”。ルグランのジャズ・アルバムの嚆矢となるのはコルトレーンやマイルス、エヴァンスらが参加した『ルグラン・ジャズ』(1958)。最後は、マイルスが主演した映画『ディンゴ』(1991)。作曲者自身以外には演奏される機会のない曲をバラードとロックで披露、ルグランのマイルスに対する追慕に打たれる。<ホワット・アー・ユー・ドゥーイング・ザ・レスト・オブ・ユア・ライフ?>。<これからの人生>と邦題が付けられたこの曲もジャズ・ヴォーカリストの愛唱曲のひとつ。僕にとってもアニタ・オデイの復帰作『アニタ・オデイ 1975』(TRIO)でアニタに歌ってもらった思い出の曲。ルグランは弾き語りで楽しませてくれたが、この音域の広い歌は少々無理があり、コーダに入る前にまず「エヘン」と咳払いをする始末。歌い終わるとドヤ顔を客席に向ける愛嬌ぶり。
最後の「The Pianists」は、ルグランが見事なエンターテイナーぶりを見せた1曲。“最近見た夢を聞かせよう。何とデューク・エリントンが目の前に現れて僕にピアノを弾いてくれたんだ”のコメントでエリントン風<テイク・ジ・Aトレイン>が始まり、“その後には何とアート・テイタムが現れて”とトークでつなぎながら、テイタムの超速のピアノ演奏を形態模写。記憶に残るだけでも、エロール・ガーナー、オスカー・ピーターソン、ジョージ・シアリング、デイヴ・ブルーベックらが続きエンディングはお約束のカウント・ベイシーのシングル・トーンで。
1部はジャズ・ファン向けのステージだったが、当夜は映画ファンが多かったようでルグランの熱演にもうひとつ反応が鈍かったのが気の毒だった。

2部は新日フィルとトリオを交えたゴージャスな映画音楽の世界を展開、満員の聴衆の心を揺さぶり続けた。「シェルブールの雨傘」組曲では、パレットの絵の具を使うようにオケのさまざまな音色を楽しみながら世界中で愛されたメロディをあちこちに泳がせ、フィナーレでメイン・テーマを豪華なトゥッティでクライマックスに持ち込む心憎い演出。常道とは言いながらあのえも言われぬ美しいメロディを畳み掛けられて心を揺さぶられない音楽ファンがいるだろうか。ましてやメロディに喚起されてロマンチックな映像が鮮やかに甦るのだ。
<リラのワルツ>で聴かせたフランス語のヴォーカルはハスキー・ヴォイスと相まってまさにシャンソンの趣。英語の「これからの人生」とは雲泥の差だ。
初めてアカデミー賞を受賞した映画『華麗なる賭け』の<風のささやき>ではハーピストの愛妻キャサリンを大々的にフィーチャー。キャサリンも奥様の余技の予想をはるかに超えた技量でミシェルの名曲に応えた。
アンコールはソロで登場したが(<シェルブールの雨傘>他2曲)、気が付いてみると80歳の祝賀コンサート。ピアノにヴォーカルに指揮にまさに獅子奮迅の活躍。数々の名曲を生み出したその才能にあらためて畏敬の念を覚えると同時に強靭な体力にも驚かされた(外見は小柄な好々爺然としているだけに)。終演と同時に期せずして全員のスタンディング・オベイション。何度も続くカーテン・コール。音楽ファンにとって忘れ難い一夜となったが、ルグランも同じ思いを抱いたのではないだろうか。
“ルグランの前にルグランなく、ルグランの後にルグランなし”。稀代のメロディ・メイカーとの幸せな邂逅を果たした一夜。ホールを出ると真正面にライトアップされたスカイツリーがエッフェル塔と見紛うほど、パリの雰囲気に溢れたトリフォニーではあった。

*ミシェル・ルグランへのインタヴュー
http://www.jazztokyo.com/interview/v63/v63.html

及川公生:1936年、福岡県生まれ。FM東海(現・FM東京)を経てフリーの録音エンジニアに。ジャスをクラシックのDirect-to-2track録音を中心に、キース・ジャレットや菊地雅章、富樫雅彦、日野皓正、山下和仁などを手がける。2003年度日本音響家協会賞を受賞。現在、音響芸術専門学校講師。著書にCD-ROMブック「及川公生のサウンド・レシピ」(ユニコム)。

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