阿佐谷ジャズストリート2013
text & photos by 望月由美 |
今年で第19回を迎えた「阿佐谷ジャズストリート2013」、今年は山下洋輔さんが急病で療養中のため直前になって出演が出来なくなるという一大事に加えて台風27号の接近というハプニングが重なりジャズストリート実行委員会は緊張の日々が続いたが、日野皓正さんの友情出演が決まり、また実行委員会の願いが届いてか台風も上陸を避けてくれ、無事開催にこぎつけ、10月25日(金)と26日(土)の二日間、メインのパブリック会場、街角でのストリート、そしてライヴハウス等のバラエティ会場で様々なステージ、セッションが繰り広げられた。
♯1.日野皓正 h factor at 神明宮能楽殿
今年の阿佐谷の注目すべきポイントは山下洋輔に代わって神明宮・能楽殿に友情出演した日野皓正 h factor。山下さんの突然の病気療養とあって急遽出演が決定したためレギュラー・ピアニストの石井彰さんは以前から決っていた関西ツアー中のため出演できず、日野皓正(tp、他)・加藤一平(g)・日野“JINO”賢二(elb)・須川崇志(b)・田中徳崇(ds)・dj honda(dj)の6人編成となった。25日(金)は台風27号の影響で低気圧が関東に居座り、神明宮には前日からの肌寒い小雨が降りそそいでいた。しかしジャズストリート関係者の挨拶が終わり、午後5時ジャスト、日野皓正が能楽殿に姿を現すとすっと雨が上がる、奇跡が起こったのだ。
雨の中を駆けつけた観客およそ800人は傘をたたみ、全員総立ちで日野グループを迎えた。この悪天候の中を沢山の方が集まったのはやはり、日野パワーによるものか。
須川崇志(b) 日野皓正(tp) 田中徳崇(ds)
とにかく熱い。全速力で突っ走る。初っ端の一音から全員がリズム・マシーンと化しグルーヴィーにノリまくる。息つくひまもない疾走感で神明宮を圧倒する。メンバーの一人ひとりがアグレッシブに音を発散させながらも日野を中心に一体となっている。日野のリーダーシップによる結束力はまさに「UNITY」。須川崇志(b)がアルコで過激なソロをとれば日野のトランペットが火を吹き、田中徳崇(ds)がさらに拍車をかけてあおる。日野と田中の二人はさながらリンカーン・センターのマイルスとトニーのようにスリリングなチェイスをくりひろげる。 アンサンブルあり、ソロあり、デュオの場面ありと、とにかく場面展開が早くスピーディー。時には日野皓正はエフェクターを使って幻想的なシーンを創りだし、また、カウベルを打ち鳴らし法螺貝をも吹く。
日野皓正(法螺貝) 田中徳崇(ds)
10月25日は日野皓正の71回目のお誕生日。颯爽と2曲演奏したところで実行委員会が日野皓正にバースデイ・ケーキをプレゼントし、神明宮に集った全員がハッピー・バースデイを合唱、神明宮がひとつに盛り上がった。日野も<初めてやってまいりました。由緒ある神社で、綺麗な能舞台で演奏することはとても楽しいです。さっき、おみくじを買ったら大吉だったよ>とケーキを手に大喜び。
バースデイ・プレゼントに応える日野皓正
日野皓正 hfactorのカラーをより鮮明に色づけしているのがDJのdj honda(dj)と日野皓正の次男でエレクトリック・ベースの日野“JINO”賢二(elb)の二人。エレクトリックとアコースティックなサウンドをうまくブレンドし、新しい日野サウンドを築き上げた。
日野“JINO”賢二(elb)
日野皓正は、今年の6月、自己のレーベル『J LAND』を立ち上げ、その第一作『UNITY』(J LAND)をリリース。ジャケットの絵も「UNITY=手を結びみんなが一緒になること」をイメージした自分の作品を使って力強く新たなスタートをきった。エンディングはその新作から<Never Forget 311>。日野は東日本大震災を絶対に忘れてはならない、との思いからこの曲を演奏した。この曲の印税は被災地の子供たちに届けられるという。
作詞をした日野“JINO”賢二が<Never forget!Never forget 311!>と唄い、メンバー全員がそれに続いて<Never forget!Never forget 311!>とシャウトする。
そして、演奏の最後に日野皓正がトランペットからマイク・アタッチメントをとり外し、ノン・マイクで『ふるさと』(小学唱歌)を吹く。神明宮の森に日野のオープン・トランペットが奉納歌のように高らかに鳴り響く。
例年、年中行事として山下洋輔が演奏する神明宮・能楽殿であるが、この夜だけは「日野皓正 h factor」に燃え上がった。
ノン・マイクで<ふるさと>を吹く日野皓正(tp)
#2.竹内直・MANI & 五十嵐一生 at 産業商工会館
昨年ンジャイ・ローズ3兄弟をフィーチュアした「竹内直・サバールジャズ」で産業商工会館を沸かした竹内直(reeds)が今年はMANIで登場。竹内直(reeds)、市野元彦(g)、田中徳崇(ds)というユニークな編成のトリオで、さらにゲストとして五十嵐一生(tp)が加わるというドリーム・バンド。25日(金)夜8:15分からというジャズストリートとしては異例の遅いスタートとなった。ドラムの田中徳崇が直前まで日野皓正 h factorの一員として神明宮・能楽殿で演奏を行いその終了後、産業商工会館に駆けつけるということになったためである。しかし、当の田中徳崇(ds)は気持ちもしっかりとMANIに切り替え疲れも見せず素晴らしいリズムでMANIを鼓舞した。
五十嵐一生(tp) 田中徳崇(ds) 竹内直(ts) 市野元彦(g)
2曲目からゲストの五十嵐一生(tp)が加わり2管の演奏となりウエイン・ショーターの<ユナイテッド>などを演奏。 メンバーの熱演に応え竹内直(ts)も剛速球、素晴らしいソロを展開した。
竹内直(ts)
ゲストの五十嵐一生(tp)は一昨年の「阿佐谷ジャズストリート2011」に「本田珠也presents世界逸産」としてここ産業商工会館のステージに立っていて2年ぶりのステージである。
一昨年、五十嵐はビル・エヴァンスの愛奏曲<ターン・アウト・ザ・スターズ>をトランペットでここまでエヴァンスの心象をリリカルに出せるものなのかという名演を聴かせてくれたが、このステージでもふたたび<ターン・アウト・ザ・スターズ>を吹く。今回はエヴァンスでいえば後期エヴァンス、繊細さにくわえて力強いパワフルな<ターンアウト>で聴衆を酔わせた。
五十嵐一生(tp)
#3.ギラ・ジルカ&矢幅歩at細田工務店
一昨年阿佐谷聖ペテロ教会、そして昨2012年は久遠教会に出演し大好評を博した「ギラ・ジルカ & 矢幅歩、SOLO-DUO」が今年は26日(土)の午後、阿佐谷のメインストリーム、中杉通りに面した細田工務店に登場、ツイン・ヴォーカルの魅力とウイットに富んだおしゃべりで会場を魅了した。
矢幅歩(vo) ギラ・ジルカ(vo) 中村健吾(b)
矢幅歩とのツイン・ヴォーカルで新作『SOLO-DUO』(JUMPWORLD)を発表したギラ・ジルカはソロ・アルバム『Day Dreaming』(JUMPWORLD)も発表、いまのりにのっている。<L-O-V-E>、<It Don’t Mean A Thing>など誰もが耳馴染みの曲をユニークなアレンジで楽しいステージを演出した。
ギラ・ジルカ(vo)
ギラとのコンビを組んで8年になるという矢幅歩、粋なファッションとクール・ヴォイスで会場を魅了する。
矢幅歩(vo)
ギラ・ジルカと矢幅歩の共演者はギターの馬場孝喜とベースの中村健吾。巧妙なバッキングとソロで二人をバックアップ。
馬場孝喜(g) 中村健吾(b)
#4.峰厚介フォーサウンズ at 産業商工会館
昨年は「With Your Soul峰厚介」で出演した峰厚介(ts)が今年は3年ぶりに「フォーサウンズ」での登場。峰厚介(ts)、板橋文夫(p)、井野信義(b)、村上寛(ds)というオールスター・カルテット。阿佐ヶ谷の住人、峰厚介にとって産業商工会館は自分の庭のような場所、のびのびとテナー本来の美しい音色でワンホーンの魅力を存分に発揮した。
峰厚介(ts)
板橋文夫(p)の指ならしからワン、ツーの掛け声でスタートした一曲目、なんとも懐かしい板橋の名曲<アリゲーター・ダンス>、ドライブのかかった板橋のピアノが爆(は)ぜ産業商工会館は熱気につつまれる。名作『濤』(FRASCO)の青春がよみがえる。
このステージでは板橋文夫の曲を3曲演奏したがラストに演奏した<がんばっぺー!東北No.2>は気合が入っていた。板橋は東日本大震災から丁度一ヵ月後の2011年4月11日、12日に自己のトリオ「板橋文夫FIT!」でアルバム『New Beginning』(MIX DINAMITE)のレコーディングを行っている。被災者の方々の心の痛み、怒り、無念さなどを思い、音楽ができることへの感謝と未来へ向けての新たな出発を祈ってこの曲を演奏したのだそうだ。この、産業商工会館の会場にも板橋の熱い思いがしっかりと伝わった。
板橋文夫(p)
板橋の曲を2曲続けた後、チャーリー・ヘイデン(b)の<ソング・フォー・チェ>。井野信義(b)がピチカートからアルコまでベースのあらゆる技巧を駆使して個性的なサウンドを築きあげる過程をすべて見せてくれた。いまや井野信義と<ソング・フォー・チェ>はひとつにとけあい、素晴らしい入魂の演奏をくりひろげた。
井野信義(b)
フォーサウンズのダイナミズムの発生源が村上寛のドラム。笑顔の奥に切れ味鋭いスイングを秘めている。村上寛の軽快なフットワークはいつ聴いても気持ちがいい。
村上寛(ds)
#5. 豊田チカat 新東京會舘
新東京會舘は毎年、マーサ三宅ファミリーが登場しヴォーカル・ファンを楽しませている。25日(金)はマーサ三宅(vo)が出演し、26日(土)は豊田チカ(vo)が登場。豊田チカは10月に父 大橋巨泉とのデュエットでアルバム『Dream 巨泉 with チカ』(BounDEE by SSNW)をリリースしたばかり、ノリに乗って得意のスキャットで会場を沸かせた。
豊田チカ(vo)
#6.ASAGAYA SUPPER 60’All STARS at 杉並第一小体育館
阿佐谷の名物「阿佐谷七夕まつり」は今年、60回を祝った。ジャズストリートでは七夕まつりの60回記念として60歳のミュージシャンによるオールスターズを編成、杉並第一小学校の体育館でブレイキー・ナンバーなどなつかしいハード・バップのオンパレード。メンバーは田村博(p)、山崎弘一(b)、菊地康正(ts)、伊勢秀一郎(tp)、小林洋一(ds)そしてヴォーカルに清水秀子。
田村博(p) 山崎弘一(b) 菊地康正(ts) 伊勢秀一郎(tp) 小林洋一(ds)
#7.ストリートを楽しむ
街角で無料で楽しめるストリート、今年は二日とも悪天候だったため、大降りの際に一部演奏できないグループもあったというが、小雨程度では決行、お客さんも傘をさしながら演奏を楽しんでいた。
阿佐ヶ谷駅北口パサージュ前の竹内郁人グループ
● 阿佐ヶ谷駅南口噴水前特設ステージ
阿佐ヶ谷駅南口噴水前特設ステージは噴水を囲んでの憩いの場で、バス停留所もあり阿佐谷でもっとも人の集まる場所でジャズストリートの顔のひとつ。雨の影響で出演できなかったグループもあったと聞くが、小雨の中で自治体交流セッションの一つ<東京都青梅市プレゼンツ・Reina Kitada>は華やかなステージで多くの観客を楽しませた。
Reina Kitada(vo,vln)
● ジャズウオーク
阿佐谷ジャズストリート恒例のジャズウオークはニューディキシーモダンボーイズと早稲田ニューオリンズジャズクラブが晴れ間をぬって街中を練り歩く。
早稲田ニューオリンズジャズクラブ
ニューディキシーモダンボーイズ
● ゴールデン街前のストリート
JR中央線のガード下、ゴールデン街の前では例年、金曜日には人間ジュークボックスが出没するが今年も25日(金)には子供たちのリクエストを受け賑わっていた。そして26日には同じ場所にマリンバとパーカッションのデュオが出現、長い間ジャズストリートを見てきたがマリンバは初めての体験。
ゴールデン街前のマリンバ・デュオ
● ジャズアート展
阿佐谷恒例の杉並地区の子供たちの絵が阿佐谷パールセンターに飾られた。小学生の絵が主体だが今年は中学校も一校参加し街にアートの楽しさを表現する。
高井戸東小学校
杉並第一小学校
東田小学校
西田小学校
杉並第二小学校
杉森中学校
#8.阿佐谷ジャズストリート2013
今年の阿佐谷ジャズストリート2013は10月25日(金)、26日(土)の二日間、ときおり秋雨が降る中を街じゅうがジャズを楽しむ人々で溢れ成功裏に終わった。
来年は阿佐谷ジャズストリートの20周年という記念すべき年になるため、阿佐谷ジャズストリート実行委員会はすでに来年に向けての構想を練っているとか、来年の阿佐谷ジャズストリートが楽しみである。
阿佐ヶ谷ジャズストリート2013
望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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