Live Evil #007
「LUX - Unni Løvlid & Håkon Thelin コンサート」
2014.10.17@ノルウェー王国大使館アークティック・ホール
text & photo: 稲岡邦弥 Kenny Inaoka

Unni Løvlid(ウンニ・ローヴリー/vocal)
Håkon Thelin(ホーコン・テリン/double bass)

※ 画像をクリックすると、拡大画像にリンクされます。

毎月のようにノルウェーのミュージシャンが来日している。そのほとんどを手がけているのがOffice Ohsawaの大沢知之さんだ。もちろん、大沢さんの手を経ない来日もあり(東京JAZZに出演したJaga Jazzist、ピットインのハウスドラマーの異名を持つドラマーのポール・ニルセン・ラヴ、フューチャー・ジャズで売られたニルス・ペッター・モルヴェルなど)、その数は北欧系では群を抜いている。北欧に限らず、ヨーロッパを含めても、つまり、アメリカ以外では最多ではないだろうか。古くはヤン・ガルバレクを筆頭にオスロに自社スタジオを持つECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーが相当丹念に発掘、CDを通じて紹介しているのだが、来日する多くのミュージシャンはECMでは未紹介の場合が多い。昨年度の統計ではノルウェーの人口は、508.4万人である。東京の人口の半分以下。駐日ノルウェー大使館の公式サイトには「ノルウェーの産業」として、「ノルウェーは、石油とガス、海洋、及び海産物という3つの産業部門で世界をリードしています。また再生可能エネルギー、クリーンテクノロジー産業全般、医療/バイオテクノロジー分野も、同国の新たな産業分野として関心を集めています」と書かれてはいるが、「音楽立国」とはどこにも書かれてはいない。それでも、われわれの目には“ノルウェー・ジャズ”の攻勢と映るのは、それだけ音楽の持つ発信力が強烈なのだろう。
毎月、Jazz Tokyoにエッセイを寄せてくれるノルウェー王立音楽院に留学中のピアニスト田中鮎美さんがその秘密を端的に伝えている。徹底的な個性教育。ミュージシャンが10人いれば10の違った音楽が演奏される。つまり、“ノルウェー・ジャズ”でくくれる音楽などは存在しないのだ。
その鮎美さんお勧めのベーシスト、ホーコン・テリンも然り。時間が経過して緊張がほぐれてくると本領を発揮。1台のベースからあらゆる音を弾き出す、ときには叩き出す。しかもすべてきわめて音楽的に。ウンニはノルウェーのカントリーサイドの音の連なりをまるで優しく語るように、自らの吐息を風にみたてて密やかに吐き出す。われわれはたちまち遠く離れたノルウェーのカントリーサイドに立つ自分を自覚する。彼女の言葉はわからない。しかし、僕らは確実に彼らとその場を共有する。彼女が生活するノルウェーの僻地として。
大沢さんから大きなイベントの発表があった。伊勢丹のクリスマス・キャンペーン「「Life is a Gift ─せかいのすべてが、おくりもの─」にノルウェーの民族音楽が組み込まれたという。北欧少数民族サーミ族の伝統歌唱ヨイクを歌う女性シンガー、サラ・マリエル・ガウプと、現代ノルウェー・ジャズを牽引するダブルベースのスタイナー・ラクネスのデュオ「ARVVAS」だ。サンタクロースの出身はグリーンランドだが(フィンランドのラップランド説もあり)、彼らの音楽がジャズ・ファンを超えて一般にどれだけアピールするか楽しみではある。

Live Evil #008
ハシャ・フォーラ
2014.11.14@中目黒・楽屋
text & photo: 稲岡邦弥 Kenny Inaoka

本宿宏明 (fl・EWI)
池田里花 (vln)
モーリシオ・アンドラージ (g)
ハファエル・フッシ (b)
スペシャル・ゲスト:
フランシス・シルヴァ(pandeiro)
ケペル木村(zamuba)
高月レイ(cello)

※ 画像をクリックすると、拡大画像にリンクされます。

“昨夜のRacha Fora@楽屋・中目黒は凄かった。とくにアンコール前の最後の2曲。羊の皮を被ったボストニアンにブラジルの神が降臨し狼になった瞬間。去年のドラムも面白かったが、やはりバンドの持ち味を出すにはパーカッション、とくに、パンデイロ。遊んでいたフランシス・シルヴァが最後の2曲、パンデイロで牙をむいた!さすがの使い手だ!ゲストのケペル木村のZabumba。トルコ由来だそうだがこれも聴き得。去年聴いたファンも今年も参戦の価値あり!”
これは、僕がハシャ・フォーラを中目黒の楽屋(らくや)で聴いた翌日、彼らのFacebookに書き込んだコメント。ハシャ・フォーラというのは、ボストンで結成された日伯混合バンド。日本人、ブラジル人2名ずつ。ブラジル人のギターとベースが弾(はじ)き出すネイティヴなブラジリアン・リズムに乗って本宿のフルートと池田のヴァイオリンがジャジーなインプロヴィゼーションを展開する。去年、初来日した際にはドラムスのサポートを得たのだが、今年は場所によって本来の5人目のメンバー、パンデイロをゲストに迎えた。パンデイロはタンバリンだが、バンドのグルーヴを生かすも殺すもパンデイロ次第。ドラムスが入るとリズムがステディになるがパンデイロはより呼吸に近く極論するとリズムに伸縮性が出る。また、バンドの流れに応じてオン/オフが自由だ。楽屋では在日ブラジリアンのフランシス・シルヴァ。2度目に聴いた最終日は日本人で数少ないパンデイロのエキスパート、長岡敬二郎。フランシスはアーシーなワイルドさが魅力だが、長岡はスタジオ・ミュージシャン的な肌理(きめ)の細かさと多彩なテクニックが持ち味と聴いた。このバンドはテクニシャン揃いで音楽性も豊か。加えてボストンを拠点にしているためいつもは羊の皮を被っていることが多い。ブラジル人のふたりもテクニシャンでリズムも弾けばメロディも弾く、インプロのソロは言うまでもない。どうしても音楽性優先にならざるを得ない。その羊たちを狼に変えたのがパンデイロのフランシスだった。
スペシャル・ゲストのケペル木村はブラジル音楽の第一人者。奏者でありライターでもある。当夜はトルコ由来というザムンバを披露した、両面太鼓でスルド(大太鼓)と違って右手の掌で上面を左手のバチで下面を叩く。おそらく日本では彼以外の奏者はいないと思われ貴重な体験をさせていただいた。もうひとりのゲスト、高月レイ君は小学生のチェロ奏者。ピアノやダンス、役者もやるマルチ・タレント。難曲を暗譜でさらっと弾いてしまった。
ラシャ・フォーラ。テクも音楽性も申し分ないのだが、より広い支持を得るにはもう少しリスナー・フレンドリーなアプローチが必要だろう。ブラジルのさまざまなリズムについての説明や、「マイルスの曲」を数曲披露したが、アンコールの「ディズニーの曲」も含めて曲名くらい明かすべきだろう。日本で演奏しているのだ。ディズニーといえば今は<アナと雪の女王>が大ヒット中。ブラジルのリズムに乗せた<サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム>(いつか王子様が)を何人の聴衆が知り得たと思っているのだろう。理解するいろいろな糸口をあげるトークが聴衆と心を通わせることになる。

Live Evil #009
ミャンマー(ビルマ)の伝統音楽の魅力〜サインワイン・アンサンブル:演奏と歌とダンスの織りなす世界
2014.11.19@四谷・上智大学図書館
text & photo: 稲岡邦弥 Kenny Inaoka

講師&歌:高橋ゆり(シドニー大学)
踊り:熊谷幸子/タンゾウ

※ 画像をクリックすると、拡大画像にリンクされます。

冒頭、上智大学アジア文化研究所の所長が高橋ゆりさんは3つの顔をお持ちであると紹介された。ミャンマーの伝統音楽の研究家、ミャンマー伝統音楽の歌手、それにシドニー大学で日本語を教える教師。ミャンマーの伝統音楽に関わってすでに20年以上が経つそうだが、日本語教師歴はさらに長く、ビルマ人(当時)のグループに日本語を教える過程からビルマの伝統文化に興味を持ち出したと告白された。
前半はビデオを交えながらのミャンマーの伝統音楽の流れとサインワイン・アンサンブルについて。ちなみにこのビデオそのものも高橋さんが師のイェーナインリンと自主共同制作したものでビルマの伝統音楽を理解するためには絶好の資料と思われる(2年ほど前に高橋さん自身にJazzTokyoで紹介していただいた;http://www.jazztokyo.com/five/five958.html)。講義の詳細をお伝えすることは専門外の私には手に余るので、JTの読者にも興味があると思われる部分をかいつまんで書き記したい。バリのケチャなどで知られるインドネシアの音楽ではゴングが中心だが、ミャンマーは太鼓が中心であること。サインワインはその象徴的存在で、粘土で調音された21個の大小の太鼓を環状に吊るした中に奏者が入って演奏する非常に高度な技術と音楽性を要求される伝統楽器で、サインワインをマスターした奏者が楽団のリーダーとなる。伝統音楽の伝承と伝播のためにセインボウティン師が20世紀後半に西洋音楽の旋法を取り入れたが賛否相半ばしたこと。現代の若者はMポップ(Bポップ)に熱を上げ、伝統音楽は敬遠。演奏される場はパゴダ(ミャンマーの仏塔)の祭りなど仏教関係のイベントに限られていること、など。
高橋さんは歌手としては当夜が日本デビューとのことだが、素晴らしい熱唱だった。ダンサーは変われど高橋さんはほとんど1時間歌い放し、しかもすべて暗譜である(口承芸能なので譜面はないのかも知れないが)。内容は仏教の教えからいわゆる世話物まで。世話物はおそらく新作だろう。ミャンマー語はまったくわからないが、彼女のミャンマー文化にかける想いの結晶のようなステージに胸を熱くした。当夜の参会者は100人近く。ミャンマー文化、とくに伝統音楽に多くの人たちが関心と興味を抱いている事実にも驚いた次第。
ところで、当夜の参会者のほとんどは知らない彼女の第4の顔がある。彼女はECMファンにはおなじみのピアニスト、マイク・ノックのパートナーなのだ。
マイクはニュージランドの出身、アメリカで活躍したのちオーストラリアに渡り、現在はシドニーを拠点にオージー・ジャズ(オーストラリアのジャズ)の発展に寄与している。毎年のように現地ミュージシャンと共演した素晴らしい新作を発表しており、東京ジャズで披露しているほか、当誌でも紹介させていただいている。マイクの活躍も高橋さんのサポートあってこそと思われるが、高橋さん自身にも2年ほど前、当地のワンガラッタ・ジャズ・フェスの詳細なレポートを寄稿いただいたことがある(http://www.jazztokyo.com/live_report/report483.html)。
高橋ゆりさんは間違いなく日本女性の鏡のような存在である。

稲岡邦弥 Kenny Inaoka
兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集顧問。
https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.