#3.デヴィッド・マレイ・ビッグ・バンド、フィーチュアリング・ジェームス・ニュートン、 プレイズ“ジ・オブスキュア・ワークス・オブ・デューク・エリントン”
@ベルリン・ジャズ祭1998
David Murray Big Band, feat. James Newton plays "The Obscure Works of Duke Ellington & Billy Strayhorn" @JazzFest Berlin 1998

 『ラッシュ・ライフ』というビリー・ストレイホーンの伝記が出版されたことを聞いたのは、たぶんデヴィッド・マレイからだったと思う。デューク・エリントンの懐刀としてエリントン・オーケストラの作編曲者だったストレイホーン、その並はずれた作曲の才能は天才という言葉がふさわしい音楽家だったにもかかわらず、ホモセクシュアルであったためにエリントンというアイコンの影であり続けなければならなかったその生涯が書かれていた。エリントン名義の作品ということで、ストレイホーンの名前はクレジットされていないものでも実際にはストレイホーンとの共作が多かったという推察は以前からあったのだが、二人の関係がつまびらかになったこともあって、1996年に出版された時はアメリカのジャズ界では大きな話題になったのである。果たしてストレイホーンなしで、40年代以降のエリントン・オーケストラの栄光はあったのか。エリントンはジャズ界の巨星となり得たのか。そんな疑問が湧く。ビッグ・バンドにとって作品は重要であるが、同時にバンドを指揮し、リーダーとして采配、維持・運営していかなければならない。それもまたストレイホーンという影武者がいたからこそ可能だったのではないのか。エリントンの偉大さは揺らぐことはないだろう。だが、マレイもまたその本を読んで思うところがあったようだ。
 それから少し後、ベルリン・ジャズ祭のプログラムに「デヴィッド・マレイ・ビッグ・バンド、フィーチュアリング・ジェームス・ニュートン、プレイズ“ジ・オブスキュア・ワークス・オブ・デューク・エリントン”」という長い名前のプロジェクトを見つけた。その時、私は『ラッシュ・ライフ』という本のことを思い出したのだ。単に「プレイズ・エリントン」でなく、なぜそのような長いプロジェクト名にしたのか、マレイの意図することがなんとなく伝わってきたのである
 サックス・バスクラリネット奏者としてデヴィッド・マレイはよく知られているが、作編曲者としての側面にはあまりスポットが当てられていないように思う。彼がエリントンの音楽から少なからぬ影響を受けていることも。ワールド・サクソフォン・カルテットでは80年代に『プレイズ・エリントン』(Nonesuch)を出している。

 

単にエリントン作品を取り上げるということだけではなく、オクテットやビッグ・バンドのための作編曲においてもエリントンの用いた手法から多くのものを学んだという。 マレイと同じ西海岸出身で、現在ではコンポーザーとしても活躍するフルート奏者のジェームス・ニュートンもまたエリントン・ミュージックから多くを得た者のひとりである。有名なエリントン・ナンバーだけではなく、それ以外のあまり知られていないエリントン作品にも興味を持っていた二人は、エリントンの直筆譜面が保管されているワシントンのスミソニアン・インスティテュートに通っている。そこには明らかに二人の人間によって書かれたことが明確な楽譜があり、それが他では類を見ないような共同作業で作品が作られていく様子が窺(うかが)えるものだったのだという。
 ベルリン・ジャズ祭では、ストレイホーンの作品<チェルシー・ブリッジ>、<ブラッド・カウント>、また類いまれな共同作業から生まれた<サッチ・スウィート・サンダー>などが演奏された。プロジェクト名には「Obscure=無名の」とあるが、実際にはファンには十分知られた曲である。このプロジェクト名が意味しているのは、「エリントンとストレイホーンの知られざる共同作業」ということだと私は受け取っている。そしてまた、「フィーチュアリング・ジェームズ・ニュートン」というのは、彼をソリストとしてフィーチュアしたのではなく、作品によってはニュートンが指揮していたように、このプロジェクト自体ニュートンとの共同作業的な意味合いを持ったものだったからだろう。また、カウント・ベイシー・オーケストラにも在籍していたカーメン・ブラッドフォードのヴォーカルが華を添えていた。
 このプロジェクトはベルリン・ジャズ祭の前後、ヨーロッパで数回公演が行われたのみなのが残念である。さらなる探究を期待したいところなのだが。

註: Hajdu, David. Lush Life: A Biography of Billy Strayhorn. New York: North Point Press, 1996

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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