Vol.49 | サラ・ヴォーン@米軍横田キャンプ 1969
text by Seiichi SUGITA

来日アーティストのライヴというと、ぼくたちはふつう、○○ホールやジャズ・クラブで楽しむのだけれども、実は他でも出会うチャンスはあるのです。たとえば、六本木のナイト・クラブとか、赤坂のキャバレーとか、はたまた米軍キャンプだとかでね。
 サラ・ヴォーンが初めて日本にやって来たのは1969年9月である。ぼくは、『アサヒグラフ』の仕事で、サラのほとんどの日程に同行する機会を得る。
 一般公演と、とりわけキャンプでの演奏とは、あまりに深い落差がある。サラのその日の調子というか満足度は、楽屋へ戻ってきたときに明確に分かる。良いときは、勢い良く楽屋のドアを開け放ち、「サラ・ヴォ?ン!」と大声を張り上げ、胸を張る。逆に悪いときは、静かに戻って、つぶやくように「サラ・ヴォーン」と小声で、浅い吐息すらもらす。きっと、自分で自らを勇気づけているに違いない。いつも自分を他者として認識しているということかしら。決して体調は良好ではないのだろう。いつも重そうに足をひきづって歩く。
 調子の良いときのサラは、決まってスキャットをやる。スキャットはいつだって聴き手との断絶を踏み越える方法である。聴き手はたちまちのうちにサラとの狂おしい空間を共有する。スキャットは楽器の出す音と同化し、言葉を放棄することで、自分自身を楽器化する。肉体そのものが楽器であり、音であり、歌である。
 肉声で創出、否、肉体で自己表出する空間を共有することは、まぎれのないエロチシズム以外の何ものでもない。  こうしてピッタリとサラを追いかけていると、意外な局面に出っくわすことがある。立川の軍属クラブではどういうわけか、何と理髪店が楽屋となる。サラのハサミさばきはプロ顔負け。同行マネージャーの髪を今っぽく見事にキメてしまう。サラは資格をしっかり取得しているそう。
 横田の将校クラブでは、ステージ上にボーイを呼んでウィスキーをつがせ、キラキラのハイヒールを脱ぎ、素足で唄う。そのアドリブがまたゴキゲンなのです。ほとんどが品のいいカップルで、少しはリラックスしなさいよっていうわけ。

 

「私のお家にいらっしゃいよ。あっ、ごめんなさい。私は明日、オキナワに行かなきゃいけないんだった」
 いま、泥沼、出口なしのベトナム戦争のまっただ中、多くの兵士がオキナワ経由で戦場へと送られていく。サラの説得力はときにストレートである。「ヤンキー、ゴー、ホーム! はやくアメリカのお宅へ帰りましょうよ」
 白いテーブル・クロスの席に上品に座っている面々は、シーンと水を打ったように静まりかえっている。誰ひとりとして苦笑すらもらさない。それでもサラは、メッセージを送り続ける。
 横田の下士官クラブでは、様相が一変する。深夜12時過ぎまで、熱く狂おしいまでのコール&レスポンスが続く。まるでシカゴ・サウスサイドのチャーチ・ミュージック&ソングのよう。「サラ、スピリチュアルをやってよ!」「サラ、スキャットでキメなよ!!」
 そこにいるのは、アメリカ合衆国の兵隊ではなく、アフロ・アメリカン=黒人そのものである。
 立川の将校クラブでは、とうとうサラの黒い情念が一気に噴出する。それも高度にソフィスティケイトされて、だ。感情移入は、かくもクールでありたいもの。
 クラブ側は、ステージ進行中はオーダーをとらないほど、ピリピリしている。と、一瞬、予感のようにきびしい静寂がクラブを支配する。サラはいきなりマイクをかなぐり捨てるや、いまいましそうに踏みつける。
 「マイ・ファニー・バレンタイン」続いて「テンダリー」
 サラは見事に、肉声、それも生の、で、断絶を踏み越えてしまう。現場を知らなきゃジャズを語れないとは、けだし名言ではある。
 楽屋のドアをおもいっきりけとばして入ってきたサラは、胸を張り、ほこらしげにピース・マークでおどけてみせる。
 「U.S.ネイビー!」

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

6/05 Sat 望月孝(perc,g,vo) 林あけみ(p) 金光進(reeds)
6/10 Thu 佐藤綾音(as) 楠木真紀子(p) 小林航太郎(b)
6/11 Fri 中牟礼貞則(g) 秋山一将(g)
6/12 Sat 平山順子(as) 佐藤えりか(b)
6/13 Sun レゲエ・ナイト by Pakaroro
6/16 Wed 望月孝(perc,g,vo) 秋山一将(g,vo) 江口弘史(p)
6/17 Thu 佐藤綾音(as) 楠木真紀子(p) 小林航太郎(b)
6/18 Fri 小島伸子(vo) 今村信一郎(p)
6/19 Sat 名取俊彦(p) いのくちゆきみ(vo)
6/20 Sun JUNマシオ(MC,vo,perc) 吉野さゆり(vo) 熊さん(p)
6/26 Sat 佐藤綾音(as) 楠木真紀子(p) 小林航太郎(b)
6/27 Sun ジャム・セッション 名取俊彦(p) 程島日奈子(b)
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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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