#4.ビル・ディクソン@ベルリン・ジャズ祭1994
   Bill Dixon@JazzFest Berlin 1994

 1994年のベルリン・ジャズ祭の最終日、私は早めに会場へ出かけていった。
 既にトニー・オクスレー・セレブレーション・オーケストラのサウンドチェックは始まっていた。ミュージシャンとスタッフ、関係者だけではなく、カメラマンも既に十数人来ていたように思う。サウンドチェック時間はフォト・セッション・タイムでもあるからだ。私がホールに入っていった時、客席で知り合いのドイツ人評論家と話をしている年配の黒人ミュージシャンがいた。穏やかではあるがただものではないオーラを漂わせている小柄な男がビル・ディクソンであることに気がついたのは、彼がおもむろに席を立ち、トランペットを手にステージに上がってきた時である。それまでは60年代録音のレコード・ジャケットの写真しか見たことがなかったので、すぐにはわからなかったのだ。
 「ジャズの十月革命」の首謀者、あるいはジャズ・コンポーザーズ・ギルド結成の立役者のひとりとしてその名前はあまりに有名なビル・ディクソンだが、録音は驚くほど少なく、大学で教職に就いていたためか活動状況もほとんど伝わってくることもなかったので、私の中では伝説上の人物となっていた。だから、まさかステージを観る機会が訪れようとは思わなかったのである。しかも、トニー・オクスレー・セレブレーション・オーケストラのゲストとして。彼らの繋がりも不思議だったが、実はそこには必然性があったのである。
 オクスレーとゲストのディクソンを繋いだのは、セシル・テイラーだ。私が聴いた数少ないディクソンの初期のレコーディングのひとつがセシル・テイラーの『コンキスタドール』(Blue Note)であったようにディクソンとテイラーはフリージャズ草創期からの盟友である。1988年からオクスレーと度々共演してきたテイラーが、ディクソンに彼を紹介したのは当然の成り行きだっただろう。それが1993年録音の『Vade Mecum』(Soul Note)での共演に繋がっていくのだ。奇しくも両者とも画家としての制作活動もしており、それぞれのアルバム・ジャケットでその作品が使われている。
 ヨーロッパでも屈指のドラマーであるオクスレーは、1981年からドイツに住み、1984年に放送局WDRのバックアップも得てセレブレーション・オーケストラを結成し、そのオーケストラでの活動も継続させてきた。1994年は10周年にあたるので、ビル・ディクソンを迎えてベルリン・ジャズ祭に出演が決まったのだろう。このオーケストラの最初の公演もベルリン・ジャズ祭だったのである。

 

 セレブレーション・オーケストラのメンバーには英独のひとかどのミュージシャンが集められていた。フィル・ヴァックスマン(vln, electronics)、E.L.ペトロフスキー(sax)、フランク・グラトコウスキィ(sax)、ヨハネス・バウアー(tb)、フィル・ミントン(voice)、パット・トーマス(p, electronics)、トニー・レヴィン(ds,per)など。4名のドラマー、弦楽器奏者(ヴァイオリン、チェロ)も計4名、エレクトロニクスを扱うマット・ワンドなどもいる極めてユニークな人選である。セクション毎に編成を変え、ソロ・インプロヴィゼーションから集団即興演奏まで、静謐なパートから混沌とした表現まで、キネティック・アートのように構築されるサウンドは、ラージ・アンサンブルのあり方に一石を投じるものだった。また、当時69歳だったディクソンのラジカルなアプローチ、トランペットではそれまで聴いたことのないような音を発するなどその多彩な楽器表現にそれまで古い録音しか知らなかった私は驚きさえ覚えたのである。
 ディクソンを観る機会は5年後に再び訪れた。1999年のベルリン・ジャズ祭である。ベルリンの壁崩壊から10周年を記念した最終日のプログラムだけは、1994年から会場となっている世界文化会館ではなく、FMP主催のトータル・ミュージック・ミーティングが会場としている旧東側のポーデヴィルで行われた。この時はディクソン自身のプロジェクトでの出演。低めの音程でテクスチュアを変化させながらロングトーンを駆使し、トニー・オクスレーや二人のベーシスト、マチアス・バウアーとクラウス・コッホの繰り出すサウンドにぶつかったり、絡み合ったり、それらの上に乗ってソノリティを微細に変化させる様はパワーで押すような即興演奏にはない流動性があり、ある種の心地よさがあった。「音響派」というキャッチーな括りで流通したトレンド、それを特徴づけるところの「音響性」もまた老獪な音楽家は一歩先んじて既に取り込んでいたのである。74歳にして、その音楽は時代の流れに沿って変化している。やはりただものではない。そう思って帰国したことを覚えている。
 それからさらに10年余、ディクソンは生涯音楽家として現役のまま一生を全うしたように思う。訃報を目にした時にひとつの時代が遠くなったように感じたが、それは「ジャズの十月革命」の首謀者という印象があまりにも強かったからだろう。だが、ディクソン自身は決して過去の人ではなく、「今」を生きていた音楽家だったのである。その一端に触れる機会があったことを嬉しく思う。
編集部註:ビル・ディクソン氏は、去る6月15日、睡眠中に
 84歳の生涯を閉じた。今年5月、カナダのInternational Festival Musique Actuelle Victoriaへの出演が最後のステージだったと報じられている。
http://www.fimav.qc.ca/en/

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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