ただただ痛快そのもの、狂気の一歩手前と云いたくなるほどその瞬発力は時を忘れさせてくれる。しかし、その内奥には優しい呼びかけ、訴えがある。轟音の内に潜むセンシティブな問いかけが聴き手を惹きつけてやまないのである。
ほぼ毎年のように来日して日本のミュージシャンとの交流を深めているブロッツマンだが私の記憶の中では2003年の4月、法政大学学生会館大講堂で聴いた一噌幸弘(能管)とのセットが最も鮮烈である。大胆な野太い音で延々フリー・ブローするブロッツマンに一噌の能管がしつこく纏わりつきフェイントをかける。いつの間にかソロは一噌に入れ替わる。空気を切り裂くような鋭い能管に今度はブロッツマンが絡む。洗練された音と音とのぶつかり合い、音そのものの存在感に圧倒されるのである。凝縮した音の塊が延々と続く。ステージ上の二人も懸命だが、聴き手の側も緊張を強いられる。あくまでも豪放なブロッツマンのリードと明澄な響きの一噌の能管とのコントラストが両方の存在を一層際立たせていたのである。羽野昌二(ds)、八木美知依(筝)が一緒のコンサートであった。休憩時間になぜかリシャール・ガリアーノが流れ、炎の熱気を冷ましてくれたのを憶えている。この3ヵ月後にブロッツマンと一噌は再びピットインで競演しアルバム『Vier Tiere』(clockwise)を残している。このあとしばらくして法政大の講堂は火事に見舞われ、こうしたインプロヴィゼーションのコンサートは開かれなくなってしまった。
ペーター・ブロッツマンは1941年3月6日ドイツの生まれ、いまやフリー・ミュージック界の重鎮である。始め美術の道に進むべく美術学校で絵画やグラフィック・デザインを勉強していたが、そこでミュージシャンと知り合い、クラリネットを手始めにサックスを独学でマスターし音楽の世界に足を踏み入れる。はじめて耳にしたジャズがシドニー・ベシエであったとも聞いている。ブロッツマンの芯のある音を聴くとなるほどと納得がいく。ブロッツマンは多くのミュージシャンがそうであるように、始めはバップから入り、ヨーロッパを訪れたドン・チェリー、スティーブ・レイシーなどとも演奏体験をもっている。さらにブロッツマンはミュージシャンとしての活動と並行してコンサートのポスターやFMPのジャケットの
デザインを手がけるなどグラフィック・アートの世界でも多くの作品を残しており、今年の春にはメルボルンで「GRAPHIC WORK 1968〜2010」という美術展を開いているほどである。こうしたブロッツマンの芸術全般にわたっての開かれた関心、熱意がステージにそのままインプロヴィゼーションとなって湧き出るのであろう。
ペーター・コヴァルト(b)と出会った1963年頃からフリー・インプロヴィゼーションに傾注、以来ソロから大編成のシカゴテンテットまで沢山のプロジェクトを並行して組織している。その創作意欲は驚くほどに旺盛で、しかもどのプロジェクトも長期にわたって継続している点はその場限りの衝動ではなくよく練られた計画の上に成り立っているのであろう。近藤等則も1982年の『ヤーパン、ヤーポン』(IMA)以来長きにわたって共演しており、今夏はモルデ・ジャズ・フェステイヴァルで「Hairy Bones」の一員として共演するという。ハン・ベニンク(ds)とのデュオも数十年続いているし、交友関係をとても大切にする人のようである。今年のメールスでは1977年以来続いているグループ「シカゴテンテット」を率いて出演していたという。このようにブロッツマンはフリー系のミュージシャンのなかでは群を抜いた多作家であり、ディスコグラフィーにはなんと200枚を超えるアルバムが載っている。ブロッツマンの数多い作品群のなかでも、とくに家で一人で聴くときはソロがいい。アルバム『14 LOVE POEMS』(FMP-1060 )はサックス、クラリネット、タルガトなど7種類のリード楽器を操ってのソロ・アルバムで、ブロッツマンの絵心が素直に音に昇華されて描かれている親近感のもてる作品で、ブロッツマンが来日するというニュースを聞く度に聴きなおしているアルバムである。とりわけ一曲目のオーネット・コールマンの<ロンリー・ウーマン>は何度聴いても新しい発見がありブロッツマンの表現の深さを再認識してしまう。
ブロッツマンはこの7月にひょっこりと来日し、何軒かのライブハウスに顔を見せた。プライヴェートの来日とかで本田珠也や八木美知依等と都内のセッションに顔を出しては元気な姿を見せてくれた。今年の3月で69歳になったブロッツマンだがその旺盛な表現意欲はいっこうに衰えることを知らない。
望月由美:FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。 フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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