オスロで過ごす二度目の秋がやってきた。木々の葉は、赤、橙、黄色と様々に色づき、日々絶えることなく、表情を変えて行く。落ちた葉でいっぱいになった道を歩いていると、冬がすぐそこまで近づいていることを感じさせる。つんと澄み切った冷たい空気が、歩く速度を速くさせる。
9月6日から15日までの10日間、'Ultima Oslo Contemporary Music Festival' (http://ultima.no/)という現代音楽祭がオスロで開かれた。このフェスティバルは政府の支援のもと、スカンディナヴィア半島の最も大きな現代音楽祭として1991年以来、毎年オスロで開催されている。音楽家の育成を促進し、誰もが気軽に楽しめる高い芸術水準の音楽文化を作ることを目指して行われている。今年は、オペラハウスや、コンサートホール、教会、美術館、学校、図書館、クラブなど、23カ所の会場で56ものイベントが行われた。クラシックやジャズ、ロックなど、様々なジャンルの融合がみられ、音楽のみに限らず、照明や映像、ダンス、絵画などとのコラボレーションも多い。
現代音楽は、どちらかというと万人受けしやすい音楽ではないのかもしれないが、このフェスティバルの凄いところは、どの会場に行っても人が沢山いるということだ。子供からお年寄りまで、幅広い年齢層の人々で賑わう。
私がこのフェスティバルを知ったのは、オスロに来て間もなかった去年の9月、学校のクラスの一環として、John Cageの‘Radio Music’と‘Living Room Music’という作品をアートスクールで演ったのがきっかけだ。これらの作品は一般的な楽器を演奏するのではなく、ラジオやリビングに在る物を使って音を出したり、ただリヴィングで過ごすということを観客を前に演じるといったもの。学生達があまりにも自然だったのが、とても印象的だった。楽器を持たずに作品に参加することで、表現するということについて考える大事なきっかけとなった。
今年のフェスティバルでは、6つの会場に足を運んだ。それぞれ、しっかりしたコンセプトがあり、空間全体を巻き込んだ世界観を表現していたのが印象的であった。
教会で行われた、Trondheim Jazz OrchestraとギターのKim Myhrによる'In ths end his voice will be the sound of paper'とタイトルがつけられたコンサートは、教会の響きを生かしたサウンドで、コンサート全体で一つの世界観が創られていた。時折違う世界に連れて行かれたり、突然元の場所に戻されたり、まるで旅をしているかのような感覚になるコンサートだった。
また、コンサートホールで行われたオスロ交響楽団によって演奏されたRolf Wallin作曲の'Manywolrds'という作品では、観客全員に3Dメガネが配られた。ステージに掛けられたスクリーンに映されるBoya Bockmanによる3Dアートの作品と同時にオーケストラが演奏をするというコンサートであった。音と映像が互いに効果を生み出し、こちらも旅をしているかのような感覚になるコンサートだった。
これらの音楽は、日常から切り離された空間にいる感覚を生み出しているように感じるのだが、同時に、大自然や宇宙など、人類の根底にあるごく自然なものに触れている感覚をも生み出している。
以前、学校のクラスで「コンテンポラリー・ミュージックとは何か」について話し合われたことがあるのだが、その時、ある先生が言った言葉を思い出した。彼の言葉は、「その土地の民族音楽を、今生きる人が演奏するということ。それこそがコンテンポラリー・ミュージックではないか」というものだった。
現代音楽と呼ばれるものには、不協和音と呼ばれる和声がよく使われているが、暮らしの中で聴こえる音たちに耳を澄ませると、世界は不協和音で成り立っているように感じる。その不協和音こそが、協和しているかのようにも感じるのだが、現代音楽のコンサートは、日常、人があまり耳を澄まさないものに触れる機会を与えてくれる存在なのではないだろうか。音楽が様々なものから切り離されたものではなく、ごく身近な土地や民族、日常と結びついた存在であると感じるフェスティバルであった。
ノルウェーの音楽シーンに触れていると、表現することの自由と、表現に対する国や国民による受け入れの広さを感じる。新しいものに対してオープンで、精一杯、何かを表現しようとする人を目の前にした時、心を大きく開いて、まずそれを受け入れようとする姿勢が感じ取られる。学ぶ過程にある音楽家が、良い、悪いといった言葉でジャッジされることがあまりなく、温かい拍手で受け入れられる。そのおかげで、音楽家はあまり臆する事なく、より自由な表現ができる。そのため、個性豊かな音楽家が多い。それはノルウェーの音楽シーンの大きな魅力の一つではないだろうか。私の友人や先生にものびのびと自身を表現しようとする姿勢を持つ人が多い。ただ、上手に見せようとしたり、誰かの真似事をしたりするのではなく、たとえそれが拙くても、自分の言葉で表現しようとする人が沢山いる。自分の言葉で何かを表現することは時に、すごく勇気のいることでもあるけれど、彼らが私を勇気づける。
秋のオスロでは、現代音楽祭の他にも文化的なイベントが多数あり、オスロ全体の美術館などの文化的な場所を無料で解放する 'オスロ・カルチャー・ナイト' や、文学のフェスティバル、映画祭などがある。文化が根付いた街と言えるだろう。子供の頃から様々な芸術、文化に気軽に触れることができ、それらと隣り合わせで暮らすことができるのは、心豊かな人を国全体で育てるということができ、それが永遠に続いていくということであり、素晴らしいことである。
今朝、買い物に行こうと道を歩いていると、マンションの下の池で、20代くらいと思われる男女6人が、何か身体表現のパフォーマンスをしていた。公園では誰かが歌っていた。時折、誰かが立ち止まったり、耳を澄ませたりしていた。
田中鮎美:
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。
その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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