Vol.35 | 新・食べある記text by Masahiko YUH

 今日ではジャズのピアニストがコンサート・ピアニストとしてクラシックの演奏会に現れても、一昔前のように騒がれたりする話は余り聞かないし、実際に話題にもならなくなった。ガーシュウィンのコンサート・ピースを演奏する場合でも、耳目を引くように独自にカデンツァをもうけたりするなど何か一工夫を凝らす例が少なくない。ところが、かつてフリードリッヒ・グルダが健在だった生前、彼がチック・コリアとモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲を演奏してみせたときの、ふだんベートーヴェンやモーツァルトを寡黙に演奏するリサイタル・ピアニストとは違う、聴衆に笑みを取り戻させるような文字通り音楽を楽しむことが臆せずできる演奏家は、滅多に見かけなくなった。トルコのピアニスト、ファジル・サイへの期待の大きさもそれと無関係ではないが、音楽を飄々と楽しんだグルダの境地にはまだまだ及ばない。だが、グルダとはまた違った態度や方途で音楽を活きいきと楽しんでいるピアニストが、わが国にいる。小曽根真だ。過日、そんな彼の真面目を目の当たりにする演奏を体験した。久方ぶりの食べある記。今回はそのコンサートの報告から始めたい。

 オーケストラ・アンサンブル金沢の3月度定期公演(23日、サントリーホール)。当夜はゲスト・ソロイストが2人。1人がむろん小曽根で、もう1人はスペインの若きトランペット奏者ルベン・シメオ。小曽根が演奏したのはショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番。この曲は「ピアノ、トランペットと弦楽のための協奏曲」という別称をもつ。古典的な様式性と簡潔な表現にはストラヴィンスキーの新古典主義に呼応するかのような思いが顔をのぞかせる。がその反面、響き全体を鼓舞する作曲者ならではのユーモアや諧謔精神がシンプルで躍動性に富むスピード感や意表を突く動きの端々に勇躍する。小曽根は後者、すなわち音のユーモラスでスピーディーな動きを、アクセントを存分に躍動させるように、また即興的な運動性を強調する演奏で、実に新鮮にして痛快なショスタコーヴィチを聴く者に強く印象づける演奏を披露した。CDを含めて幾度も聴いたこのコンチェルトの中でも出色の演奏と聴いたが、何よりもライヴ演奏でこんなにも楽しいショスタコーヴィチは初めての体験だった。彼がシメオを鼓舞するように見えたのも、それだけステージ上の彼の立居振る舞いが溌剌としていたからだろう。恐らくこうした演奏に対してはクラシックにふさわしくないエンタテインメントだとして無視、あるいは批判する向きもあるかもしれないが、私はそんな堅苦しい慇懃な聴き方だけはしたくない。井上道義は以前から小曽根真を高く買っていて、バーンスタインの「不安の時代」をはじめ両者の数回にわたる共演はどれも聴いていて気持のいいものだった。
写真:アンサンブル金沢提供

 それにしても、カテゴリーをかくも自由自在に横断するだけでなく、能力の限りを発揮して余りある小曽根真の活動ぶりには感心させられる一方で、才能の浪費ではないかと不安を覚えなくもない。日本劇作家協会主宰の「井上ひさしを語り継ぐ」(5月23日)催しで、井上芳雄と神野三鈴が小曽根真のピアノで故人を偲び3曲を唄った、というニュースを見ながらふと脳裏をかすめる。老婆心で彼に助言したりするつもりはさらさらないけれど。

 グルダに戻る。愉快な聴きものだったのが、最後に演奏された「チェロと管楽オーケストラのための協奏曲」。ハインリッヒ・シフの委嘱で作曲された5楽章からなるこの風変わりなコンチェルトは、まるで辻音楽士が多数集まってブラスや打楽器の猥雑なアンサンブルや道化のお芝居を打ち興じるといった、いかにも底抜けの楽しさを音楽に見出しては高貴な美も猥雑な庶民性もみずからの美学の中で違和感なく混在させるグルダの真骨頂が躍如。私には汎ヨーロッパ的なジプシー音楽にも聴こえた。独奏チェロがドラムス、ベース、エレキギターをバックにロックギターまがいのプレイを見せたり、かと思うと典雅なワルツや宮廷の舞踏会を再現したり、管楽器群にジャズのビッグバンドに見立てた演奏をさせ、ロックビートをも大胆に介在させるなど、すべてに型破り。こんな音楽家はもう現れないだろうと思うと俄然口惜しくなる。主席チェロ奏者ルトヴィート・カンタが熱演。小曽根真の起用にしても、このグルダ作品のプログラム化にしても、岩城宏之の跡を継いだ井上道義ならではの音楽愛発露といっていいだろうし、前半のヘンデルほかのバロックものも含めてオケ・アンサンブル金沢の新境地を聴く思いで楽しんだ。


 今回は3ヶ月余(3月末〜6月)のライヴの食べある記。アンサンブル金沢と双璧だったのは、新日本フィルハーモニー交響楽団の6月定期(25日、すみだトリフォニーホール)。プログラムが絶妙だった。近代屈指のオーケストレーションの名手、エルガーとレスピーギが編曲したバッハのオルガン曲。レスピーギと言えばローマ3部作だが、後半の最後がその1つ「ローマの祭り」。これに対置させた前半のもう1曲がハチャトゥリヤンの「交響曲第3番ハ長調 "交響詩曲" 」。15本のトランペットをフィーチュアした、ファンファーレ交響曲と呼びたいほどのファンファーレが嵐のように飛び出す祝典曲(ロシア10月革命30周年)。トロンボーンやチューバと一体になったブラス・サウンドの迫力は聴き物だが、内容的には第2交響曲の足もとにも及ぶまい。トランペットを会場の四辺に配置し、オルガンを含む大音響を巧みにリードした下野竜也の演出力豊かな指揮で「ローマの祭り」のダイナミックな演奏とともに聴衆の拍手喝采を誘ったが、私にはむしろ2つのバッハの方がはるかに感銘深かった。エルガーの編曲は「幻想曲とフーガハ短調」で、一方レスピーギの方は「パッサカリアハ短調」。ブラームスからリヒヤルト・シュトラウスの系譜に立つエルガーの重厚にして哲学的なオーケストレーションに対して、リムスキー・コルサコフ譲りのレスピーギの華麗なオーケストレーションというこのドラマティックな対比。後期ロマン派らしい重厚な物語を思索的に展開したエルガーの壮大なバッハが、レスピーギのバッハでは管弦楽法の粋を凝らした、色とりどりの花園を思わせる絢爛豪華な響きとなって眼前をおおう。バッハはあるがままのバッハでいいと思う一方で、当夜の贅沢を私は素直に満喫した。4つの作品が不思議に繋がって感銘を呼んだプログラムの勝利といってもいいのではないか。

 オーケストラついでにユニークなコンサートを2つ。<新・音楽の未来遺産>を表看板にした東京フィルハーモニー交響楽団の「Rock & Bugaku」(3月14日、オペラシティ・コンサートホール)と、新日本フィルハーモニー交響楽団の<大ホールから宇宙へ>(4月18日、サントリーホール)。

 前者のテーマはリミックス。既存の曲を新しい手法で再生させること。作曲家の吉松隆が監修者となり、ロック世代の作曲家である自らの「アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番」や、プログレのエマーソン・レイク&パーマーが71年に発表した第2作のタイトル曲、キース・エマーソン作「タルカス」のオーケストラ作品化などに、故・黛敏郎のバレェ音楽「BUGAKU」を組み合わせたプログラム。いかにもジャズやロックに青春の情熱を注いだ吉松らしいビート感覚が横溢するフレッシュなコンサートだった。個人的に最も興味を惹いたのは、ドヴォルザークの有名な弦楽四重奏曲「アメリカ」をピアノ(中野翔太)とオケのために吉松がリミックスした再構成の第2楽章。終わり近くで黒人霊歌風の主題旋律をトランペットにミュート演奏させたところ。瞬間的にこの楽章をマイルス・デイヴィス風のミュート演奏で聴いてみたくなった。吉松さん、この「アメリカ」をジャズのビッグバンド演奏のためにリミックスしても面白いんじゃない?

 新日本フィルのコンサートは富田勳スペシャル。70年代半ば、シンセサイザーでクラシックの名曲を再生させた富田勳はこの分野の偉大なパイオニアだった。ヒットしたホルストの「惑星」に始まり、シンセとオケの共演による「展覧会の絵」を経て、テレビや映画の音楽にいたる富田ワールドは、アニメの先駆「ジャングル大帝」を改訂した交響詩「白いライオンの物語」で成功裏に締めくくられた。クラシックの多くの団体が新しい聴衆の獲得に向け、知恵をしぼってさまざまな企画を試みている中での注目すべき数例と受け取ってもらっていい。ちなみに、この両コンサートとも、指揮をつとめたのは今年48歳の藤岡幸夫。慶応大学から英王立ノーザン音楽大学に進んだ異色の指揮者として、特にクラシックにとらわれない自由なカテゴリー観を持つ藤岡や佐渡裕のような指揮者には、井上道義らを超えて活躍することを期待してやまない。

 上記の音楽家や作品とは対照的な音世界がある。そんな分かり切ったことでも、いざ自分がその場に居合わせると、その意外な面白さ、孤高性にあらためて心打たれることがある。これもまた聴き手冥利のひとときかもしれない。高橋悠治のピアノ演奏会(4月2日、トッパンホール)がそうだった。演奏会をあえて「優しき歌」と銘打ったのは、最後に波多野睦美(メゾソプラノ)を迎えて披露した柴田南雄の歌曲の題名を単に援用しただけのことではないはずだ。ドイツ初期バロック時代の鍵盤楽器の名手の聞こえ高いフローベルガーが、パトロンだった王の死を悼んで作曲した哀歌に始まり、彼が急死した親友のリュート奏者に捧げた鎮魂歌、高橋の師でもあった柴田南雄の「ピアノのためのインプロヴィゼーション第2」など3曲、ほかにオランダの初期バロック期のスウェーリンクの小品やシュニトケの第3ソナタというユニークなプログラム。シュニトケ以外は初めて聴くものばかり。
写真:トッパンホール提供

 高橋の演奏や音楽にはいつも靄がかかっている。凝視しているとその靄の向こうに、少しづつ視界に入ってくるものが見えてくる。それは死の影だったり、詩人の独白だったり、ときには肉体が衰えゆく一方で表現だけは研ぎ澄まされていくアーティストの執念に触れるような瞬間だったり。切迫感というよりは、日常との境目がおぼろになった幻想の世界の浮遊感。オープニングのフローベルガーの「哀歌」や親友のリュート奏者に捧げた「鎮魂歌」などの高橋の演奏からは、あたかも幽冥界と日常のはざまに生きる病的なアーティストの日記の書き付けや吐露が耳目に入ってきたような切実感を肌身に感じないではいられなかった。柴田南雄の作品1の「変奏曲」、戦中から戦後にかけての「優しき歌」、最盛期の「インプロヴィゼーション」にも、シュニトケの「ソナタ」にも、研ぎ澄まされた鋭敏な表現と感じさせながらも,むしろ反動的に、たとえば権力の犠牲になって死んだアーティストたちの影を感じさせる彼の演奏表現は,そうした形を通して自己を解放させようとするピアノ弾きの詩人の”生”の感覚なのだろう。

 余白が尽きてきた。レーピンと竹田恵子にもほんの少し触れておきたい。
 神童と騒がれたロシアのヴァイオリン奏者ワディム・レーピンもはや39歳。ヤナーチェク、ブラームス(第3番ニ短調)、リヒヤルト・シュトラウス(変ホ長調)の重厚なソナタ3曲を集めた意欲的なリサイタル(ピアノはイタマール・ゴラン。4月1日,サントリーホール)も、壮大なロマン溢れる物語をシンフォニーのような構成美とスケール感で磨きあげたシュトラウスのソナタがひときわ印象的だった。

 竹田恵子は2005年以来<オペラひとりっ切り>を上演し続けている。吉川和夫(作曲)と組んだ樋口一葉の「にごりえ」は、想像を超える竹田の熱演でモノ・オペラの新しい世界に触れる思いだった。こんにゃく座出身らしい竹田の個性と野心が結びついて、ヴァイオリン(山田百子)だけをバックに、オペラというより義太夫感覚の秀逸な“語り物”としての「にごりえ」が再生した。とにかく特筆すべき竹田の奮闘ぶりであった。

 今回は例外的にジャズの秀逸な演奏会と出会わなかった。北(札幌)のバード(チャーリー・パーカー)、寺久保エレナ(5月1日、新宿ピットイン)については巻頭文と彼女のデビューCDの評で触れた。また、ノルウェーの優れたピアニスト、ホーヴァル・ヴィークを含むクィンテット、アトミックの演奏会(4月10日、新宿ピットイン)についても、彼らの最新ライヴ2枚組の評のところで触れたので他に譲ったためもある。

 何度聴いてもその度に新たな感銘を喚起されるのがリシャール・ガリアーノ。ウィントン・マルサリスと共演した新作ライヴにも感心したが、欧米で発売されたDVDや、今回の来日演奏の初日(6月7日、ブルーノート東京)を見ても、ガリアーノのアコーディオン技法と音楽的達成にはそのつど心を動かされる。ピアソラ作品の数々に触れれば、彼がまぎれもないピアソラの後継者であることにも合点がいく。今回はジャズにもクラシックにも通じたジャン・マリー・エカイ(ギター)、ジャン・フィリップ・ヴィレ(ベース)がバックを固めたゆえもあって、ピアソラ曲からパリの下町を描いた愛らしいワルツ曲にいたるまでアコーディオン演奏の粋を示して一点の曇りもないガリアーノと彼のフレンチ・タッチ・トリオの熱演に酔いしれた一夕でもあった。中でも口でくわえて吹く小さなアコーディーナで演奏したバッハの舞曲(組曲ロ短調より)や自作のワルツが見事で、アコーディオンの左手だけでバッハのプレリュード第1番を演奏した揺るぎない技法の完璧さには誰もが脱帽するしかなかっただろう。

 <Great Song Stylist Series>を銘打ってジャズやポピュラー・ソングの歴史的な人気シンガーを取りあげ、彼らのヒットソングを中心に歴史を振り返るシリーズを地道に試みているのが新子和江。過去15年、彼女は大方の名歌手を唄ってきたことになる。2年に1度としても30年。これだけでも大したものだが、彼らの往年のヒット曲や持ち歌と誠実に取り組み、大人のヴォ ーカル・ステージを披露してきた彼女の努力には頭が下がる。今回取りあげたのはビング・クロスビー以前の大歌手アル・ジョルスン(4月13日、日本橋公会堂)。彼女は発声の自然さ、息づかいの清潔さ、確かな英語力などを駆使し、現今の歌手には望めない歌の魅力を披露したが、ただジョルスンのヒット曲が今日では余り知られていないため、残念ながら盛り上がりを欠いた。とはいえ、敢闘賞ものの公演ではあった。

 邦楽でも、今年の日本伝統文化振興財団賞を受賞した大和櫻笙(大和楽・三味線方)の受賞披露記念演奏(5月27日、青学会館アイビーホール)が素晴らしかった。余白が尽きて詳述できないが、藤間勘十郎(三味線)、藤舎千穂(鼓)、藤舎推峰(笛)、川瀬露秋(箏)らに守り立てられた彼女の勢いと情熱豊かな三味線技法がさらに磨かれて大成する日を楽しみにしたい。

 最後はブータンの声明。東京芸大が<アジア・躍動する音たち 2010>と題して試みているコンサートの一環で、『ブータン・仏教音楽の世界』として催された(5月7日、東京藝術大学奏楽堂)。コンサートはブータン王国から招聘した10数名の僧侶による、彼らの声明を含む儀礼音楽と舞踊が僧団長ゲム・ドルジ氏のレクチュア付きで行われたが、日本では初めてのブータン僧侶による催しであり、とりわけ仏教の生きた伝統文化がこのようにしてブータン国で栄えていることに深い感銘を受けた。空海から始まったと言われる日本の声明とはまったく違った王国の儀礼音楽と仮面舞踊を興味深く拝見しながら、芸大の1部の学生と招待客のためばかりでなく、もっと広く多くの人々に開放してしかるべきコンサートであった。(2010年7月4日)

悠 雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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