MONTHRY EDITORIAL02

Vol.36|「傷む心」Text and illustration by Mariko OKAYAMA


 前回のコラム「声について」で、私のめでたくない退院の理由が、人の「声」であったことに触れた。人の声によって癒された私は、人の声によって再び耳が悪化したのである。それは同室の患者二人の間に交わされた会話で、それぞれの声、つまり威圧的な低音と、嘆き節の高音との行き交いの落差への違和感と、その内容によるものだったが、私にとっては他人事でしかないはずだ。だが、その頃、例えばベッドに横たわったきりの嘆き節年配女性の「さびしいねえ・・・」というつぶやきを耳にしただけで、私は辛くて堪らなくなっていたのである。同病相哀れむ、とは、よく言う事だが、病を持つもの同士の関わり、というのは、そんなに簡単なものではない。傷みへの共感とか共有は、そんなに容易いものではない。他人の不幸は蜜の味、とも言われるように。
 病める他者と、その中に居る病める自分との関わりとは何なのか。私は頭がグチャグチャになり、そのまま人目のつかない場所を探し、そこで泣いた。そうして、涙の中から絞り出されてきたのは、たとえば「さびしいねえ・・・」というつぶやきの奥に透けて見える、人間の心身の抱える深い闇へのおののきだった。その闇の限りない深さ、重さ。でもそれは、病む人々にだけあるのではない。その闇は、実は、誰にでもある。大小、深い浅い、部位などそれぞれ異なろうと、その闇は突如現れたり消えたりする。それが、人が生きるということだ。自分には辛く暗黒に思えることでも、他人から見ればどこかがぼうっと光っていて、そんなに絶望的な話じゃなかろうに、と言われたり。人間の幸不幸の形とはそんなものだろう。
 誰もが持つ、心身の深い闇。「悲哀」「悲愁」という言葉がそこから浮かび上がってきた時、「聞こえた」のがショパンの遺作『ノクターン』であった。『第20番嬰ハ短調』のあのトリルの震え。優しく切なく美しい、悲愁をたたえたあの歌。ショパンの「ZAL」はポーランド語で「傷む心」。それを、ショパン・イヤーの今年、ポーランドのピアニスト、C.ツィメルマンはなんと穏やかに温かく愛おしく響かせたろう。そこにあったのは、まさしく「魂の歌声」であった。
 真正の芸術、宗教が立ち上がってくるのは、その「ZALからの声」なのだ。人間であることの意味は、そこにこそ宿る。私は他者の傷みを自分の傷みと感じるほど、人間として大きくも深くもない。ただ、ぼんやりと、そのように感覚しただけのことである。そうして思い出した。かつてチェリストの青木十良氏(今夏で95歳)との対話で聴いたこと。氏は音楽のよってきたるところを「心の貧困、痛む心だ」と言った。そしてそれが人間の生死に直結するものだと。その一節を引用しよう。
 氏は幼い頃から贅沢な環境で育ったが、「死とは何か、生とは何かって、小学校あがる前から大きな命題で、それが片づかないままガタガタやってるんです。豊かもへったくれもない。心が貧困なんですね。けずられて、すっごく痩せてしまって・・・。--貧困も、人間を研ぎ澄ます、いい刺激ですね。--メンデルスゾーンがいい例ですね。資産家で銀行家で、でもあのひとの作品みると、ああ、このひと、かわいそうに、こんなに心に痛みを持って、どういう痛みか知らないけれど、これだけ痛んだ心を曲に出してくる。--だから芸術の必須条件は、痛み、不幸です。--そのように、痛む心を持って、生まれついたことですね。」(『翔べ未分の彼方へ<チェリスト青木十良の思索>』/楽出版)
 青木氏は、小学1年のとき、自分を慕ってくれる2歳年下のいとこの死によって、人間の生死という命題から逃れられなくなったと言う。それは、日常の中で意識されるものではないが、ふとした時に、何かのはずみに、全く思いがけなく不意に、人間の手の届かないところから誰にでもやってくる。ただ、本当の芸術家、音楽家は、みな、日常のなかでも絶えず「痛む心」を意識し続けている、あるいは、そこへと戻ってしまう、そういう人種なのだろう。音こそ、その一瞬に生死が宿るのだから。「痛む心」は「傷む心」と同義だが、私はここではやはり「傷む心」を言葉として選びたい。治癒可能な外傷の痛みと、深く痛切な曖昧模糊とした内傷の傷み、とでもいうふうに。
 声はそれぞれの個体の唯一無二のもので、親子や兄弟姉妹が似通ったりすることがあるにしても、元来一つ一つ異なる単体である。そうして、音楽とはそういう魂の歌声で、その独自の、唯一無二の声は音楽家の「響き」の中にしかないと私は思う。私が常に聴き手として「響きSonority」にこだわってきたのは(演奏の解釈やストーリー、作曲家の意図や構成は二次的なもので、最も大切なのは「響き」そのもの)、この「傷む心」に自分もまた引き戻される傾向があるからではないか。それを、先程述べた共感とか、共有という言葉で説明するのは私にはしっくりしない。そこにはどこか傲慢な意識があるように思え、あえて言うなら共震もしくは響応というようなものではないか。

 


 病院の食堂には小さな電子ピアノがあった。一ヶ月に及ぶ入院生活で順調な回復期にあった頃、誰も居ない時を見計らい、ヘッドフォンをつけ消音にして(私は電子ピアノやイヤホン、ヘッドフォンは嫌いだが)そうっと弾いてみた。病んだ心身に、いったいピアノはどんなふうに響くのか?自然に指が鳴らしたのは、『ノクターン』ではなくバッハの平均率第1番『プレリュード』だった。弾き始め、響きを耳が受け止めた途端、私は音楽のなかに没入した。それは初めて、自分の指先からの響きが「聞こえた」瞬間だった。その幸福感は、今まで味わったことのないもので、指先の動きとともに心身全体が自然に動いてゆく。最初はゆっくり、2度目は少し速く、それから最速で。最速で弾くと左手の低音が、余計な想いを振り捨てるように急(せ)いて響き立つ。最後は最初のテンポよりいくらかゆっくり目で、4回通して弾いた。それから今度は最小にボリュームを絞り、ヘッドフォンをはずして。なんて気持ちいいんだろう!直に響きが聞こえるって。
 次にシューマンの『トロイメライ(夢)』。私がピアノに向かうとき、常に弾くのは、先ほどの『プレリュード』と、この『トロイメライ』。最晩年のホロヴィッツが2度目の来日時(1度目は吉田秀和氏に「ひびの入った骨董品」と酷評された)、アンコールに弾いた曲だ。私は生涯、その美しさを忘れない。それは、無垢の音楽だった。この年齢になると(81歳)、演奏はある境地に入ってきて、その人の来しかたや、愛といったもろもろがフレーズのそこここに滲み、それが深い感動を呼ぶ。カザルスなどがそうだ。だが、ホロヴィッツは違った。そういう老成とは全く異質で、彼の人生とその音とは、まるで無縁のようだった。生まれた時に拾った音の宝石を、生涯そのまま持ち続け輝かせているだけで、人生はその外側を、ただ通りすぎてゆくだけ。そういう音、響きで彼は『トロイメライ』を弾いたのだ。シューマンは「A(ラ)の音が耳から離れない。」と言ってラインに身を投げた。病んだ作曲家の「夢」を、私もまた見るように、電子ピアノは歌った。そのかすかな響きが、廊下にまで流れたのだろう。人の気配に、私はピアノを閉じ、自室に戻った。
 退院後の耳のデータは最悪時と変わらない。それでも私は、傷んでこそ見る「夢」を追いたいと思う。(12月7日記)

丘山万里子

丘山万里子:東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」(深夜叢書)「翔べ未分の彼方へ」(楽社)「失楽園の音色」(二玄社)他。

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