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Vol.54 | ミルフォード・グレイヴズ                     1972 NY
text by Seiichi SUGITA

 ニューヨークは、いま、熱く燃えている。
 1972年6月、ニューヨーク・ミュジシャンズ・オーガニゼイションのオフィス<スタジオ・We)を訪ねる。オフィス内は真黒のカーテンでおおわれ、中央に“赤・黒・緑”(黒人解放旗)が飾られている。主宰のジュマは、ニューヨーク・ロフト・シーンで活動するパーカッショニスト。同年初頭から、何回もお誘いを受けている。 __ハーイ! やっと会えたね。
「ハーイ! 大感激だよ。ブラザー」
 あの親指をからませるブラザー同志で交わす握手に力が入る。さっそく、プレス・パスの手続きをする。
「えっ、<ヒルトン>なんかにいるのかい? あんな、最悪なとこないぜ。よかったら、ウチへ来ないか?」
__いや、ガール・フレンドと一緒なんだ。今度、連れて来るよ。
「OK! 楽しみにしているよ」
 実は、師匠・朝倉俊博も<ヒルトン>に泊まっているのだけれども、チェック・イン初日にカメラ機材をすべて盗まれている。師匠は『アサヒグラフ』の取材で、ぼくはといえば『毎日グラフ』の取材で来ている。
__ニューヨーク・ミュージシャンズ・オーガニゼイションの主旨は?
「あの“ジャズの10月革命”を想い起こして欲しい。実は、いま、ここ“アップル・コア”では、再び革命が起きているんだよ。その担掌主体であるミュージシャンによるオーガニゼイションであるってこと」
“アップル・コア”とは、リロイ・ジョーンズのコラム『ダウン・ビート』。「アップル」とはニューヨークの別称であり、同年初めてニューポート・ジャズ・フェスティバルがニューヨークで開催されるのだけれども、ポスターでは、大々的にリンゴがデザインされている。地下鉄やバスでは、それまでなかった<ニューポート>(タバコ)の宣伝であふれている。
__ニューポートは意識したの?
「意識しなかったといえば、嘘になる(笑)。はっきりいって、商業主義に毒されたジャズからは、もう何も創造されるわけがない。そう思わないかい?」
__ぼくも、そう思う。つまり、ロフト・ジャズ・ムーブメントこそが、ジャズの“いま”だってことだね。
「そう、正しい!」
__ニューヨーク・ミュージシャンズ・ジャズ・フェスティバルは、アンチ・ニューポートってこと?
「いや、ジョージ・ウェインがぶつけてきたのさ(笑)」
 ニューポートの方の会場はリンカーン・センター、カーネギー・ホール、ラジオ・シティ・ホール、ナッソー・コロシアムといったところ。申請したが、プレス・パスは降りなかった。上等じゃないか。
 ニューヨーク・ミュージシャンズの方はといえば、<スタジオ・We>、<スタジオ・リヴィー>、<スラッグス>、ワシントン広場・メソジスト教会>、<ニュー・フェデラル・シター>、<ハーレム・セイント・モリス・パーク>、<リーズ・パーク>、<コロニアル・パーク>、<ハーレム・ミュージック・センター>、<フォークロア・センター>、<ユニバーシティ・オブ・ザ・ストリーツ>等々、ニューポートよりもはるかにスケールが大きい。ジャズ・クラブ<スラッグス>は、カーネギー・ホールで無視され、辛酸をなめた日野皓正(tp)を暖かく受け入れている。メンバーは、植松孝夫(ts)、杉本喜代志(g)、池田芳男(b)、日野元彦(ds)。
__で、ニューヨーク・ミュージシャンズ・ジャズ・フェスティバルのアガリはどうするの?
「すべてが、ブレック・ピープルに還元される」
__ドイツのギュンター・ハンペルを始め、多くの白人ミュージシャンも参加しているよね。
「それは、まったく問題ない。ブラザー=同志として連帯しているのだからね」
 <スタジオ・We>で初めてジュマと会ったのは、70年7月。ほとんど1ヶ月間、サニー・マレイ(ds)とアラン・シルヴァ(ce)が出ていたのだけれども、ジュマは必ず顔を出している。いつも大型犬と一緒で、「有名なオブジェ作家だ」と紹介される。「音楽そのものが商業主義にスポイルされちまってる」というのが、ジュマの最初の発言である。

 

 ジュマの巨大なオブジェは、<スタジオ・We>にある。数万本の釘が打ちつかられ、一部、意図的にサビさせている。まぎれのない黒い情念の噴出である。「ブラック・ピープル個々のパワーを、サビよって表出しているんだ。分かるよね」。
 『バワリー25時』(ライオネル・ロゴーシン監督)は、日本ではジョン・カサベテス監督『アメリカの影』とATGで同時上映された。原題は『オン・ザ・バワリー』。アル中の街のドキュメンタリーである。不思議なことに、黒人はひとりもいない。白人だけのスラムである。あの『オン・ザ・バワリー』の対極として、ぼくはマイルス・デイヴィスの『オン・ザ・コーナー』(CBS)を位置付けたい。ジャケットに“赤・黒・緑”の バッジが載っている。『バワリー』は、白人文化の死であり、『コーナー』は、黒人文化のみずみずしい生である。あの「フォークソングの父」、フォスターは、ここで数セントを握りしめて野垂れ死にしたと聞く。
 <スタジオ・We>は、その近所のエルドリッジ通りにあり、通りはゴミだらけ。看板には、「ア・コミュニティ・ミュージック・プロジェクト」とある。重い鉄の扉が降ろされ、訪問者は一人ひとりチェックされる。というのは、ブラック・パンサー・パーティ(黒豹党)の分派闘争による嫌がらせがしばしばだからだそう。
 そうそう、梅津和時(as)の生向委(生活向上委員会)のファースト・アルバムは、<スタジオ・We>で録音されたもの。
 ニューヨーク・ミュージシャンズ・ジャズ・フェスティバルは、6月30日〜7月9日まで開催される。<マウント・モリス・パーク>のファラオ・サンダース(ts)、アーチー・シェップ(ss)、<スタジオ・リヴィー>のギュンター・ハンペル&ジーン・リー(vo)、<ワシントン広場・メソジスト教会>のラシッド・アリ(ds)、といっためくるめくロフト・ジャズ群像にあって、最も突出した表出空間をものにしたのは、7月9日深夜、<スタジオ・リヴィー>のミルフォード・グレイブス(perc)である。<スタジオ・リヴィー>は、ワシントン広場にほど近いボンド・ストリートにある。サム・リバース(ts)のアパートの地下にあり、ロフト・ジャズ・ムーブメントの根拠地=ホームのひとつである。
 ミルフォード・グレイブスは、41年8月20日、ニューヨーク州ジャマイカ生まれ。『ニューヨーク・アート・カルテット』を始め、ESP盤はすべて持っている。もちろん、ジャズ10月革命の参加者。街角で出会うミルフォードは、いつも大きな布袋に入れたコンガをかついでいる。挨拶は決まって「テイク・イット・イージー」。
 ミルフォーフォドは、いつも真紅のトレーナーでしなやかな肉体を包んでいる。ロフト・ジャズのもうひとりの雄、サニー・マレイは、次々と空間を埋め尽くし、壮大な音宇宙を構築するのに対し、ミルフォードは間=空間を多用し、「沈黙とはかりあえる」(武満 徹)音空を創出する。ときどき、叫ぶのはスワヒリ語である。“赤・黒・緑”に象徴される、アフリカへの回帰ベクトルへの深淵へと狂おしくせまる。エルヴィン・ジョーンズがよくうたうドラムの最右翼だとすれば、ミルフォードはパルス奏法から脱却しているという意味で、最左翼ではある。
 民族における血の問題を踏まえつつ、黒い情念の表出を基底に、アフリカへのリズムの原基へと回帰していく。そういう意味で、ミルフォードはサニーと共に、いまニューヨーク・ジャズ・シーン=情況に最も深く突き刺さっているパーカッショニストである。
 ぼくが知る限り、69年以降のニューヨークが、最も熱く燃え盛ったのは72年夏である。あれは、湾岸戦争前夜だから1990年12月。初めてヴィレッジの<ブルーノート>に足を運ぶ。出演メンバーは忘れてしまったが、とてつもなくシロいフォービートで、聴衆は全員日本人。ほとんどがJALで配られるクーポン券持参者。ジャズ・クラブって観光地なんですね。
 ニューヨークはいま、燃えているか?

杉田誠一
杉田誠一:
1945年4月、新潟県新発田市生まれ。
1965年5月、月刊『ジャズ』、
1999年11月、『Out there』をそれぞれ創刊。
2006年12月、横浜市白楽に
cafe bar Bitches Brew for hipsters onlyを開く。
http://bbyokohama.exblog.jp/
著書に『ジャズ幻視行』『ジャズ&ジャズ』
『ぼくのジャズ感情旅行』。
http://www.k5.dion.ne.jp/~sugita/cafe&bar.html
及川公生のちょっといい音空間見つけた >>

♪ Live Information

8/20 Fri 平山順子(as) 佐藤えりか(b)
21 Sat 小島伸子(vo) 今村信一郎(p)
22 Sun 種子田博邦(kb) 蒲谷克典(cello)
27 Fri 佐藤綾音(as) 楠 真紀子(p)
小林航太朗(b)
28 Sat 金剛 進(ts) 林あけみ(p)
29 Sun ジャム・セッション:
名取俊彦(p) 仲石祐介(b)
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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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