Vol.9 他国から見るノルウェー・ジャズ〜ドイツ
text by Ayumi TANAKA

 連日、氷点下10度以下になる日が続くオスロ。この12月は天気の良い日が多く、澄み切った青い空が冷たい空気を明るく彩っていた。
 先日、大学でDieter ManderscheidとSebastian Gramss、Robert Landfermannの3人のドイツ人ベーシストによるワークショップが開かれ、音楽についてのディスカッションと、学生を含む参加者全員による即興演奏が行われた。物事における違いは、個人レベルで起きるものであろうが、彼らの音楽や言葉から、ノルウェーの人々とドイツの人々の間にある違いのようなものも感じ、それがとても興味深かった。
 私が通うノルウェー国立音楽大学には交換留学の制度があり、ヨーロッパ諸国をはじめとする様々な国の大学と提携している。ジャズ科の学生に、ドイツのケルンへ留学経験があり、先日のワークショップの企画者でもあるChristian Meaas Svendsenと、ドイツのニュルンベルグからの留学生、Jasmin Hirschsteinerがいる。
 今回、彼ら二人それぞれに、ノルウェーとドイツの音楽シーンについて話を聞かせてもらったので紹介したい。


*Christian Meaas Svendsenへのインタビュー

Q:ケルンへ留学しようと思った理由は何ですか。
A:「3つの主な理由がありました。まず、ドイツ語を勉強したかったこと。2つめは、ケルン音楽大学にはDieter Manderscheidという先生がいて、すごく良い評判を聞いていたので、彼に習いたかったこと。そして3つめは、ノルウェーでは色々なプロジェクトをするのに忙しかったので、そういうものとは別に、一度立ち止まり、基本的なことを学び、自分自身をより深めたかったということです。もちろん、他国の文化や音楽シーンを経験したり、ネットワークを拡げたいという気持ちもありました。ドイツの音楽にすごく興味を持っていたというわけではなくて、どちらかと言えば、日本の尺八などの音楽に興味を持っていました。」

Q:ケルン音楽大学はどうでしたか?
A:「ケルン音楽大学は、大学としての構造がノルウェー国立音楽大学とは大きく異なっていました。例えば、ノルウェーでは、同じ科の学生は音楽理論やイヤー・トレーニングなどの必須科目を、一年生の頃から全員一緒に同じ授業を受けるのですが、ケルンでは、自分のレベルに合わせた授業を自由に選択することができました。私は、ノルウェーで良いクラスメートに恵まれ、彼らと一緒に学び、共に成長できたことをとても幸せに感じていますが、ケルンのように、クラスに縛られずに勉強できる環境も良いと思います。
 レッスンは、ノルウェーもそうでしたが、とても素晴らしかったです。ノルウェーでは、「これをしなければいけない」という様な教え方はあまりしないのですが、ドイツでは、よりシステム化された、しっかりとした教育の方法が行われていました。ドイツでは理論やテクニックを身につけることに重点が置かれているのに対し、ノルウェーでは、個性を伸ばし、個人それぞれがどのように音楽にアプローチするかということに重点が置かれているように感じます。ケルンの学生は、学校の外で起きている音楽シーンを知ろうとすることよりも、学生の間は技術を身につけるための練習をすることに集中している人が多いという印象を受けました。」

Q:ケルンの音楽シーンはどの様なものでしたか。
A:「ケルンには、とても大きなジャズ・シーンがあり、多くのコンサートが行われていました。クラシック音楽の影響があるのでしょうが、コンサートに行くことが、国民の暮らしの中にあるように感じました。ミュージシャンとして暮らしていくのに、いい街であると感じました。
 かつてドイツの人たちにとって音楽は、社会へ何らかの主張やメッセージを送るものであったのではないかと思います。それに対しノルウェーでは、音楽は、社会との関係性があまり強くなく、社会への主張や、誰かを助けることなどを目的とせず、自分たちのためのものとして存在してきたように思います。」

Q:ドイツのミュージシャンとノルウェーのミュージシャンの違いは、どのようなところにあると思いますか。
A:「ドイツのミュージシャンは、たとえ実験的なことをしている人でも、楽器の技術の高さや知識の豊富さなど、幅広い分野で非常に長けている人が大変多いという印象を受けました。それに対し、ノルウェーのミュージシャンは、そのようなことよりも、個人それぞれの音楽に対する興味など、一つのことに長い時間をかけて探求している人が多いように感じます。
 ノルウェーにもドイツにも、“フリー・ミュージック”と呼ばれるものがあるのですが、ノルウェーのそれは、小さな要素やシンプルなスケッチだけを用いて行ったり、ただ演奏することから始めるというようなことが、私の周りでは多いのですが、ドイツのそれは、より計画された複雑な構造があり、とても興味深かったです。
 ドイツのミュージシャンは、様々な音楽の要素、例えばコンテンポラリー・ミュージックなどのアイディアを、即興音楽やジャズに取り込むことが得意な人が多いです。それは、理論やテクニックの習得に重点を置く、学校教育が影響しているように思われます。彼らは、音楽のアプローチに対するドアをたくさん持っていて、それらをできるだけ多く開き、様々な可能性を探求しているという印象がありました。
 一方、ノルウェーのミュージシャンは、まず自分自身でやってみることから始めます。その過程で、何か必要になった時に初めて、必要なドアを一つ開け、自分自身のサウンドを探求するといった傾向があると思います。皆、同じ道を行くわけではないので、多くの異なる個性が生まれ、新しいものを創造することができる可能性が秘められています。ドイツのミュージシャンは“ノルウェーのサウンド”にとても興味をもっていますが、その傾向によるものであると思います。
 また、“ノルウェーのサウンド”の創造を支えているものに、政府の財政面での支援があります。ミュージシャンは、自分の考えやアイディアについて、うまくプレゼンテーションすることができれば、政府から多くの支援を得ることができます。ですが、これは、本来ミュージシャンになるべき人以外のミュージシャンを生み出してしまうという危険性も持っているのではないかと思います。その点、ドイツでは、ミュージシャン同士の競争がより激しく、ミュージシャンは音楽のどの分野においても、高いレベルでプロフェッショナルな人が多いです。しかし、お金を得るために多くの仕事をこなさなくてはならないミュージシャンも多くいます。一方、ノルウェーでは、例えば、演奏活動やレコーディング、作曲などのために支援を受けることができる機会などが多くあり、自身の創作活動に専念することができる可能性が多くあります。ミュージシャンにとって自分自身の表現を探求することを許されている環境であると言えるでしょう。」

Q:いいなと思う、または人気のあるドイツのミュージシャンを教えてください。
A:「あまり名前を覚えるのは得意ではないですが、いま思いつく人を挙げると、サックス、クラリネットのPeter Brötzmann、トランペットのAxel Döner、バスクラリネットのRudi Mahall、シンセサイザー、ピアノのThomas Lehn、ピアノの高瀬アキ、Alexander von Schlippenbach、ベースのJan Roder、Peter Kowald、ドラムのOiver Steidle、Pablo Held trio [Pablo Held(ピアノ) Robert Landfermann(ベース) Jonas Burgwinkel(ドラム)]等です。Peter BrotzmannやAxel Doner、Rudi Mahallはノルウェーでも人気があります。」


*Jasmin Hirschsteinerへのインタビュー

Q:ノルウェーに留学しようと思った理由は何ですか。
A:「ドイツにいた頃、Trondheim Jazz Orchestra、Sidsel Endresen、Helge Sunde、Geir Lysneなどのノルウェーのミュージシャンの音楽を聴き、それらがすごく新鮮で、ノルウェーの音楽に興味を持ったのが一つの理由です。そして、去年、ノルウェー国立音楽大学で行われたSIM (School for Improvisational Music) コースというワークショップに参加した際、ノルウェーの先生や学生と接して、彼らの音楽に対する姿勢が自分にフィットしているように感じ、留学しようと決めました。彼らは音楽に対しとてもオープンで、人それぞれが自由な表現をしていて魅力的でした。」

Q:ニュルンベルグの音楽大学はどのような学校ですか。 
A.「ニュルンベルグは小さな街です。学校の教育は、大都市のベルリンやケルンの大学に比べると、伝統や形式を大変重んじる風潮があります。それは、私がやりたい音楽とは少し違うものでした。私が個人レッスンを受けていた先生は、とても素晴らしい先生で、柔軟でオープンな考えを持った人ですが、学校全体の雰囲気は「これをしなければならない」というシステムに沿った教育の傾向が強いように感じます。学校は創造の場というよりは、訓練の場であるといえるのかもしれません。」

Q:ノルウェーの大学や音楽環境についてどのように感じますか。
A:「先生は、私に「これをしなければならない」と押し付けるのではなくて、個性を大事にしてくれて、自分のやりたいことや学びたいことに手助けをしてくれるような存在です。上下関係のようなものはなく、いつも対等でいてくれます。
 学生同士で、とても気軽に一緒に演奏したり練習したりできるのが、楽しいです。ニュルンベルグの学校では、誰かと一緒に演奏するときは必ず、それなりの準備が必要でしたが、ノルウェーでは、ただ演奏したり、実験的なことをしてみるということを気軽にできるのが、とても良いと思います。
 また、およそ月に1度、プロジェクト・ウィークというのがあり、その週は、普段のクラスは行わず、プロジェクトのために集められたグループで一つのことに取り組みます。そういったものはニュルンベルグにはなかったのですが、とても良いシステムだと思います。ノルウェーの先生だけでなく他国からも先生が来ます。ジャズの他にクラシック、民族音楽などの学生とコラボレーションしたり、また、様々なジャンルにも取り組み、音楽の視野を広げることができ、良い経験になります。
 学校の他では、シーズン・チケットでいつでも入場できるジャズ・クラブがあり、素晴らしい多くのコンサートを気軽に観ることができます。ノルウェーのミュージシャンはもちろん、ヨーロッパ諸国やアメリカなどのミュージシャンによるコンサートも多く、創造的な様々な音楽を幅広く経験できることができ、とても良い環境です。
 できれば、交換留学が終わった後も、ここノルウェーで音楽を続けたいと思います。」



   ドイツの異なる地域で音楽を学んだ二人。ケルンでは、オープンな音楽が教育の場で行われているのに対し、ニュルンベルグではより伝統的な音楽を中心とした教育が行われているらしく、同じ国でも、教育の方法が違うことが興味深い。
 二人の話から、音楽はその国や地域の環境によって育てられるものなのだということを感じた。個人のレベルはもちろんだが、教育方法や国民性などが大きく関係しているのではないだろうか。
 二人の話にもある様に、ノルウェーの音楽教育は理論やテクニックを学ぶこと以上に、個性を大事にし、それを伸ばすことをとても大切にしているように感じる。私が在学する首都オスロにあるノルウェー国立音楽大学においても、ノルウェー中部トロンハイムにあるトロンハイム音楽院でもこれは共通しているらしい。スカンディナヴィア半島の音楽大学はこの傾向が強いらしいが、とりわけノルウェーにあるこの2つの大学は特にその傾向が強いらしい。
 ドイツの大学のように理論やテクニックを学ぶことに重点を置くのも、ノルウェーの大学のように個性を伸ばすことに重点を置くのも、どちらも大切で素晴らしいことであろう。学ぶ者にとって大切なのは、それらのバランスを保ち、自分自身に必要なものに気づき、周りにある教育や環境を生かすことであろう。
 ノルウェーの学校では、学校側から与えられる理論などを学ぶ時間が少ない分、自分自身で何とか学ぼうとすることが必要になる。しかし、人それぞれが、その学ぶ過程を自分自身で探り、切り開いていくことが、この国の教育の目指すところなのかもしれない。そして、それが、個性的でユニークなノルウェーの音楽、今日の“ノルウェーのサウンド”を生み出しているのかもしれない。


*Christian Meaas Svendsen
Web page (http://www.christianmeaassvendsen.com/)
Sound cloud (https://soundcloud.com/copaconbajo)

 ノルウェー国立音楽大学のジャズ科を卒業した後、現在はクラシック科にてコントラバスを学ぶ。ジャズ科の3年生の時に、ドイツのケルン音楽大学(Hochschule für Musik Köln) で一年間学ぶ。自身のプロジェクトにMopti、Duplex、KNYST! などがあり、その他、様々なプロジェクトで精力的に活動している。

*Jasmin Hirschsteiner
 ドイツのニュルンベルグ音楽大学 (Hochschule fur Musik Nürnberg) でバリトンサックス、バスクラリネットを学ぶ。現在はノルウェー国立音楽大学のジャズ科で交換留学生として学ぶ。

田中鮎美:
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。
その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。

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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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