Vol.10 ある1週間のできごと
text by Ayumi TANAKA

 短い冬休みが終わって再び学校が始まった。久しぶりに友人に会うと「いい冬休みを過ごせた?」と訊いてくれるのだけれど、同じ質問を返すとだいたい「リラックスして、とてもいい時間を過ごしたよ」と優しい笑顔で答えてくれる。ノルウェーの人たちは休みの時にリラックスして過ごすのが得意で、私はそんな彼らをとても素敵だなと思う。
 私がこのエッセイを書いているこの1週間は、たくさんのわくわくする出来事があった。私がオスロに来てから大好きになった素晴らしいトランぺッターPer Jørgensen(パール・ヨルゲンソン)が参加するBMX [Øyvind Skarbø (Drums)、 Njål Ølnes (Saxophone)、 Thomas T Dahl (Guitar)、 Per Jørgensen (Trumpet, Voc, Perc.)] (http://www.myspace.com/bmxsykkel) のコンサートを観に行ったり、レインボー・スタジオにそのバンドのレコーディングを見学に行ったり、イギリスの即興音楽家、作曲家のFred Frith (http://fredfrith.com/) のワークショップに参加したり、 "all Ears" (http://www.all-ears.no/2013/2013.html) という即興音楽のフェスティバルを観に行った。

♪ レインボー・スタジオでJan Erikに会う

 レインボー・スタジオはノルウェーに来てからずっと行ってみたかった場所で、私の大好きなECM Recordsなどのレコーディングにエンジニアとして参加してきたJan Erik(ヤン・エリック・コングスハウク)に会えて、そして彼がとても素敵な方で嬉しかった。音の魔法使いみたいな人で、その場でレコーディングした音を聴かせてもらうと、生音の素晴らしさに加えてさらにきらきらした魅力的なものになっていた。サックスのNjålも「ここは僕たちが来る前に全てが完璧にセッティングされていて、僕たちはただここに来て、そのまま気持ちよく演奏することができるんだよ」と話してくれた。多くのミュージシャンたちに信頼され、これまで数々の素晴らしいレコーディングが生まれてきた理由が少しわかったような気がした。

♪ Fred Frith と即興演奏について考える

 Fred Frith(フレッド・フリス)は、スコットランド出身のパーカッショニストEvelyn Glennieの"Touch this sound"という映画を観てから、とても素敵な音楽家だなと思っていたので、彼が学校に来ると知ってから会えるのをとても楽しみにしていた。
 ワークショップは、自己紹介に参加者全員が1人ずつ1分間の演奏をすることから始まった。その後Fredは「みんなが自分の表現の方法を持っていてすごく良かったけれど、みんな自分が知っていることだけしか演奏してなかったんじゃないかな」と言って、その次は「3人組になって、楽器を初めて目にしたときの気持ちで楽器を演奏してみよう」ということになった。そういえば、毎日楽器に向かって演奏していると、知らない間に自分が知っていることの中で演奏してしまう癖が付いていたのかなと思った。
 その後、集団即興演奏について考えようというのがテーマで、参加者15人ほどでルールに基づいて即興演奏を行った。例えば、決められた時間の間に1人につき5個の要素を演奏するというものがあって、決められた時間は2分、1分、30秒、15秒、5秒という風にどんどん短くなっていくというルールのもの。10拍の間で、1人1拍の間だけ音を出すことができて、それをリピートするというルールのもの。一人ずつソロで演奏して、次の人が入ってきたら、固まったようにその時に弾いていた音をリピートし、それを何人も続けていくというルールのもの。それから、3人だけが演奏を始めて、誰かが入ってきたら演奏者の数が常に3人になるように、誰かが抜けるのを繰り返すというルールのもの、というようなゲーム感覚の即興演奏を行った。新しい方法で音楽にアプローチすると、これまで気がつかなかった発見があり、とても良い経験になった。

♪ 即興音楽のフェスティバル "all Ears" 

 "all Ears" は、2002年から年に一度オスロで行われている即興音楽のフェスティバルである。今年は1月10日から13日の4日間にわたって行われ、Fred Frith、Joke Lanz、Mats Gustafsson、Peter Brötzmann、Sidsel Endresen、Shelley Hirsch、Sheriffs of Nothingness等が参加した。私は、2日目に行われたコンサートを見に行った。それぞれが全然違うスタイルで、飾りのない豊かな表現が印象的であった。

♪ 即興演奏のクラスで"Listening"を体験する

 学校では、新しいクラスが始まって、この1月から即興演奏のクラスが始まった。先生はシンガー、作曲家、パフォーマンスアーティストのLisa Dillan (http://www.lisadillan.com/)。
 初回の授業で出されたテーマは "Listening" 聴くこと。授業中に好きなところに行って、10分間座ってじっとそこにある音を聴き、その後みんなで聴いた音について話し合うといったことを行った。Lisaは「音の色、音質、音程、強弱を注意深く聴いてきてね」と言った。それぞれ学校の階段や、教室など色々な場所に行った。私は、その時すごく身体が冷えていたので、学校の設備のサウナルームに行った。誰もいないサウナは、主に3種類の音がして、空調などの部屋の何層にもなったワォワォした音と、サウナを暖めるピキっピキっという音、それからどこかで誰かがパーカッションの練習をする音。じっと耳を澄ますというのは、不思議なもので、聴こうという意識にスイッチが入った瞬間から、色んな音に命が宿ってこちらに語りかけてくる。
 この"Listening" の目的は、もちろん"聴く"という経験をすること自体にあるのだが、更なる目的に、聴くことで得たアイデアを音楽やパフォーマンスに取り込むということがある。私は、そのクラスの後、生活の中の音に注意深くいるようにしている。じっと耳を澄まして聴くと世の中は音楽で満ちあふれているように感じる。様々な音の息吹があって、こんな風に自然に音楽ができたらいいなと思う。
 Lisaは、「次のクラスまでに "Listening" をすごく静かな場所とすごく色んな音が存在する場所でしてきてね」と言った。私は、部屋、公園、トンネル、カフェ、電車、街で、耳を澄ませた。もう少し暖かくなった頃には、山や湖で耳を澄ませてみたい。日本の田舎の山や川の音も聴きたい。
 このリンクは、この一週間と、それ以前に私がオスロに来てから録り集めたオスロの暮らしの音たちである。音質はあまりよくないが、ふとした時間に聴いていただいて、空気感みたいなものを感じていただけると嬉しい。

オスロの音:https://soundcloud.com/oslosounds

田中鮎美:
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。
その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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