# このCD2015国内編#05
『Masaki Hayashi / Pendulum』
text by Hideo Kanno 神野秀雄
SPIRAL RECORDS XQAW-1108 2015年9月2日発売 |
Masaki Hayashi 林 正樹 (Piano)
Antonio Loureiro (Vibraphone, Voice)
Joana Queiroz (Clarinet),
Kazuma Fujimoto 藤本 一馬 (Guitar)
Saigen Tokuzawa 徳澤 青弦 (Cello)
Fumitake Tamura (Electronics)
1. Flying Leaves
2. Bluegray Road
3. Initiate
4. Kobold
5. Teal
6. Shadowgraph
7. Paisiello St.
8. Ripple
9. Thirteenth Night
10. Butt
11. Jasper
12. Pendulum
All Composed and Arranged by Masaki Hayashi
Recording Engineer: Okuda Yasuji 奥田泰次 (Studio MSR)
Photos: Marcel Bovis
その美しい音の空間と時間の流れにやられたと感じたアルバムが、現在の日本で最も注目したいピアニスト林正樹が9月にリリースした『Pendulum』。これまで『間を奏でる』などのグループでのインタープレイやピアノソロによって作ったアルバムも素晴らしかったが、今回は、作曲(コンポーズ)とサウンドデザインによりフォーカスし、各楽器の名手によるさまざまな構成を自在に贅沢に組み合わせながら、サウンドの宝石箱を創りあげた。
各曲がそれぞれに構成美とどこまでも美しい響きを魅せながら、それでいて自己主張し過ぎることがなく、自然に繋がり流れて行く。穏やかな時間の流れに優しく包まれるようであり、他方、あまりの浮遊感に自分のいる時間と空間の感覚を喪失するようで不安にもなり、林正樹の音楽と心の深い森に迷い込んだかのようだ。持続するテクスチャーの上を浮遊し、ときに、聴き始めたばかりのつもりで、やがて最後の<Pendulum>が聴こえて、時間の物差しを見失うことを実感する。Pendulum=振り子が時間と空間を実視化する存在であり(フーコーの振り子で地球の自転が見える)、また振り子が催眠術の基本ツールであることとも結果的に無縁ではないだろう。ブライアン・イーノから始まるアンビエント・ミュージックのひとつの完成形でもあり、それを超えるものだ。
何度か聴いていて気付いたのだが、この感覚はケニー・ホイーラー、ジョン・テイラー、ノーマ・ウィンストンによる『Azimuth』(ECM1099, 1977)を初めて聴いたときに近いと思い当った。敷き詰められたテクスチャーの上で、美しい音たちが舞う。ジョン・テイラー来日時、林がジョンと最大限の敬意を持って話していたのが思い出される。林によるジョン・テイラー追悼文も参照されたい。
各楽器を最高の音色で奏で、林のサウンドを共に創るゲストたちにも注目したい。orange pekoeで活躍しながら、ソロギタリストとして特異な存在感を魅せる藤本一馬、この二人と橋爪亮督(sax)を加えたユニットも始動したばかりだ。ブラジルから参加したAntonio Loureiroのヴォイスとヴィブラフォンは、2曲目<Bluegray Road>から濃密なピアノとの響き合いを魅せる。坂本龍一プロデュースによるアルバムをリリースし、Flying Lotus に才能を認められた世界的な電子音楽家 Fumitake Tamura。そして、徳澤青弦のチェロ、Joana Queirozのクラリネットの音が林のピアノに溶けていく。
林は、渡辺貞夫、エリック・ミヤシロ、菊地成孔、小野リサ、椎名林檎などのミュージシャンに重用されてきた。クラシックや、アルゼンチン、ブラジルを含むワールドミュージックへの繋がりも深い。ブルーノート東京・オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロの演奏を聴く機会は多かったが、モントルーでは林のピアノソロに観客が静まって耳を傾けていたのが印象的だったし、2015年にパット・メセニーと共演した<The First Circle>も記憶に残る。またモントルーやジャカルタのジャズフェス会場では、時間の許す限り他のミュージシャンの演奏に耳を傾け、貪欲に吸収しようとする姿に心を打たれた(そうではない向きは多い)。スター性を発揮するというタイプではないが、自身のいくつものプロジェクトで独自の音楽を創り出し、そして渡辺貞夫らを的確にサポートし、グループの音に輝きと優しさを添える。2016年に林がどんなミュージシャンと共演するかも楽しみであり、林の探検と実験が生み出す、これまで聴いたこともない新しい音を楽しみにしたい。
【関連リンク】
林正樹オフィシャルウェブサイト
http://masakihayashi.com
『Pendulum』公式PV
https://youtu.be/FxheW3KN2pA
Sound Cloudで試聴
https://soundcloud.com/spiral-records/sets/masaki-hayashi-pendulum
【JT関連リンク】
追悼 ジョン・テイラー 〜 林 正樹 「into your whirlpool」
http://www.jazztokyo.com/rip/taylor/taylor.html
林 正樹 & 西嶋 徹 雑司ヶ谷 エル・チョクロ(2015.5.9)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report820.html
ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン 2015
(パット・メセニー with ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ featuring スコット・コリー & ダン・ゴットリーブ ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report851.html
Jakarta International Java Jazz Festival 2015
(レポートに記載されていないが、小野リサ グループにも参加した。)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report809.html
ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ, スペシャルゲスト: リチャード・ボナ (2015.1.18)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report771.html
東京JAZZ 2014
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール スペシャルゲスト UA
http://www.jazztokyo.com/live_report/report739.html
モントルー・ジャズ・フェスティバル 2014
ジャパン・デイ ブルーノート東京・オール・スター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ with スペシャルゲスト 小野リサ (2014.7.11)
http://www.jazztokyo.com/live_report/report728.html
神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの“共演”を果たしたらしい。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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