Vol.43 | マッツ・グスタフソン@スーパー・デラックス 2015
Mats Gustafsson @Super Deluxe 2015
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江

『聴いたら危険!ジャズ入門』(アスキー新書)という本がある。小説家田中啓文が「いわゆるフリージャズを応援したい、紹介したいという気持ち」から出版した本だ。彼がセレクトしたジャズ・ミュージシャン60数名の横顔が紹介されているが、小説家が書いているだけに、ミュージシャンのキャラが上手く捉えられていて面白い。本屋でその本を見つけて買った帰り、電車の中で読み始めてしまい、こみ上げてくる笑いをこらえるのに一苦労した。それでも時々クスッと笑いが漏れてしまい、慌ててそれをのみ込んでいた次第である。なにしろ最初のページでペーター・ブロッツマンを「サックスの破壊獣」と紹介することから始まるのだから…。

この本で、もうひとり怪獣に例えられて紹介されていたミュージシャンがいた。それが「ゴジラ級の大怪獣」マッツ・グスタフソン。田中啓文はこう書いている。
「これほどの怪獣が出現するのは10年、いや30年に一度ぐらいではないか、と思えるほどのモンスターだと思う。怪獣といっても、ペギラやネロンガクラスではなく、ゴジラ、キングギドラ、ヘドラあたりに匹敵するような大怪獣である」
現在のグスタフソン、例えばインゲブリグト・ホーケン・フラーテン(b)とポール・ニルセン・ラヴ(ds)との「ザ・シング」、あるいは「ファイアー!」((グスタフソン、ヨハン・バットリング(el-b)、アンドレアス・ヴェルリーン(ds))のようなグループで、彼がバリトンサックスを吹きまくるその姿を目にし、その轟音を至近距離で浴びた経験のある人ならば、きっとこの文章に「うん、うん」と肯くに違いない。しかし、私の第一印象は違ったのである。

最初にグスタフソンを「発見」したのは1992年のメールス・ジャズ祭、ギュンター・クリスマンの「ヴァリオ VARIO」である。1979年に始まったこの実験的なプロジェクトでは様々な演奏家や表現者によるセッションが試みられていた。1992年は「ヴァリオ33 ニュー・ヴォイセズ」と名付けられていて、クリスマン以外の出演者は若手ミュージシャン、アレクサンダー・フランゲンハイム(b)、ミヒャエル・グリーナー(ds)、マッツ・グスタフソン(reeds)、ルディ・マハール(bcl)だった。今と変わらぬ姿でバスクラリネットを吹くルディ・マハールの演奏に仰天し、グスタフソンのブロッツマンを彷彿させるようなテナーサックス(バリトンではない)の音量に驚かされたことは記憶に新しい。グスタフソンの咆哮ぶりに、20年前のフリージャズが突然変異して甦ったのかとは思ったが、20年後には「ゴジラ級の大怪獣」に例えられるとは想像だにしなかった。確かに今思えばその萌芽はあったといえる。
しばらくして、シカゴのOkka Diskからリリースされたハミッド・ドレイクとのCD『フォー・ドン・チェリー』をかけた時、あのサックス奏者だと気がつくのにそう時間はかからなかった。いつのまにかシカゴのミュージシャンと交流するようになっていたことが不思議だった。それからほどなくして、ブロッツマンがシカゴ・テンテット/オクテットをスタートし、メンバーとなる。私が2度目にグスタフソンの姿を見たのは1999年のベルリン・ジャズ祭で、ブロッツマンのシカゴ・オクテットで、グスタフソンも作品を提供していた。この強者揃いのバンドでの演奏で、彼の進化ぶりを目の当たりにしたのである。

この十年くらい度々来日するようになったグスタフソンだが、その活動は多岐にわたる。日本でもお馴染みの「ザ・シング」、ブロッツマンの「ソノーレ」、バリー・ガイの「ニュー・オーケストラ」。そしてまた、いわゆるフリージャズ・ファン以外にもその名を知らしめたソニック・ユースやサーストン・ムーア、あるいはジ・エックスとの共演など。
その中でも今私が一番注目しているのは、トリオ編成の「ファイアー!」を発展させ、2012年に立ち上げた総勢28名の「ファイアー!オーケストラ」だ。ジャズ、即興音楽、ロック・シーンなどで活躍するスウェーデンのコアなミュージシャンが集合しただけに、あらゆる方向に開かれたオーケストラで、ヴォイスやエレクトロニクスも絡み合せ、サウンドを有機的に構築していく。今一番ホットで注目すべきオーケストラに違いない。ヨーロッパをツアーし、2014年にはベルリン・ジャズ祭などにも招かれている。一度ステージを観てみたいと思う数少ないオーケストラのひとつだ。

演奏家としてのグスタフソンは、マルチ・リード奏者だと思っていたら、いつの間にかバリトンサックスでは右に出る者がいない猛者ぶりを発揮するようになっていた。タンギングの凄さ、硬質な音質、音量、音圧、バリトンサックスとは思えない激しい演奏、だが、ダイナミスクスも含めて非常に鍛錬された音を吹く。音楽への向き合い方、「フリーダム」を希求する姿勢といい、まさに“サックスのヘラクレス”の遺伝子を受け継いだミュージシャンといえよう。

写真は12月上旬にザ・シングで来日した時のショット。坂田明(as, cl)と今井和雄(g)をゲストに迎えてのギグだった。今井とのファースト・セットは初顔合わせということもありフレッシュでスピード感あるセッション、坂田とのセカンド・セットは旧知のミュージシャン同士ならではの絶妙なインタープレイ、全員によるアンコールも含め濃縮されたひとときが終わると、得も言われぬ爽快感があった。

横井一江 Kazue Yokoi
北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。

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