#  1003

『磯端伸一 ソロ&デュオ with 大友良英/EXISTENCE イグジスタンス』
text by 剛田武


時弦プロダクション jigen 008 2,300円(税込)

磯端伸一(g)
大友良英(g)

1. 鏡の子供… a child in mirror
2. 斑猫… tiger beetle
3. duo untitled 1
4. 夕立… shower
5. 鰍… "kajika" japanese fluvial sculpin
6. 晩夏… late summer
7. duo untitled 2
8. 小妖精… two elves
9. 絣… "Kasuri" splashed-pattern
10. duo untitled 3
11. 綿飴… cotton candy
12. 影絵… sunset line around a hill
13. duo untitled 4
14. 街灯… streetlight
15. 鰯雲… cirrocumulus
16. びいどろ… vidro
17. duo untitled 5
18. ほたるぶくろ… bellflower
19. 真鍮…brass
20. 優しい午後… calm afternoon
21. 海と坂道…sloping road with sea view
22. 鱗粉… butterfly scales
23. duo untitled 6
24. 月下美人… queen of the night

all tracks improvisation by SHIN'ICHI ISOHATA
and duo improvisation with OTOMO YOSHIHIDE (3,7,10,13,17,23)
recorded by Owa Katsunori at Studio You Osaka 1/16〜2/12/2013
edited and mixed by Miyamoto Takashi
mastered by Owa Katsunori at Studio You 3/18/2013
produced by Miyamoto Takashi

 高柳昌行が没してからはや22年になる。彼の日本のジャズ・シーンに於ける功績の大きさは疑い様はないが、関わった人々には様々なアンビバレントな感情をもたらすのもまた事実である。それは常に真摯にジャズ・即興音楽表現の在り方を自問自答する求道者であり、それを次世代に伝える良き教育者である一方で、その余りに厳格で卓越した自意識と痛烈な批判意識・闘争精神が同時代のシーンに「痛み」を与えざるを得なかった、という両義性に依るものであろう。とくに高柳の私塾で直々に指導を受けた「門下生」と呼ばれる演奏家にとっては、高柳は敬うべき師匠であり、超えなければならない壁であり、批判すべき対象であった。具体的な教育方針・方法に関しては語られることはないが、高柳に近づけば近づくほど相反する感情の落差が増すようである。

大阪出身のギタリスト磯端伸一は1985年から高柳昌行スクールで学び、それまでの音楽の概念を覆される経験をしたという。先輩に教室の運営・高柳の演奏スタッフを務めた大友良英がいる。教室運営や演奏会コーディネートを担うほど高柳と親密な師弟関係を結びつつ、後に反発し現在は当時の経験を「怖い教室」とジョーク交じりに語る大友に対して、磯端は教室では目立たぬものの丁寧に講義をノートに取る真面目な生徒だったという。
お互い同門の演奏家でありながら、17年間交流が途絶えていた大友良英とは、2005年に再会し京都と東京で共演を果たした。東京での演奏が2009年に『Isohata Shin'ichi × Otomo Yoshihide Guitar Duo× Solo』として限定リリースされた。解説書で大友は、高柳のもとを飛び出した自分と、教室に残った磯端との心のわだかまりと誤解が氷解したこの再会について思いを綴っている。
それから8年経ち、ベース奏者でもあるプロデューサーの宮本隆の提案により録音されたのが本CDである。
大阪で版画作家、小谷廣代が経営するアート・カフェ、シェ・ドゥーブルを拠点に活動する磯端は、毎日7時間以上の練習を欠かさぬ求道家であり、シェ・ドゥーブルに併設されたギャラリーのアート作品に囲まれたスペースで、ソロを中心とする即興演奏を「EXISTENCE」と題したシリーズで続けている。その記録として制作された本CDには、宮本は複数のゲストを提案したが、磯端の意向で大友ひとりを迎えてレコーディングされた。
小谷廣代による抽象的ながら記憶の奥のデジャヴ感を喚起するアートワークに包まれて提示された24の小品集。ソロ演奏の18曲には磯端自身による表題が付けられており、アブストラクトな演奏に意味性を与えイメージを広げる。
細い糸の上を爪先立ちで進むような張り詰めた緊張感が全編を通して貫かれており、磯端の卓越したテクニックと高い抽象化作用が漲っている。感情よりもクールな即物性の高い音響は、高柳がしばしば言及したレニー・トリスターノに通じる。アコースティック・ギターを中心にヴォリューム奏法や弓弾きなどを駆使した演奏は、ジョン・ケージのプリペアド・ピアノを思わせる1・16、アンビエントな11・15、詩情あふれるアルペジオの4・8など様々な表情を見せる。驚くのはすべてオーバーダブなしで録音されたということである。タイムディレイを使った12・15・20や、特に右手で弓を使いながら左手はネックの弦を指で叩く奏法による2・18・24は磯端以外にはなし得ない個性的な演奏法である。実際に生演奏を観てみたいものだ。
6曲収録された大友とのデュオには表題はない。具体的なタイトルはあくまで磯端自身の演奏にのみ付けるべきであり、他者との交感による演奏は別個の世界だからであろう。同じ高柳理論の実践に於いて方法論は真逆といえる両者の演奏だが、ノイジーな音色で空間を引き裂く大友と澄んだ音響が拡散する磯端のフレーズが絡み合うことで醸し出される緊張と同時に意外なほどの親和性には、「暫時投射」と「集団投射」に象徴される高柳理論の核のひとつ、相反する要素の共存・同時性に基づいているように思える。90分以上の音源ソースから磯端自身が抜粋したものだが、次第に両者が近づき、最後の23では区別のつかない音色にメタモルフォーゼするのが面白い。
大阪というローカル・シーンに根ざした真にインディペンデントなアート作品であり、比類なき才能を世に知らしめるCDである。一人でも多くの音楽ファンにお聴きいただきたい。(2013年6月15日記 剛田武)

剛田 武(ごうだ・たけし)
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」
http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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