#  1005

『ギラ・ジルカ/デイ ドリーミング』
text by 悠 雅彦


Jump World DDCZ-1881 ¥ 2,940 (税込)  

1.Phoebe
2.Love for Sale
3.Come Fly with Me
4.Day Dreaming
5.My Funny Valentine
6.The First Time Ever I Saw Your Face
7.Summertime
8.Sleeping with an Angel Who Broke My Heart
9.Fate & Promises
10.Moonlight Serenade
11.What a Wonderful World
12.When the Party' s over

ギラ・ジルカ(vcl)
with 竹中俊二(g) 野力奏一(p) 古川初穂(p) 深井克則(p) 中村健吾(b) コモブキイチロウ(b) SOKUSAI (b) 八尋洋一(b) 加納樹麻(ds) 岩瀬立飛(ds) 岡部洋一(perc) TOKU (flh) 矢幅歩(vcl)

録音:2013年3月10、11、18、20日@Studio Dede Air東京・目白
サウンド・プロデューサー:竹中俊二
録音エンジニア:岡本 司
ミキシング・エンジニア:ニラジ・カジャンチ
マスタリング・エンジニア:間部敬克(クラウン・マスタリング・スタジオ)
ディレクター:三田晴夫(ジャンプ・ワールド)

 はじけるように躍動するギラ・ワールド。リラックスした雰囲気を楽しめる新作

 前々作というより、初のソロ・アルバム『all Me』が我が国のジャズ・ヴォーカル界の話題をさらったギラ・ジルカ。本作に先立って発売された矢幅歩とのデュエット作も予想通り好評を博していると聞く。そうしたギラの好調ぶりに彼女ならではのノリのよさが加味したこの第3作は、いい意味でギラ・ワールドがはじけるように躍動していて、聴く方もスムースにリラックスした雰囲気を楽しめる1作となっている。
 ただし、前々作で受けたような目をみはる驚きはない。だからといって前々作より内容が劣るという意味ではない(第2作の『Appearance』を無視しているわけでもむろんない。それほど『all Me』は少なくとも私には衝撃的だった)。『all Me』の驚きを体験した私たちを、あの傑出した『all Me』でギラのジャズ・ヴォーカリストとしての恐るべき能力を知った私たちを、それ以上の感動と驚きでノックアウトするのは彼女ならずともまずほとんど不可能といってよいからだ。これは私の勝手な想像だが、彼女は自らをジャズ・ヴォーカリストに特化させることを賢明に避けながら、ソウルなどのポップスも歌えば自己のオリジナル曲創作にも意欲を発揮し、その上コーラス活動でも活躍するなどオールラウンドのヴォーカリストを目指しているように見える。今やジャズ歌手が名誉ある地位にあるといった時代ではない。それは『all Me』でもうすうす感じられたことだが、表立ってはいなかった。何よりジャズ・シンガーとしての歌唱力がアルバムの魅力の大半を占めたといっていいほど、彼女のジャズ・シンガーとしての底力、センス、テクニックが際立っていたという以外の何物でもない。
 さて、全12曲のうち彼女のオリジナルが4曲(1、8、9、12)。アレサ・フランクリンの<デイ・ドリーミング>は当然ながらM7<サマータイム>もソウル風クッキングで、一方、詩も曲も自ら手がけたM1<フィービー>、M8<スリーピング・ウィズ・アン・エンジェル・フー・ブローク・マイ・ハート>はボッサ風、あるいはスイング時代のM10<ムーンライト・セレナード>をポップ調に料理するなど、全体を通して聴くとジャズ・ヴォーカルのニュアンスがつとめて色濃くならないように配慮した跡がうかがえて印象深い。
 個人的にとお断りした上で言えば、一番強く印象に残ったのはコール・ポーターM2<ラヴ・フォー・セール>。聴きようによっては酔いが回っているような歌いぶりにも、あるいはそれこそベランメェ口調の歌い回しにも感じられる。こんな風に薄暗い街角に立って"売り物の恋"を演技するような歌い方をして聴くものを惹きつけた<Love for Sale>は初めて。ニーナ・シモンだったかエッタ・ジョーンズだったか記憶は定かでないが、誰だったかこんなニュアンスで歌ったシンガーがいたような気がするのだが、思い出せなかった。次のM3<カム・フライ・ウィズ・ミー>も異色といえば異色。フランク・シナトラ以外にこの曲を歌った人を思い出せないほど、ジャズ系の人でこの曲を聴くのはむしろ珍しい。むろんここでもギラはシナトラ色を一掃する歌い方で聴くものを挑発する。この正統性に反旗を翻すような表現法、といいたいところだが、そんなぎすぎすした言い方などを飛び越えた、これは遊び人的感覚といいたいほどギラの演技(唱法)がはじける。
 バラードの名曲M5<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>も、ギラはソウル風な調理法でイメージを一新してしまった。これはこれで悪くないが、ただしシンセの無機的ハーモニーやオブリガートが苦手な私には、多少の犠牲は払っても生のストリングスを使ってもらいたかったと思わずにはいられない。バラードといえば、M6<ザ・ファースト・タイム・アイ・ソウ・ユア・フェイス>とラスト・トラックのM12<ホエン・ザ・パーティーズ・オーヴァー>が胸を打った。前者は50年代末に英国で生まれたフォークソング。ロバータ・フラックのカバーでヒットしたこの曲を、ギラは奇をてらわないしっとりしたリリカルな表現でバラード唱法の粋を示した。フレーズの行間から雫がこぼれ落ちるよう。一方、後者は詩も曲もギラ自身。ジュール・スタインが50年代半ばに書いた<The Party's Over>という有名な曲があるが、ギラは短調のメロディーを子守唄のように、一抹の寂寥を含む唱法で聴くものを優しく包み込む。
 数曲にはゲストのTOKUのソロがあり、いわゆるギラ・ファミリーに加えて野力奏一や中村健吾らのゲストを含む12人のミュージシャンを4つのセッションに分けた音作りが効果を上げている。矢幅歩も1曲(M10)に参加。ギタリストでサウンド・プロデューサーの竹中俊二とギラががっちり手を組んで作り上げた充実味に富む新作である。(悠 雅彦)
関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/five/five717.html
http://www.jazztokyo.com/five/five831.html
http://www.jazztokyo.com/five/five985.html
http://www.jazztokyo.com/column/alley/22column.html

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