# 1007
『ロバータ・ガンバリーニ/シャドウ・オブ・ユア・スマイル〜オマージュ・トゥ・ジャパン』
text by 悠 雅彦
55レコード FNCJ−5553 ¥2,500(税込) |
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1. シャドウ・オブ・ユア・スマイル
2. フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
3. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー
4. エンブレイサブル・ユー
5. ノーバディ・エルス・バット・ミー
6. 雨の日と月曜日は
7. モーニン
8. プア・バタフライ
9. マイ・シャイニング・アワー
10. ウィスパー・ノット
11. アイ・リメンバー・クリフォード
12. サテン・ドール
13. 遥かなる影
14. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
ロバータ・ガンバリーニ (vo)
w.ジョージ・ケイブルス (p)
ジョン・ウェバー (b)
ヴィクター・ルイス (ds)
ジャスティン・ロビンソン (as,fl)
録音:ジョン・リー 2013年4月30日 ニュージャージー
プロデューサー:ラリー・クロージア+ロバータ・ガンバリーニ
今や成熟の頂点に達しつつあるガンバリーニの唱法
エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレェのいわゆる御三家の活躍で史上類をみない発展を遂げたジャズ・ヴォーカル最盛期がはるか遠い昔に思えるほど、彼女たちによってつくりあげられた王道が今日視界から遠ざかりつつあると感じているジャズ・ヴォーカル愛好家は、意外に少なくない。それだけ今日にジャズ・ヴォーカル界は百花繚乱といえば聞こえはいいが、実際には百花がドングリの背比べをしているかのよう。それはそれで活気があって面白いのだが、見栄えだけはさすがの百花たちも肝心のヴォーカル芸ではとてもハイ・レヴェルで切磋琢磨しあったかつての名歌手たちに太刀打ちできる人は数えるほどしかいない。そんな中にあってジャズ・ヴォーカルの王道に地道な挑戦をし続けているロバータ・ガンバリーニは、故ベニー・カーターやジェームス・ムーディらジャズの巨人たちから目をかけられながら、彼らの発散するジャズのエキスを吸収することで自らのヴォーカル芸に磨きをかけてきた得難いシンガーの1人。孤軍奮闘とはいえジャズの巨人たちの視線に耐える厳しい自己啓発がガンバリーニの今日をつくりあげたといってもいい、それにふさわしい優れた唱法を完成させつつある。バラード歌唱が多いこの新作を聴くと、ガンバリーニの唱法が今や成熟の頂点に達しつつあること、およびオーソドックスな唱法に彼女ならではの明るいセンスを加味しながら、ジャズ・ヴォーカルの伝統を継承しようとする意思さえ感じさせる貫禄を発揮している点で、彼女ならではの世界がカーテン越しに見えだしたような気がする。
『ソー・イン・ラヴ』から4年ぶりの新作と聞いて、もう4年も経つのかと改めて時の流れの速さを痛感する。そういえば、その間に青山の「ブルーノート東京」や丸の内の「コットン・クラブ」で何度か彼女のライヴを体験しており、とりわけロイ・ハーグローヴのビッグバンドで歌った彼女の熱唱は忘れがたい。だが、先にも触れたように、この新作はバラードが中心。じっくりと聴かせる趣向で選曲され、構成されている。添付されている資料には、世界に先駆けて日本でブレイクしたガンバリーニが感謝の気持ちを込めて日本のファンだけに贈るスペシャル・アルバムとあるが、詳しい説明がないので「オマージュ・トゥ・ジャパン」というサブタイトルで制作の意図を読み取るしかない。確かに、間をあけずに来演している印象があるくらい、彼女が好んで日本を訪れていることは間違いない。
単にバラード中心というだけでなく、全体の構成やアプローチも意表を突く。たとえばオープニングの「シャドウ・オブ・ユア・スマイル」(いそしぎ)。この曲でトニー・ベネットの右に出るシンガーはいないと思っていたが、彼女のこれ以上にないスロー・テンポで歌い上げる技量は舌を巻くほど。完璧と言いたいくらいに何一つほころびがない。それだけ集中力を発揮してのバラード歌唱と言ってよいだろう。次の「フライ・ミー〜〜」もオープニング同様、ガンバリーニは噛んで含めるようにじっくり歌って聴かせる。この、一語一語を噛んで含める歌い方は明らかに故カーメン・マクレェの唱法を踏襲したものといってよいが、彼女はそれを自家薬籠中の物にした感じさえする。後半で4ビートにしたのはチェンジ・オヴ・ペースの点でもうなづける。バラードばかりが続くと、いくらうまいといっても、聴く方がしんどくなる場合がある。また、この1作では可能な限り、彼女はヴァースから歌っている。これは賞賛に値する。3曲目の「サムワン・トゥ・ウォッチ〜〜」などはバックなし。音程や唱法に余ほどの自信がなければできない芸当で、その高度な技量とスムースに運ぶ感性が、ほとんど休みなしに次の「エンブレイサブル・ユー」へ持続されるのだから、この演唱だけでも二重丸だ。だから次の「ノーバディ〜〜」における急速調が映える。日本ファンを意識した彼女の選曲ぶりが(8)の「プア・バタフライ」にはっきり現れたといってよく、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」をヴァースに組み込んだアイディアがいい。往年のサラ・ヴォーンの名唱に迫る1曲と聴いた。
もちろんすべてに脱帽というわけではない。たとえば、「モーニン」や「ウィスパー・ノット」は、テーマ後のスキャットなどはさすがだが、この唱法だとせっかくのバラードの抜群の印象が半減してしまいかねない。私の推薦トラックは3、5、8、11、12。とりわけ12だが、こんなスロー・ミディアムで歌った「サテン・ドール」は初めて聴いた。このテンポでかくもリラックスして正調のエリントンを歌えるシンガーはガンバリーニしかいないかもしれない。老婆心で指摘しておきたいのだが、もし、またあれかとファンに釘を刺される歌い方をすると、彼女にとっては黄色信号になりかねない恐れがあるということ。恐らくこの次の吹込が彼女の正念場となるような気がする。逆に言うと、それだけの多くの現役歌手が束になっても敵わないほどの実力のほどが発揮された1作である。
バックに触れるスペースがもはやない。ピアノのジョージ・ケイブルスはもう40年近く前、彼の初リーダー作をプロデュースした間柄だから本当なら絶賛したいところだが、彼女を暖かく包み込んで守り立てている演奏ぶり。好感は持てるが、彼ならもっと素晴らしい演奏が可能なはずだ。ジャスティン・ロビンソンのホーンも本来ならもっと迫力が欲しい。ヴィクター・ルイスがさすがというべきドラミングで善戦している。(悠 雅彦/2013年7月10日記)
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