#  1008

『トーマス・エンコ/ジャック&ジョン』
text by 望月由美


Eighty-Eight's EECD-8802
3,000円(税込)

トーマス・エンコ(p)
ジョン・パティトゥッチ (b)
ジャック・ディジョネット (ds)

1.ガストン (T.Enhco)
2.アイム・オールド・ファッションド(J.Kern)
3.ア・タイム・フォー・ラヴ (J.Mandel)
4.エボニー (J.DeJohnette)
5.ジャック&ジョン(T.Enhco)
6.パノニカ (T.Monk)
7.オール・オア・ナッシング・アット・オール(A.Altman)
8.ショパンのエチュードOp.10,No.6 (F.Chopin)

プロデューサー:伊藤“88”八十八(Eighty Eight Inc.)
エンジニア:鈴木良博(Sony Music Studios Tokyo)
マスタリング:鈴木“C-Chan”浩二(Sony Music Studios Tokyo)
録音:2012年1月29日 ニューヨーク、アヴァター・スタジオにて録音

若々しさと円熟したテイストが入り混じったトーマス・エンコの魅力

 1曲目<ガストン>の立ち上がり、ジャック・ディジョネット(ds)のシンバル・レガートが快調なリズムを設定し、そこにジョン・パティトゥッチ(b)が加わる。何かが起こりそうな二人の対話に耳をそばだてていると颯爽とトーマス・エンコ(p)が加わり爽やかにスイングする。ピアノ、ベースのソロに続いてトーマスとディジョネット二人の掛け合いが始まる。ディジョネットの乾いたスネア、バスドラの連打、そしてシンバルの嵐。ジャズはドラムにあり、そしてその上にピアノ、ベースがソロをとり全員がのびのびと自己主張する。これこそジャズの醍醐味であり、GJTの生みの親、伊藤“88”八十八さんが永らく培ってきたポリシーではないかと推察するが、この1曲にその思いが凝縮されているように思う。初対面の3人がたった1日でここまで完成度の高い演奏を展開できるということを確信してレコーディングの場を設定し、そのとおり実現できるのはイースト・ウインド以来、永年トップ・アーティストの作品に携わってきたプロデューサー伊藤八十八さんの直感であり、また自信がなせる業ではないかと敬服する。
 ソニー・ミュージックの録音スタッフによる高音質のDSD録音、高品質のCD媒体も「Eighty-Eight's Label」の大きな魅力である。音量を上げれば上げるほどにジャズの臨場感、わくわく感と楽しさが増し「Eighty-Eight's Label」のポリシーがくっきりと浮かび上がる。
 (2)<アイム・オールド・ファッションド>はチェット・ベイカー(tp,vo)やトミー・フラナガン(p)など多くの人がとりあげているジェローム・カーンの曲。コルトレーンの『ブルー・トレイン』(Blue Note)で知った人も多いかもしれない。まだ23歳という若さでこの熟成、若々しさと円熟したテイストが入り混じってトーマス・エンコの魅力を形作っている。
 (3)<ア・タイム・フォー・ラヴ>はジョニー・マンデルの名曲。私事になるが筆者はここ10年程この曲が入ったビル・エヴァンス(p)の『アローン』(Verve)をナイト・ミュージックとして毎夜、就寝前に聴いているがトーマスもこのエヴァンスを気に入っているようだ。心持ちテンポをエヴァンスよりもスローにしてディジョネット、パティトウッチと睦みあいながら美しいメロディーを紡いでゆくあたりのトーマスのアイデアが粋でフランスの香りがほんのりと漂う。
 (4)<エボニー>はディジョネットの曲。ディジョネットの書く曲にはどれも牧歌的なメロディーと弾むようなリズムがありディジョネットの作風となっているが、この曲もいかにもディジョネットらしい踊りだしたくなるような曲。スペシャル・エディション時代のディジョネットを思い起こさせてくれるようなリズム・パターンが楽しい。パティトゥッチがアルコ・ソロでさらに盛り立てる。レコーディングの前、まだ一面識もないトーマスにディジョネットが電話を掛けてきて電話越しにピアノを弾いてトーマスに聴かせてくれたというエピソードがライナー・ノーツに載っている。ディジョネットの若いトーマスへの優しい心配りがトーマスをリラックスさせ、のびのびとピアノに向かわせたようだ。
 (5)<ジャック&ジョン>は文字通りトーマスがジャック・ディジョネットとジョン・パティトゥッチの二人をリスペクトして書いた曲というが、キースのスタンダーズ・トリオを想い起こさせるような3者のインター・プレイはなかなかの聴きものでトーマスの将来の道が見えるようだ。
 (6)<パノニカ>は言うまでもなくモンクの曲。モンクは『ブリリアント・コーナーズ』(Riverside)でチェレスタを弾き霞がかかったようなミステリアスな愁いを漂わせていたが、トーマスはそれよりも幾分テンポを速めて明るくスインギーに演奏している。
  (7) <オール・オア・ナッシング・アット・オール>はシナトラの代表的なレパートリーで知られる曲で、モダン・ジャズ愛好家にはコルトレーンの『バラード』で親しまれている曲であるがここではディジョネットの千変万化のリズムに酔う。ディジョネットのセンシティヴなドラミングに乗ってトーマスも軽やかにスイングしている。
 ショパンの(8)<ショパンのエチュードOp.10,No.6>、導入部のトーマスのピアノが美しい。原曲の美しさを活かし、若鮎のようにぴちぴちと鍵盤を跳ねるトーマスの手が眼に浮かぶようだ。パリっ子トーマスの瀟洒でエレガンスなエスプリが伝わってくる。
 これまで、ソニー・ミュージック・アーティスツから発表されてきた名門レーベル「Eighty-Eight's Label」が新たに「シーズン2」としてスタート、トーマス・エンコの『トーマス・エンコ/ジャック&ジョン』がその記念すべき第一弾に選ばれている。寺久保エレナ(as)やボブ・ジェームス(p)、ケニー・バロン(p)、ターニャ・ダービー(tp)など錚々たる顔ぶれのリリースが順次予定されている「Eighty-Eight's Labelシーズン2」の中で、本作がその新たな船出のトップに選ばれたのはトーマス・エンコがフランス・ジャズ界の貴公子というキャッチ・フレーズに留まらずジャズの伝統を大切にし、そこからさらに新しい領域にチャレンジする姿勢がレーベル・イメージにぴったりと合ったからではないだろうか。
 トーマス・エンコはこのレコーディングがきっかけでニューヨークにも居をかまえ、パリとニューヨークを行ったり来たりの音楽生活を送るようになっているという、これからのワールド・ワイドな活躍に注目したい。
 なお、トーマス・エンコは兄デイヴィッド・エンコ(tp,flh)と共に来日し、アルバム『トーマス・エンコ/ジャック&ジョン』発売記念コンサートとして7月14日の東京吉祥寺「サムタイム」を皮切りに全国で「エンコ・ブラザーズ・ツアー」を行う予定。(2013年7月 望月由美)

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