#  1021

『寺久保エレナ/ブルキナ』
text by 望月由美


Eighty-Eight’s
EECD-8803 3,000円(税込)

寺久保エレナ(as)
ケニー・バロン(p)on 1〜10
ロン・カーター(b)
ジミー・コブ(ds)on 3,4,5,6,8,9,10
レニー・ホワイト(ds) on 1,2,7

1.ブルキナ (寺久保エレナ)
2.ウォームス(寺久保エレナ)
3.アズール・セラペ (V.Feldman)
4.エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー (M.Dennis)
5.アイム・イン・ザ・ムード・フォー・ラヴ(J.McHugh)
6.酒とバラの日々 (J.Mercer-H.Mancini)
7.ムーヴ (D.Best)
8.マイ・アイディアル (N.Chase-R.A.Whiting)
9.ネヴァー・セイ・イエス(N.Adderley)
10.ステイ・ビユーティフル(寺久保エレナ)
11.ザッツ・オール(A.Brandt-B.Haymes)

プロデュース:伊藤“88”八十八
エンジニア:鈴木良博
マスタリング:鈴木“C-Chan”浩二
録音:2013年4月21、22日ニューヨーク、アヴァター・スタジオにて録音

エレナの全力疾走は忘れかけていたジャズの原点を想い起こさせてくれる

 寺久保エレナのニューヨーク録音3作目はピアノにケニー・バロン、ベースにロン・カーターという前作『ニューヨーク・アティチュード』(Blue in Green)で共演しエレナをよく知る二人にドラムが曲によってジミー・コブまたはレニー・ホワイトが加わるというワンホーン・カルテット。これまでの2作で唄もの、スタンダードの上手さは充分に証明されている。今回の興味のポイントはエレナのオリジナル曲である。エレナのオリジナルは3曲入っているが、まず1曲目の(1)<ブルキナ>と2曲目の(2)<ウォームス>が今のエレナの心境をストレートに表現しているようで興味深い。1曲目の<ブルキナ>はかなり速いテンポで一気に吹きまくる。一直線にまっしぐら、9分強という長さを最初から最後までテンションを高めたままエネルギッシュに吹きまくる。この密度の濃さ、力強さはわずか1年半のボストン生活で身につけたものなのか、とにかく自信に満ちている。知らず知らずの内にコルトレーンの<インプレッション>と重ね合わせて聴いた。コルトレーンはエルヴィンと対峙してエネルギーを炸裂させた。エレナはこの曲のドラマーにレニー・ホワイトを選んでいるが、これが功を奏してレニーのアグレッシヴなリズムによってエレナは思いきり吹きまくっている。最近、ソフトな作品が多く目立ってきているなかで、エレナの全力疾走は忘れかけていたジャズの原点を想い起こさせてくれるようだ。2曲目の(2)<ウォームス>は<ブルキナ>とはうって変わってゆっくりとしたペースでかみしめるように吹く。コルトレーンが激しい<インプレッション>のあと<アフター・ザ・レイン>で静かな安らぎを提示したようにエレナもゆったりと滑り出す。しかし演奏は直ぐに熱を帯び『オラトゥンジ・センターのコルトレーン』(impulse!) <オグンデ>のようにぐんぐん燃えてゆくのはエレナの若さとみなぎるエネルギー故か。ケニー・バロンも心なしかマッコイのように躍動感のあるプレイでエレナを好サポートしている。もう1曲のオリジナル(10)<ステイ・ビユーティフル>は前の2曲とはやや趣きが違って、モンクの<ブルース・ファイヴ・スポット>に似たグルーヴィーな曲想。この曲が収められたモンクのファイヴ・スポットでのライヴ盤『ミステリオーソ(CDボーナス・トラック)』(Riverside)ではジョニー・グリフィン(ts)の壮絶なブローが聴かれたがここでのエレナはジミー・コブ(ds)のずっしりと安定したリズムにのって重心の低い骨太の音で親しみ易いテーマを大らかに歌いあげている。
 また、ここに収められたスタンダード曲も過去の名演に引きずられることなくエレナ自身のスタンダードとして堂々と謳いあげているあたりは21歳とは思えない熟成度である。たとえば (3)<アズール・セラペ>はご存知キャノンボール・アダレイ(as)の『アット・ザ・ライトハウス』(Riverside)で知られるヴィクター・フェルドマンの曲。キャノンボールはエレナのアイドル・プレイヤーと聞いているが、エレナの音もキャノンボールに似て芯の太いがっちりした音で力感が増している。ロン・カーター(b)、ジミー・コブ(ds)の安定したリズムにのって、ときにソニー・クリス(as)のような泣きも聴かせる。マット・デニスの(4)<エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー>は沢山の歌い手やミュージシャンが演奏している名曲なので、人それぞれの<エヴリシング〜>があると思うが、私の場合は<エヴリシング〜>はチェット・ベイカーの蒼白いクールなプレイを想いうかべる。パーカーを信奉するエレナは当然パーカーの『ウィズ・ストリングス』(Verve)に耳を傾けていると思うが、ここでのエレナはパーカーとは違った語り口でエレナ自らの<エヴリシング〜>をつくり上げている。スローなテンポで低い音から高い音まで広い音域を使い、時にはサブトーンも交えておおらかに歌いあげている。
 最後の(11)<ザッツ・オール>はエレナとロン・カーターとのデュオでロン・カーターの好バッキングに支えられて原曲のメロディを素直に吹ききる。アルトでテナーのような低音をだして女性とは思えない豪放さをかもし出している。
 エレナはボストンに旅立つ前に、音楽はもとより、語学を身につけ、アメリカでの生活を体験し、新たに出会う友人との交流を深めることが一番の目標だと語っていた。前作『ニューヨーク・アティチュード』(Blue in Green)録音から2年、バークリーに学んで1年半、この間のエレナの音楽体験は彼女のブログ等での情報でしか知らないが、数多くのトップ・ミュージシャンとのセッションに加わり互角に渡り合っているようだ。真面目に自分の音と向き合う姿勢はまだ21歳とは思えず頼もしいかぎりである。(2013年8月 望月由美)

録音評:
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_170.html
『寺久保エレナ/ノース・バード』
http://www.jazztokyo.com/five/five688.html
『寺久保エレナ/ニューヨーク・アティチュード』
http://www.jazztokyo.com/five/five802.html

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