#  1023

『白崎彩子/Some Other Time』
text by 悠 雅彦


Jan Matthies Records
JMR 201301

白崎彩子 (piano)
植田典子 (bass)
クインシー・デイヴィス (drums)

1.Sunrise
2.3 Steps Forward
3.Yosaku(与作)
4.Some Other Time
5.Oleo
6. April in Paris
7.My Man' s Gone
8.Long Ago and Far Away
9.Sophisticated Lady
10.Antagata Dokosa (あんたがたどこさ)
11.Peace of Mind
12.Hope

Recorded May 10,2013 at Systems Two, Brookliyn,NY
Recording Engineer:Mike Marciano
Mixing & Mastering Engineer:Kazutaka Noda at studio-wa
Produced by Ayako Shirasaki

佳境を迎えた白崎彩子の歌が聴こえる無言歌集

 在ニューヨークのピアニスト、白崎彩子の新作。『ミュージカル・ユアーズ』(What's New)でのジャズ・スピリットの横溢する演奏を聴いて新鮮な感銘を受けたのが3年ほど前だったか。もっとも、彼女にとって第2作に当たるこのアルバムは2005年の吹込で、昨年の4月に南青山の「Body And Soul」で初めて彼女のライヴ演奏を聴いたときは、躍動感溢れる演奏ぶりといい、舞い滑るような滑空感のあるフィンガリングといい、聴きようによっては『ミュージカル・ユアーズ』とは別人の趣きすら感じさせる活気に富む境地を生み出していて目をみはらされた。井上陽介、広瀬潤次という日本を代表するベースとドラムの名手のサポートを得たことで、上々のコンビネーションを実現させた喜びも手伝って気分が乗ったということもあるだろうが、恐らくこういうスポンテニアス(自発性に富む)なプレイや気持のやり取りが彼女の本来の狙い、あるいは身上に違いないと得心したことを思い出す。この新作は、言ってみれば1年半ほど前の「Body & Soul」での演奏をコンパクトに再現したかのような、別の言い方で表せば頭でっかちな演奏法から離れて、つまりライヴ演奏とは違って乗りのりで羽目を外すことはないものの、それにふさわしいリラックスしたスタジオ吹込演奏となっている。『ミュージカル・ユアーズ』の印象が強いまま聴けば物足りなさを覚えるくらい、軽快なリズムと分をわきまえた3者のコンビネーションによるバランス上々のプレイで楽しませる1作といってよい。
 オープニングは白崎のオリジナル曲<サンライズ>だが、軽いボサノヴァ風リズムの滑り出しには「Body And Soul」の再現の期待が大きかったせいかやや拍子抜けした。だが、聴き進むうちに、ここでの白崎には彼女なりの考え方、コンセプト、あるいは狙いがあって、この新作の演奏に臨んでいることが少しづつ見えてくる。彼女は私のメールに答えてくれた。「これは私の無言歌集です」、と。すなわち彼女は、歌詞はないものの聴けば誰もが口ずさめるアルバムをつくりたかったのだろう。たとえば、メンデルスゾーンの「無言歌集」、シューベルトの「楽興の時」あるいはグリーグの「抒情小曲集」のジャズ版とでもいえばいいかもしれない。彼女はこうも書いている。「今日のモダン・ジャズでは曲を再構築したりするためメロディがどこかに行ってしまったり、必要以上に高度な和声やリズムを用いて、結果的に音楽を難解にしているきらいがあります。その結果、歌が聴こえないのです。歌えない音楽はもはや音楽ではないとすら思います」。彼女の指摘はこの世界でものを書いている私にも耳が痛い。とはいえ、音楽には様々な聴き方がある。私自身は彼女のこの発言とは相容れないジャズにも共感を持つが、そんな私でさえ歌が聴こえてくるような無言歌集を作ろうと思った彼女の心情はよく分かる。問題はそれをどのようにひとつの形にするか。ピアノ・トリオで挑戦するなら、ベーシストとドラマーにどんな役割を期待するか。それらをひとつひとつクリアしたその結果として、演奏から歌が聴こえてくることになれば、白崎の狙いの大半は達成されたことになるだろう。それをもとに判定すれば、ベース奏者もドラマーも白崎のコンセプトを充分に理解した上でセンシティヴに、ときに張り合うような心意気でピアノ・トリオのひとつの美学に寄与しており、その点で快適なピアノ・トリオ作品となったといっても言い過ぎではないと思う。
 その点でベースの植田典子、ドラムスのクインシー・デイヴィスのここでのプレイは賞賛に値する。植田は10年近く前にニューヨークでギタリスト井上智のグループにおける演奏を目の当たりにして注目したベースの逸材。力強さとしなやかさの両面を活かしたプレイで地道に成長をとげている。また、クインシーは決して出しゃばることなくスティックとブラッシュを巧みに使い分け、ときにロイ・ヘインズを彷彿させる柔らかなセンスでここでの演奏に貢献。両者を得て白崎はまさに歌うように、ときにはリズミックな軽快感を強調するように、またときにはリリカルな詩人のように節を紡ぐ。全12曲の演奏からベスト・トラックを私個人の好みで選べば、(3)<与作>、(5)<オレオ>、(6)<パリの4月>。これに次いでは(2)<3ステップス・フォワード>、(7)<マイ・マンズ・ゴーン>。
 特に<与作>にはびっくりした。北島三郎のこの歌がジャズに用いられた例はほかには知らない。8小節のモティーフをワルツで、ブリッジを4ビートにまとめた好アイディアといい、ソロ(白崎2コーラス、植田1)のひなびた抒情味といい秀逸。<オレオ>でもテーマ構成がいかにも粋。展開部ではブリッジで倍テンポを自在に導入し、曲趣を盛り上げる手腕が素晴らしい。白崎の3コーラスを守り立てる植田のフォービートが快調。バド・パウエルを聴いてジャズ・ピアノに覚醒したという白崎ならではの<パリの4月>、<与作>の余韻が感じられるのみならず山田耕筰の<中国地方の子守唄>が反響するかのようなガーシュウィンの<マイ・マンズ・ゴーン>、かつてチェット・ベイカーで良く聴いたJ・カーンの(8)や、(10)の<あんたがたどこさ>、「Body & Soul」でも印象の強かったバーンスタインの<サム・アザー・タイム>など、選曲の面白さを特筆したい。演奏もときにはファンキー色を加味するなど変化を出し、白崎を中心にコンパクトにまとまったフレッシュなピアノ・トリオが楽しめる新作。植田典子とクインシー・デイヴィスの好演を重ねて賞賛しておきたい。(9)のエリントンの名曲<ソフィスティケイテッド・レディ>だけはピアノ・ソロ。彼女は2006年に『Home Alone』というソロ・アルバムを発表しているらしいが、ここではソロの『エリントン集』をリクエストしておこう。
 ネットで検索すると『ミュージカル・ユアーズ』、『ホーム・アローン』、『ライヴ・イン・ハンブルグ』(2010年)とあり、それらに続くこの新作。硬軟取り混ぜた白崎彩子のピアノ演奏が佳境を迎えていることを改めて強く印象づける親しみやすいアルバム、彼女の言葉でいえば彼女の歌が聴こえる無言歌集である。(悠 雅彦/2013年8月10日記)

* 録音評(及川公生);
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_168.html

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