# 1032
『ボブ・ジェームス/アローン〜カレイドスコープ・バイ・ソロ・ピアノ』
text by 望月由美
Eighty-Eight’s EECD-8801 3,000円(税込) |
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ボブ・ジェームス(p)
1.レストレーション (B.James)
2.捧げるは愛のみ(F.Waller)
3.マイ・ハート・ストゥッド・スティル (R.Rodgers)
4.ネヴァー・レット・ミー・ゴー (J.Livingstone)
5.ワイルド・スタリオン(B.James)
6.枯山水 (B.James)
7.スカボロウ・フェア (A.Garfunkel,P.Simon)
8.イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド (R.Rodgers)
9.恋人よ我に帰れ(S.Romberg)
10.ガルボ・リダックス (B.James)
11.メドレー(B.James)
12.プット・アワー・ハーツ・トゥゲザー(心をひとつに)(B.James)
エンジニア:鈴木良博(Sony Music Studios Tokyo)
マスタリング:鈴木“C-chan”浩二(Sony Music Studios Tokyo)
録音:2012年4月2、3、4日 ソニー・ミュージック・スタジオ
プロデューサー:伊藤“88”八十八(Eighty Eight Inc.)& ボブ・ジェームス(Tappan Zee Records)
豊饒という言葉がぴったりとあてはまるような、ふくよかな響きがあたり一面に広がる。余韻のある響きにあらためてピアノという楽器の奥深さを知る。
1曲目<レストレーション>の出だし、最初の一音が耳に届いたときに一瞬キースの『フェイシング・ユー』(ECM)をはじめて聴いたときの戦慄がよぎった。当時はキースの凄さと同時にECM、そしてマンフレート・アイヒャーの存在を知った。このアルバムでもボブ・ジェームスのピアニストとしての存在と同時にエイティ・エイトの音作りの底力が伝わってくる。タッチの綺麗なピアノの音と、それを生音以上に美しく表現する技術陣とのコラボレーションが見事に実った作品である。
ボブ・ジェームスの半世紀に及ぶ長いキャリアの中で意外にもソロ・ピアノは今回が初めてなのだそうだが、このアルバムによってボブも多くのソロ・ピアノの名演奏リストのなかに名前を刻むことになったといえる。全編に渡ってボブの都会的な洗練された香りが目の前に広がる。
ボブ・ジェームスは60年代にポスト・ビル・エヴァンス的な姿勢から前衛的なアプローチまでを見せてニュー・タイプのピアニストとして登場したが、その後クリード・テイラーのCTIにヒット作を続々と発表。自らのレーベル、タッパンジーを立ち上げてからは常に音楽シーンの話題をさらうような注目作をプロデュースしてきた。ボブはそのときどきの風を読むのに長じていて、いつも流行の先端を歩んできているが、そうしたボブの多面性の奥に秘められたピアニストとしての資質がソロという最もシンプルな演奏の中に、より明確にあらわれている。
ボブはこのアルバムで自作曲を6曲とスタンダードを6曲という丁度半々のバランスで演奏しているが、6曲のスタンダードのうち (3)、(4)、(8)の3曲がビル・エヴァンスの愛奏曲というのも興味が惹かれる。とりわけ(4)<ネヴァー・レット・ミー・ゴー>はエヴァンスがソロ・アルバム『アローン』(68年/Verve)で弾いた曲で、奇しくもアルバム・タイトルまでもが同じである。エヴァンスの弾く<ネヴァー・レット・ミー・ゴー>は何度聴いても新しい発見のある凄みのある演奏である。エヴァンスはこの古い歌曲をまるで気がないかのように、さりげない口調で滑り出す。そして徐々に深遠な世界に入ってゆき、ついにはエヴァンスにしか創りえない域にまで到達するのに対し、ボブは始めから終わりまで一貫してクリスタルのようにキラキラした輝きを放ちながら端正に格調高く弾いている。とりわけエンディングに示されるカデンツァは息をのむ美しさである。ボブは62年に発表したファースト・アルバム『Bold Conceptions』で<ナーディス>を演奏している。エヴァンスはその1年前の61年に『Explorations』(Riverside)で録音した曲だからボブはかなり早くからエヴァンスに着目していたようだ。ドン・フリードマンが『サークル・ワルツ』(Riverside)でポスト・エヴァンスに名乗りを上げたのも62年であり、このころはエヴァンスの風が吹いていたのだ。そして(7)<スカボロウ・フェア>はサイモンとガーファンクルの有名曲だが、ボブはここでピアノの多重録音技術を駆使してこの聴き馴染んだ名曲に起伏に富んだサウンドをつけくわえボブ風によみがえらせている、軽やかでやさしい。因みにエヴァンスも『Conversations With Myself』(63年/Verve)で多重録音による自己との対話を試みている。その一方でボブは(9)<恋人よ我に帰れ>ではトリスターノばりにごりごりと弾きまくりハードな一面も聴かせてくれる。
また、ボブ・ジェームスのオリジナル曲はそのどれもがメロディーが可愛らしく、親しみやすい。たとえば(5)<枯山水>は日本の庭園に着想して作曲した曲と聞いている。これまで日本を訪れた多くのミュージシャンが日本の印象を曲にしているがここでのボブの演奏は、ありきたりの印象ものとは次元が違って、ゲイリー・ピーコック(b)の『Voices』(Sony)やブルーベックの『Jazz Impressions of Japan』(Columbia)とならんで、日本のおもむき、機微といったものを的確にとらえていて違和感なく聴くことができる。(11)<メドレー>はウェストチェスター・レディやタッチ・ダウンなどボブの往年のヒット曲をメドレーに仕立て上げたものだが、かつて一時代を風靡した懐かしい曲ばかりで、あらためてメロディー・メーカーとしてのボブの実績を再認識する。東日本大震災から半年後の2011年9月、「岩手ジャズ」に招かれて大船渡を訪れ、震災の爪あとを目の当たりにしたボブは被災地の再生を祈って(12)<プット・アワー・ハーツ・トゥゲザー(心をひとつに)>を作り、地元のアマチュア・ビッグ・バンド「サンドパイパーズ」と共演したのだそうだ。オリジナルの作詞はボブのお嬢さんのヒラリーさんが書き、日本語の歌詞は松田聖子が書いた。昨年ボブは秋の東京JAZZ、暮れの大船渡の公演で松田聖子をヴォーカルに向かえて<心をひとつに>を演奏した。この模様はNHKでドキュメンタリー番組として放映されたので記憶に残っている方も多いと思う。また、今年の東京JAZZでもデイヴィッド・サンボーン(as)等と出演、ボブのお嬢さん、ヒラリーさんもステージに立ち<プット・アワー・ハーツ・トウゲザー>を歌った。ボブの心のこもった演奏、人柄に共感を覚える。
アルバム『アローン』(Eighty-Eight & Tappan Zee)は昨年ガラス基板のクリスタルCDとして販売されオーディオ・マニアから注目を浴びたものをノーマルCD化したものである。クリスタルCDは1枚5万円という高価なものなので試聴会やオーディオ・ショップなどで聴くことしかできなかった垂涎の的であったが、ここにノーマルCDとしてリリースされたことはクリスタルCDに手が出なかった人にとっては正に福音である。エイテイ・エイツ・レーベルはDSDやグリーン・レーベル・コートなど様々な最新技術を駆使して究極のCDサウンド・クォリティを実現することをモットーにしているレーベルであり、本作もボブのピアノが目の前に迫り、思わず息をのむような音の力がそっくりそのまま刻まれていて、ジャズ・リスナーだけでなくオーディオ・ファンにも歓迎される仕上がりとなっている。(2013年9月 望月由美)
追悼特集
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
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#10 Contents
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シスコ・ブラッドリー
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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