#  1044

『カーラ・ブレイ、アンディ・シェパード、スティーブ・スワロー /Trios』
text by 小橋敦子 (Atzko Kohashi)


ECM2287

Carla Bley カーラ・ブレイ (piano)
Andy Sheppard アンディ・シェパード (tenor and soprano saxophones)
Steve Swallow スティーブ・スワロー (bass)

1.Utviklingssang

2.Vashkar

3.Les Trois Lagons (d'apres Henri Matisse) 
 Plate XVII
 Plate XVIII
 Plate XIX

4.Wildlife
 Horns
 Paws Without Claws
 Sex With Birds

5.The Girl Who Cried Champagne
 Parts 1, 2, 3

All composed by Carla Bley
Produced by Manfred Eicher
録音:ステファノ・アメリオ@ Auditorio Radiotelevisione svizzera, Lugano 2013年4月

プロデューサーは「夢」がある人。時にはビジネスなどおかまいなし、個人的な趣味、趣向を信じて自らの夢を叶えようとする人もいる。人のためによい音楽を創るというより自分の好きなミュージシャンをこのセッティングで聞きたい!と自己中心的な考えを優先させることもある。だが、そのワガママな夢が面白い結果を生み出した例は過去にも多い。Triosもそのひとつだろう。ブレイ、シェパード、スワローの三重奏をこの場所で、こんなふうに聞きたい...と、ECMの創設者でプロデューサー、そして長年のカーラ・ブレイのファンであるマンフレート・アイヒャー氏は思ったに違いない。「彼女の過去の作品の中からこれを選んでこんなふうに並べなおして...」と自ら選曲したそうだ。一方、かつて他人にプロデュースを任せたことのないカーラ・ブレイは「自分以外の人がプロデュースするとどうなるか、自分の音楽とどう関わり何が変わるのか?」と思ったという。自身の作品がアイヒャー氏の演出でどう変わるのか...と。

今回の舞台となったのはスイス南部、湖に面したイタリア語圏の町ルガノ(Lugano)、現代音楽を得意とするスイス・イタリアーナ管弦楽団(Orchestra della Svizzera italiana)の本拠地である。町の人々は音楽好き、だから毎年行われる音楽祭はクラシックに限らずジャズ、ポップス、ブルースと幅広い。『Trios』のレコーディングはこの町のスイス・イタリアーナ放送局で行われているが、ヨーロッパの放送局は大戦前から権威があり驚くような設備を持っているところが多い。この放送局のホール、レコーディング施設も同様で、ここにはマルタ・アルゲリッチやクローディオ・アバドら大物スターが続々と訪れ、多くの名録音を残している。ECMがジャズ以外の現代音楽、古典、バロックなど手がけるようになってすでに30年余り、音響の優れたこの放送局とアイヒャー氏の縁も深く、これまでに何度かここでECMはジャズ以外のレコーディングを行っている。「彼らの演奏を音響の優れたこのホールで聞きたい!」と、三人をルガノまで呼び寄せたのも頷ける。クラシック・コンサートやレコーディングが行われる放送局のホールだから、建物自体がよい音を作りだすように設計されている。エコーも自然と空間に響き渡る。ステージ上で聞こえる自分たちの音がジャズクラブやNYのレコーディング・スタジオと異なって聞こえたろう。耳に届く音にプレイヤーは即座に反応するから、当然演奏内容も変わってくる。レコーディングといえど雰囲気も条件もかなり違っていたはずだ。そしてサウンド・エンジニアは今評判のステファノ・アメリオ!...となれば、このトリオのサウンドが今までと一味違って聞こえるのも不思議はない。空っぽの客席に一人座って満足気にトリオの演奏を聴くアイヒャー氏が見えるようだ。

一曲目の<Utviklingssang>は北欧民謡のメロディーを下敷きに、もとは大編成のバンド用に書かれた作品。「この曲を最初にというアイヒャーの発想にはびっくりした。いつもはアップテンポの曲が続いた後か、アンコール用に演奏する曲」とカーラ・ブレイは言う。ステージの出だしでオーディエンスに退屈されては困るから、オープニングはスローな曲を避けるものだ。だがCDの冒頭、スローテンポで繰り返されるメロディーのソフトな音色に耳が惹きつけられ、徐々に聴覚がウォーミングアップされていくような気がするほど。まずはリスナーの耳をピアニッシモでセットアップ、といったところだろうか。2曲目は中近東風のエスニックなメロディーラインが印象的な<Vashkar>。トニー・ウイリアムスやシンディー・ブラックマン、ジャコ・パストリアス、パット・メセニーらが好んで取り上げたこの曲、ブレイ本人がレコーディングするのは今回が初めて。この曲に限らず今回アイヒャー氏によって選曲された過去の作品を解き直し、ブレイはトリオ向きに仕立て変えた。「ビッグバンドの大編成で聴いてきた彼女の曲をアコースティックな彼女自身のピアノで聞く!」――これはじつに面白い。シンセサイザーや電気楽器の迫力あるサウンドに身を包んだ作品を裸にするようなものだ。だが心配無用、ブレイの作品の魅力はそのシンプルさにある。彼女の曲を取り上げるミュージシャンの多くは、そのシンプルさに秘められた大きな可能性に魅力を感じるのだ。たとえば<Vashkar>ではエスニックなメロディーラインを辿りながらインプロヴァイズする面白さ。ブレイが創り出すスケールは「モード奏法」とはまったく別のもので、地球上を彷徨いながら旅していくような自由さがある。さまざまな民族が異なる言語を話すように、プレイヤーはどの言語であろうと自由に自分の言葉で語ることができる。文法に縛られることもない。このあたりがカーラ・ブレイ作品の大きな魅力だろう。演奏者にとってはすべてのしがらみから解き放たれたような開放感が味わえるのだ。ブレイのファンにロックやパンクの若いミュージシャンらが多いのもそんな理由からだろう。『Trios』でもブレイの作品を三者がそれぞれの言語で語り、聴き合い、対話するのが聞こえてくる。だがいつもの大編成での変化に富んだアレンジと豪華サウンドに慣れ親しんだリスナーによっては、退屈する人もいるかもしれない。同じパターンの繰り返しに思わず居眠り...それもいいだろう。音楽とは自由に聞くものだから。

後半の<Les Trois Lagons (d'apres Henri Matisse)>、<Wildlife>はともに三つの主題をもつ組曲、どちらもイントロのモンクを思わせるブルージーなピアノにホロリと酔わされる。モンクのピアノに時が止まったような瞬間を覚えることがあるが、カーラ・ブレイのピアノにも同じようなストップ・タイム的感覚が宿っているように思う。その一瞬、ハッと息を呑む。個人的には五曲目の<The Girl Who Cried Champagne-part3>のピアノのイントロが大好きだ。ノスタルジックに響く美しいイントロの後、突然裏切られたように忙しいパターンからニョロニョロとトグロを巻く蛇のようなシェパードのサックスが始まって、ふたたびテーマへと還る。このアンバランスさもブレイの特徴の一つ。静と動、明と暗、柔と硬の微妙な使い分け、これらもじつは緻密な構成あってのことだが。もっとも、ドラムレスだからこそより光る安定感あるスワローのベース、歌心あり絵心ありのシェパードのサックスが『Trios』の核になっていることは言うまでもない。

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ビル・エヴァンスのリバーサイド時代のプロデューサー、オリン・キープニュースやブルーノートのアルフレッド・ライオンらもそうだったが、ジャズファン転じてプロデューサーになった人たちの中には、お金儲けより自分たちの音へのこだわりを優先させる人たちが多かった。オーディエンスに夢を与えるべきミュージシャン、そしてそのミュージシャンに夢を託すプロデューサー――その関係から数々の名アルバムが生まれてきた。

音楽業界の不振でレコード会社の存続が危ぶまれる中、ミュージシャンたちのセルフ・プロデュースが増えている。独立自尊の精神は良いとして、プロデューサーとミュージシャンのこんな関係は失われてほしくない...と願わずにいられない。(2013年10月、小橋敦子/在アムステルダム)

*試聴サイト;
http://player.ecmrecords.com/carla-bley--andy-sheppard--steve-swallow---trios

小橋敦子: こはし・あつこ。慶大卒。ジャズ・ピアニスト。翻訳家。エッセイスト。在アムステルダム。http://www.atzkokohashi.com/

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