# 1047
『吉野弘志/彼岸の此岸〜フィーリング・ジ・アザー・サイド』
text by 望月由美
アケタズ・ディスク MHACD-2644 2,800円(税込) |
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吉野弘志(b)
太田恵資(vln,voice)
鬼怒無月(g)
吉見征樹(tabla)
1. ヘイフフフン・ヘイファ (吉野弘志)
2. 竹 (吉野弘志)
3. シャラビーヤの娘 (アラブ民謡)
4. オパーズ (トルコ古典)
5. マイ・オールド・フレーム (A.Johnston)
6. 半分の月 (吉野弘志)
7. 他人の顔(ワルツ)(武満徹)
8. ロータス・ブロッサム (B.Strayhorn)
プロデューサー:明田川荘之
エンジニア:島田正明
録音:
1.6.8.: 2012年9月25日 西荻窪「音や金時」にてライヴ録音
2.3.4.5.7.:2012年6月27日 横浜「ドルフィー」にてライヴ録音
このメンバーで演奏をはじめてからおよそ7年になるというが、ユニットとしての一体感が素晴らしい。楽器編成からいうとジャンゴ・ラインハルト(g)とステファン・グラッペリ(vln)の「フランス・ホット・クラブ5重奏団」に近いが、グループとしてのコラボレーション、調和という点ではむしろ「オレゴン」のようなメンバー間の親和性を強く感じるグループである。
楽器編成からくるエスニックな風合いも感じられるが、永年ジャズの本流をくぐってきた吉野弘志(b)が柱となって支えるリズムには、一本筋の通ったジャズの鼓動を感じる。
演奏されている曲はアラブ民謡から武満作品、ストレイホーンそして吉野弘志のオリジナルまで多岐にわたっているが全編にわたって吉野弘志の間を生かしたベースの音がゆったりとした空間を創りだし、メンバーによい刺激を与えて変化に富んだインタープレイを導き出している。
演奏は西荻窪「音や金時」と横浜「ドルフィー」の2箇所で収録されているが場所や時間のへだたりを全く感じさせないのは、各人がお互いをよく知り、認め合ってユニットとしての連帯感を深めているからで、一瞬のひらめきとかインスピレーションを共有しあって音楽を深めている。
吉野弘志はここで3曲自作曲を演奏している。吉野の (1)<ヘイフフフン・ヘイファ>はアイヌの力強い掛け声に触発されて作曲したそうであるが、タブラとベースがつくりだす寛いだリズムに乗って太田恵資(vln)がソロをとる。太田のヴァイオリンは標準的なジャズ・ヴァイオリンの系譜にはあてはまらないが、饒舌で軽快にスイングするという点ではステファン・グラッペリに近いものをもっている。吉野弘志は前面に出てソロをとらないが吉野のしなやかなウオーキング・ベースが終始ユニットの方向性を決定づけてゆくあたりは吉野の真骨頂である。
(2)<竹>では吉野のピチカートによるソロが強力。ベースとギターとが交互にソロをとりインタープレイをくりひろげるところにヴァイオリンがオブリガードをつけながら加わり、さらにタブラがカウンターポイントをくりだす。まさに四者が対等にリズミカルにドラマティックに絡み合う自由闊達な展開こそがこのユニットの醍醐味である。
(6)<半分の月>は、もともとは10年ほど前にお筝の柳井美加奈さんとの二重奏として作曲された曲だそうで、チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの詩集「二十の愛の詩と一つの絶望の歌」を基に作曲したものの中の一曲だというが、タブラが筝の音のような響きを作り出す中を吉野弘志のアルコが朗々とテーマを奏でる。吉野のアルコは重厚で深い。吉野弘志は以前『on Bass』(2004、rinsen)で全編、ベース・ソロのアルバムを発表している。そこにはピチカートからアルコまで、ベースのあらゆる技巧をつくして自らの音楽を語っているが、とりわけフランソア・ラバスの超絶技巧を要求される難曲<Poucha Dass>をアルコで弾ききっていたのを思い出し、あらためて聴き直してみて『on Bass』はポール・チェンバースの『Bass on Top』(Blue Note)とならぶ、ヘヴィー級のベースのショーケース作品と再認識した。
また、吉野弘志はアルバム『泣いたら湖』(2002、Ohrai)で共演者林栄一、加藤崇之、小山彰太の3人について人一倍強いジャズ精神を持つがゆえに音楽的にはとっくにジャズの枠を超えてしまっているといい、かさねて、先住民族の音楽や文化に接したとき、自分が忘れていた血が呼び醒まされるような感覚を覚えることがよくある、と述べているようにその後も吉野弘志は民族音楽を探求し続けていてここでも何曲かとりあげている。
(3)<シャラビーヤの娘>はアラブ民謡、(4)<オパーズ>はトルコの古典だそうであるが、ヴァイオリンの太田恵資がトルコ語まがいの太田語で歌い民族色をたかめるなど聴き所も多い。吉見征樹のタブラも決して大向こうをうならせるような派手なソロはとらないが、変化に富んだリズムでユニットのサウンドを色鮮やかに染めている。
アルバムには有名なスタンダード(5)<マイ・オールド・フレーム>も収録されている。ヴァイオリンのカデンツアから鬼怒無月のギターがフィーチュアーされるが、だれもがビリー・ホリデイやチャーリー・パーカーの演奏をイメージするところを鬼怒無月はジャンゴの如くジプシー風の奏法でイマジネイティヴなソロを展開し、このグループの懐の深さを感じさせる。
さらに(7)<他人の顔(ワルツ)>は武満徹の作品である。ライナー・ノーツのなかで吉野はかつて武満徹からジャコ・パストリアス(b)のレーザー・ディスクを借りたことがあるという話を披露している。武満徹が企画した「MUSIC TODAY」や「八ヶ岳音楽祭」に出演するなど深い交流があったようで、勅使河原宏が監督した映画『他人の顔』のために武満が書いた曲を吉野がアルコで弾く、郷愁をさそう。吉野弘志のアルコはいつ聴いても素晴らしい。アケタさんも吉野のアルコは日本一だとライナー・ノーツに書いている。
そしてエンディングはビリー・ストレイホーンの名曲(8)<ロータス・ブロッサム>。エリントンが『“…and his Mother called him Bill”』(RCA)で弾いたビリーへの鎮魂のソロ、そして『フェイマス・コンポーザーズ』(VIDEOARTS)での余韻の深い渋谷毅のソロ。この二つのソロをもって<ロータス・ブロッサム>の究極の名演と思っていたが、吉野弘志のアルコも心にしみる。ストレイホーンの曲のもつ生命力を強く感じる。
本作『彼岸の此岸』(アケタズ・ディスク)は横浜「ドルフィー」と西荻窪「音や金時」で収録されたが拍手などは聴き取れない。アルバムとして聴く際には拍手はかえって邪魔になるという心配りから演奏前後の拍手をとったのだそうである。大ホールでのライヴ・アルバムを聞くとき、拍手のところでいちいちヴォリュームを下げるのは面倒だし音楽に集中できないことが間々あるが、吉野がエンジニアの島田さんに頼んで拍手をうまく取りのぞいて、そのわずらわしさを省いてくれているのだ。こうした配慮は聴くものにとっては大変ありがたい。こうした繊細さとか気配りが演奏からも伝わってくる。
グループのファースト・アルバム『彼岸の此岸』は吉野弘志のふくよかなベース・ラインが音の流れを指し示し、その中を4人で自由に音楽を楽しんでいる様子が聴くもののストレスをとりはらって寛ぎを与えてくれ、さらに奥行きの深い円熟した大人の色香が漂っている。 (2013年11月6日 望月由美)
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