#  1061

『ケニー・バロン/ビューティフル・ラヴ〜Solo Piano Vol.1』
『ケニー・バロン/マイ・ファニー・ヴァレンタイン〜Solo Piano Vol.2』
text by 望月由美




Eighty Eights
EECD-8804/EECD-8805
\3,000

『ケニー・バロン/ビューティフル・ラヴ』
1. ビューティフル・ラヴ(V.Young,W.King,E.V.Alstyne)
2. ボディ・アンド・ソウル(J.W.Green)
3. アップ・ジャンプド・スプリング(F.Hubberd)
4. ドント・エクスプレイン(B.Holiday)
5. ウェル・ユー・ニードント(T.Monk)
6. スカイラーク(H.Carmicael)
7. 枯葉(J.Kosma)
8. ラヴ・ウォークド・イン(G.Gershwin)
9. メモリーズ・オブ・ユー(E.Blake)
10. ララバイ(K.Barron)

『ケニー・バロン/マイ・ファニー・ヴァレンタイン』
1.サマー・タイム(G.Gershwin)
2.ジョーンズ嬢に会ったかい?(R.Rodgers)
3.黒いオルフェ(L.Bonfa)
4.エンブレイサブル・ユー(G.Gershwin)
5.マック・ザ・ナイフ(K.Weill)
6.カリプソ(K.Barron)
7.フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(B.Howard)
8.モンクス・ドリーム(T.Monk)
9.アイ・ソウト・アバウト・ユー(J.V.Heusen)
10.マイ・ファニー・ヴァレンタイン(R.Rodgers)

ケニー・バロン(p)

プロデューサー:伊藤“88”八十八
エンジニア:野口基弘(Sony Music Studios Tokyo)
マスタリング:鈴木“C-chan”浩二(Sony Music Studios Tokyo)
録音:2012年2月1日Avatar Studios, NY

 最初の一音からピーンとはりきった綺麗なピアノの音が響きわたり、ソロ・ピアノの美しさが広がる。
 テクニックをひけらかしたり、けれん味なところもなく素直に自分の音楽を演奏することを身上としているケニー・バロンの魅力がソロ・ピアノという最もシンプルなフォーマットで自然に表現されている。
 プロデューサーの伊藤八十八さんはこのレコーディングにあたってケニーのためにスタインウエイのフルコンをスタジオに用意したというが、ケニー・バロン(p)もそれに応えて素晴らしい演奏を残している。

 ジャズはピアノ・トリオだ、あるいはソロ・ピアノに限る、ジャズはフリーという人もいればスタンダードでなければだめ、という人もいる。ひとそれぞれのジャズがあってもいいのがジャズ。
 本アルバムはソロ・ピアノ、そしてスタンダードが中心。自作曲がVol.1、Vol.2それぞれに1曲ずつ入っているが、その2曲を含めてどの曲もこれまでに名演、名唱が残されている誰もが耳なじみのスタンダードばかりが選ばれている。ケニー・バロンがこれらのスタンダードにのせて一曲一曲に自分の人生を語っている。ソロ・ピアノはその人の音楽性が最も顕著にあらわれることが多いが、この2枚のアルバムもケニー・バロンのセルフ・ポートレイトのような温もりが伝わってくる。

 ケニー・バロンはハンク・ジョーンズやトミー・フラナガンとならぶオールラウンド・プレイヤーとしてユセフ・ラティーフ(reeds)をはじめ様々なタイプのスター・プレイヤーのパートナーをつとめ、名引き立て役として活躍してきていたが、中でもスタン・ゲッツ(ts)との『ピープル・タイム』(EmArcy 1991)で、ゲッツ晩年の最のプレイを引き出し一躍クローズアップされたことはいまだに語り継がれている。  最近では自分のグループでの演奏のほかにもスーパー・プレミアム・バンドの諸作や寺久保エレナの『ブルキナ』(Eighty-Eights 2013)などで相変わらず幅の広い活躍をしている。

 スタンダードは長い時間をかけて多くの人から思い思いの気持ちをこめて愛唱あるいは愛奏されてきたものなので、聴く人にもそれぞれのスタンダードがあると思う。
 例えばVol.1の(1)<ビューティフル・ラヴ>はビル・エヴァンス(p)の『エクスプロレイションズ』(Riverside)での深い霧に包み込まれるような凛々しさに比してケニーは華麗さと重厚さをおりまぜてドラマティックな<ビューティフル・ラヴ>にしている。(2)<ボディ・アンド・ソウル>は一転、場面展開し、しっとりとしたバラードとしてスタートするが、ケニーの左手の動きが次第にダイナミックに動き出すと左手がベースとのデュオのような効果を生み出し、ソロなのにエリントン(p)とブラントン(b)のブルーバード盤のようなスリリングな世界を偲ぶことができる。(3)<アップ・ジャンプド・スプリング>はフレディー・ハバード(tp)の曲だが華麗なワルツ仕立てで可愛らしく、これはこれでマイ・スタンダードとなる。(7)<枯葉>はいまマイルス&キャノンボールの『サムシン・エルス』(Blue Note、1958)での別テイクがリリースされて評判となっているが、その中でマイルスとキャノンボールを支えていたのはハンク・ジョーンズ(p)であった。ケニーの端麗なサウンドは、あたかもハンク・ジョーンズに捧げるかのような響きを伴なっていて印象的である。この曲は『スーパー・プレミアム・バンド』(Happinet 2010)でも演奏しているので愛奏曲のようだ。
 ケニー・バロンはVol.1、Vol.2のどちらでもモンクの曲を一曲ずつ演奏している。ケニーはかつてモンクの名前からとったグループ「スフィア」を結成していたほどで、モンクを深く敬愛していたようだ。Vol.1の(5)<ウェル・ユー・ニードント>とVol.2の(8)<モンクス・ドリーム>。モンクのタッチを模倣してモンクを弾くピアニストは沢山いるが、ケニーはあくまでも自分のスタイルで毅然と弾ききっている。モンクへの想いが込められているように聴こえるし、ここで展開されるモンクのメロディアスなテーマはいまやスタンダードの仲間入りをしたといえる寛いだ雰囲気の演奏である。
 また、ケニー・バロンはVol.1、Vol.2それぞれに自作曲を一曲ずつ選んでいるが自分の曲を弾く時のケニーは生き生きとスイングしていてとても躍動感があり凄みがある。しかしテーマのメロディーは時がたてばスタンダードとなりうる愛らしさをももっている。
 ケニー・バロンはスタンダードにしてもオリジナルにしても曲の持つイメージやメロディーを大切にしていて、フレーズによどみがなく無駄がないので、安心して音楽に身をゆだねることができる。

 副題に「珠玉のジャズ・スタンダード集」と名づけられた『ケニー・バロン ソロ・ピアノ Vol.1&Vol.2』には、今年70歳をむかえたケニー・バロンの新たなスタートにふさわしく、優美でセンシティヴなケニー・バロンのすべてが表出されている。 (2013年11月28日 望月由美)

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