#  1077

『Vijay Iyer/Mutations』
text by 多田雅範


ECM 2372

Vijay Iyer (piano, electronics)
Miranda Cuckson (violin)
Michi Wiancko (violin)
Kyle Armbrust (viola)
Kivie Cahn-Lipman (violoncello)

Spellbound and Sacrosanct, Cowrie Shells and the Shimmering Sea

Vuln, Part 2

Mutations I-X
Mutation I: Air
Mutation II: Rise
Mutation III: Canon
Mutation IV: Chain
Mutation V: Automata
Mutation VI: Waves
Mutation VII: Kernel
Mutation VIII: Clade
Mutation IX: Descent
Mutation X: Time

When We're Gone

Recorded September 2013
Produced by Manfred Eicher

「ヴィジェイ・アイヤーはピアニストではない。スフィアン・スティーヴンスだ。」


ヴィジェイ・アイヤーがECMから。ECMから?クレジットを見ると、弦楽との取り合わせ。

ジャズ・ピアニストとしてのタッチの質感と指遣いにはただならぬものを感じていた。ゆっくりと息を詰まらせてトラック1が始まる。左手のラインが告げるフレーズが何度か編み込まれると、これはソロ演奏で弦楽が入る余地はなく。

トラック2で風景は一変する。クールなエレクトロニクスが2層に敷かれる空間にピアノが歩みはじめる。ブツブツもチリチリも、それだけでカッコイイ時代でもない。背後にタブラを模して鳴る打音はダサいかカッコイイか。トラック3では、カリカリと弦楽の微分音上昇と液体チャポチャポはダサいかカッコイイか。

トラック4で、リズミカルな弦楽を伴ってピアノがハーモニー的に歌いはじめたときに、音楽はポップの領域に接続するように躍動し始め、まさにスフィアン・スティーヴンスを聴くアンテナで俄然聴こえてくるのだった。聴取のブレイクスルー。トラック5途中の弦楽が止まる場面展開、ストップアンドゴー、スコアのパラノイアな繰り返し、ジャムセッションのような活性。

わー、スフィアン・スティーヴンスだ!

トラック6なんか、極上のポップスに聴こえる。安っぽいシンセのような地、単純そうに見える躍動、ちょっとした動きに複数の意味があるように感じられ、同時多発に脳内生成する旋律や音色、ビートを重ね合わせ、考え抜かれた引き算でもってピアノを置く。

そのピアノとトリルは、正しい。感情表現のような弦楽の響き、ピアノは孤独な魂。夢や希望。

ぼくは、わかりやすく書いている。伝えたいことがある表現は強い。

言い訳ではなく。おそらくクラシックの教育を受けたリスナーからは、どうしてそこでそんな安易な展開なのか、その平易な技法では感心できないな、20世紀の現代音楽の成果からすると甘すぎるさ、と、断ずるに決まってる。

ヴィジェイ・アイヤーは特異に思われている。同じインド系移民の子であるルドルシュ・マハンサッパのアルトサックスの瞬間麻薬のようなすぐに飽きるチャルメラばり、とに、変拍子と早吹きできればいいってもんじゃないとも思っている。

もう10年にもなる。耳の師マーク・ラパポートさんがマガジンでヴィジェイ・アイヤーの『何語で?』を2003年ベストアルバムのトップに掲げて、その多ジャンル盛り込み的な(横断的、ではない)密度に、ジャズには何が起こっているのかあわててCDショップに走ったものだ。

アイヤーはすでにアクト・レーベルで秀逸なピアノ・トリオ、ピアノ・ソロを残している。

ECMというレーベルが、ニューヨークジャズ・シーンからピアニストをカタログに収めるとき、クレイグ・テイボーンの積み重ねる響きの資質を、アーロン・パークスの幻惑するオスティナートを、引き出したように、ヴィジェイ・アイヤーからはパラノイアなコンポジション気質を引き出したのだ。

ポップス/ロック/フォークの90年代にとって、スフィアン・スティーヴンスがひとつの楽曲の中に複数の楽想を詰め込んだり、執拗に抑揚を繰り返したりする、それは、ポール・マッカートニーからの革命であり断絶であり次元超えでもあったように思える。いつも大風呂敷ですまない。

作品としては、2005年に初演された「Momentum(変容)」組曲、の、前後にピアノ・ソロを配置した仕立てである。弦楽にクラシック定規をあててはいけないし、エレクトロニクスに音響表現を見てもいけないし、ジャズ・ピアニストとしての歴史的判断を試みてもいけない。

もっと脱線すると、菊地成孔DCPRGにマイルスをあてても聴こえない、むしろ菊地雅章のAAOBBをヒントにスフィアンのパラノイア性や、楽曲の全体性(10分をこえるような)から逆演算したかのようなクールな演奏の視野といったものを受信しなければ不十分なように、このヴィジェイ・アイヤーの『Momentum』は受信されなければならない。

てゆーか、この『Momentum』、すっごく楽しい!(多田雅範)

関連ページ:
http://www.jazztokyo.com/five/five728.html
http://www.jazztokyo.com/five/five896.html

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.