# 1079
『藤井郷子オーケストラ・ニューヨーク/シキ』
text by 悠 雅彦
LIBRA/ボンバ・レコード 215 - 036 \2,500 |
Natsuki Tamura, Herb Robertson, Steven Bernstein, Dave Ballou(以上tp)
Curtis Hasselbring, Joey Sellers, Joe Fiedler (以上tb)
Oscar Noriega (as), Briggan Krauss (as), Ellery Eskelin (ts), Tony Malaby (ts), Andy Laster ( bs )
Satoko Fujii (p), Stomu Takeishi (b), Aaron Alexander (ds)
1. Shiki
2. Gen Himmel
3. Bi Ga Do Da
録音:2013年1月15日、カレイドスコープ・サウンド(ニュージャージー州ユニオン・シティ)
エンジニア:Sal Marmando
独特の独創性と表現力を束にして発揮する、藤井郷子という作曲家にしてオーケストラ主宰者の魅力と個性が実を結んだといっても過言ではない「シキ」という新作と、オーケストラ・ニューヨークの卓抜な演奏能力を、思う存分楽しんだ。
田村・藤井夫妻の行動力とアイディアの、ときに人を食ったかのようにさえ感じることもある卓抜さにはいつも驚かせられるが、今回も海外演奏ツアーの合間を縫ってこのオーケストラ・ニューヨークと是安則克の没後にトロンボーンの金子泰子を得て再出発したガトー・リブレの2作品を同時発表した。もっとも8年ほど前にはオーケストラ・東京、同大坂、同名古屋、同神戸の4オーケストラ作品を一挙に同時発売してファンの度肝を抜いた夫妻のことだから、2作同時発表ぐらいで感心することはないかもしれないが、まったく年齢を超えた夫妻の相も変わらぬ疲れを知らぬアクションには舌を巻くしかない。両作とも取り上げたいくらいだが、10年以上前にこのニューヨーク・オケの録音に立ち会ったこともある縁ゆえに、オーケストラ作品の方に手が伸びた。実際、この「シキ」には驚きと、変化に富む充実感がいっぱいある。浅からぬ感慨を覚えた。
「シキ」は恐らく「四季」だろうと、勝手な思い込みのまま聴き通した。四季に恵まれたわが国では“四季の移ろい”などというが、聴きはじめて間もなく江戸時代にさかのぼって尾形光琳ら江戸中期の画家たちの屏風絵に描かれた四季のたたずまいがなぜか脳裏に浮かんだ。“移ろい”はまた“変化”でもあろう。実際に藤井自身は、人間を四季という変化を経験していく存在としてとらえている(CDの英文解説)。だが、そう閃いたのは、ここで繰り返すように現れては全編を構成していくアンサンブルと各楽器奏者のフリーな表現が、四季の変化を描いた江戸絵画の細密にして大らかな屏風絵のたたずまいを連想させたからに他ならないが、2度3度と聴き重ねるうちに藤井の書いたアンサンブルが今度は墨痕鮮やかな書の生々しい筆走を示しはじめたのだ。藤井の書法はこの作品ではシンプルにして、しかして繊細。といって印象はむしろ剛胆な筆使いをしのばせる。こうした展開が幾つかの情景を形作りながら、最後はあたかも呼吸を止めるかのように天空へと帰っていく。すなわち、全体はめくるめくサウンドの渦が形を変えて現れてはクレッシェンドを繰り返しながら、やがて四季の終章を印象づけるかのようにディミニエンドする。ビッグバンドという編成の音響を毛筆にして描いた交響詩風の書といっても多分的外れではないだろう。
曲は全体で36分を超える長尺。私の脳裏では江戸の画家が描く「四季」のイメージが踊っていたせいか、36分余の長さを感じることも、むろん退屈を覚えることもなかった。長い冬の中で春を待ちこがれる人々の思いや大自然の息吹が甦るかのような風景が、断続的に5分ほども続く冒頭のホーン群のユニゾン(アンサンブル・ドローンというべきか)の中から浮かび上がっていくように、私には思えた。実際にはシキは「四季」ではなく抽象的な「シキ」だ といくら指摘されようとも、この交響的書は「四季」として聴いても面白い。
藤井が書いたアンサンブルは36分余の流れの中で形やタイミングを変えて10回ほど現れるが、このアンサンブルとさまざまな楽器によるフリーなソロ(いわゆるアドリブ・ソロではない)が幾つかのクライマックスを形成しながら徐々に全体のユニティをつくりあげていく手法は、彼女の新しい境地を示すものかもしれない。それはそれとしてこのアンサンブルの響きを聴けば、藤井独特の書法が生む響きだと藤井郷子オーケストラの愛好家なら納得するはず。10年以上も前にニューヨークで聴いたときのメンバーも何人かいるこのオケの腕達者ぶりには感心せずにはいられない。特にドラマーのアーロン・アレクサンダーが素晴らしい。武石(ベース)の奮闘ぶりも印象に残った。この作品は日本でもオーケストラ東京などで再演するだろうが、オーケストラ・ニューヨークとの表現の違いがどう現れるか、今から楽しみではある。
是安則克を悼む「Gen Himmel」(Towards Heaven)と、言葉遣いがユーモラスな古老の昔話を思わせる田村夏樹の「Bi Ga Do Da」に触れるスペースがなくなったが、どれもそれぞれに聴きごたえがある。ユニークなことはもちろん、藤井郷子の衰えを知らぬクリエイティヴな新作(オーケストラ・ニューヨークとしては通算9作目!)である。(悠 雅彦)
* 関連レヴュー
『藤井郷子オーケストラ東京/ザコパネ』
http://www.jazztokyo.com/five/five657.html
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