#  1082

『橋本京子/4大B+ブルーメンフェルトによる舞曲集』
text by 多田雅範


ライヴノーツ/(有)ナミ・レコード
WWCC-7747
\2,835(税込)

橋本京子(pf)

バッハ : パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
ベートーヴェン : ウラニツキーのバレエ「森の狼」からロシア舞曲による12の変奏曲 WoO.71
ブラームス : 16のワルツ Op.39
ブルーメンフェルト : 3つのマズルカ 作品35
バルトーク : 舞踏組曲 Sz.77

プロデューサー&レコーディング・エンジニア:満川隆
2013年6月25日 品川区立文化センター/録音セッション

引き込まれる。始まったバッハのパルティータ、瞬時瞬時のピアノ打音の演奏解像度、これはモノが違う、優れた詩のテキストのように刻まれる必然を踏みながら舞うようであったから。

橋本京子のCDデビューはウィレム・ブロイカーが創設したオランダのBV Haastレーベルでの『メシアン:前奏曲集』97年録音だ。ヨーロッパのコンテンポラリーな音楽ファンのアンテナには衝撃だったろう。これは先頃ECMレーベルでメシアンを弾いて世界的に評価を得た児玉桃と聴き比べられなければならない。

伝説的ピアニストであり指導者であったジュルジュ・シェボック(Gyorgy Sebok )から「非凡な音楽的才能をもち、現代において最も素晴らしい演奏家の一人である」と称賛されている橋本京子。99年の野平多美によるインタビューがある(http://www.geocities.co.jp/MusicHall/1017/view9905.htm)、この核心を突く語り口、ピアニスト・オブ・ピアニストというべきか。これまで、国際フランス音楽コンクールでの一位大賞及び聴衆賞、フランス国際音楽コンクールでの最高賞、シュポア国際コンクールでのピアニスト賞、ブダペスト国際コンクールで最優秀伴奏者賞などを受賞している。

なかなか挑発的なCDジャケットである。

つまらない演奏には「太鼓の達人」のように楽譜が現れて打音をクリアしてゆくだけの体験に縛られるものだが、このバッハには躍動とダンスが溢れているようだ。跳ねる果実を見る思いがする。楽譜を天上に放つような崇高なバッハ観ではなく、その運動性によってバッハが着想した歌=旋律のスイングするような愉しみをあぶり出している。こんな生々しいバッハは初めてだ。

25歳のベートーヴェンがこんなに愛くるしいダンスを踊るとは。

巨匠ブラームス、16のワルツ、ワルツ王シュトラウスの時代にあって「真面目で無口なブラームス、あのシューマンの弟子で、北ドイツのプロテスタントで、シューマンのように非世俗的な男がワルツを書いた」と驚かれたという作品、なんとハイセンスでバラエティに富んだ感情を潜ませた躍動を書き分けていたことか。

才能あるインプロヴァイザーが瞬時にロジックを組み立てるが如くの、弾きながらの思考が存在している。橋本のピアノは歌い踊っているのだ。それは軽々しいやつじゃない、スコアを解析し尽くして、楽想を身体に取り込んで、そして跳躍する、力強くも軽やかでも情熱的でもあるのだ。

いや、そのピアノはいま聴いているおれが弾いている、とさえ感じられる歓喜。

ホロヴィッツの師であったというフェリックス・ブルーメンフェルトの作品は、ショパンとのクオリティに差は無いと解説されているだけだが、これはちょっと奇矯な逸脱がコンポジションに埋め込まれていて、そもそもこの作曲者自身があちら側に行っているようにも思える。天才は紙一重?そういうもんでしょ、ブルーメンフェルトは天才だ。

うううむ、橋本京子は来日リサイタルをいつするのだ。

ピアニストの世界ランキングは1位が岡田博美で2位がシフ、3位が岩崎洵奈だと先月書いては、エリソ・ヴィルサラーゼにガツンとやられ、アシュケナージには呆れ、ソプラノ幸田浩子の伴奏をする寺嶋陸也のタッチに痺れていたわたしは、ここに来てまたピアノ演奏の真の姿と奥深さと可能性に耳が拓かれる思いがする。

(やばいよな、ロックでもジャズでもブリティッシュだのプログレだのクールだの万華鏡のように細分化されたスタイル/ジャンルがあるが、クラシックのピアノひとつにそれらに匹敵する世界が拓けているなんて思いもよらなかったぜ。これだから、メガネ女子ってやつは・・・。現代ジャズのギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンを想うのさ。)(多田雅範)

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