#  1087

『アヴィシャイ・コーエン/アルマー』
text by 悠 雅彦


Parlophone/ワーナー・ミュージック・ジャパン
WPCR-15557 ¥2,400

アヴィシャイ・コーエン(Double & Electric Bass, Vocals)
ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Piano)
オフリ・ネへミヤ(Drums)
アミール・プレスラー(Drums)
コルデリヤ・ハグマン(Violin)アミット・ランダウ(Viola)ノアム・ハイモヴィッチ・ヴァインシェル(Viola)ヤエル・シャピラ(Cello)ケレン・テネンバウム(Violin)ガリア・ハイ(Viola)
ヨラム・ラヒシュ(Oboe & English-horn)

1.序曲「ノアム」オーパス1
2.ソング・フォー・マイ・ブラザー
3.オン・ア・ブラックホース/リニアリティ
4.ア・チャイルド・イズ・ボーン
5.アラブ・メドレー
6.サザン・ララバイ
7.ハヨ・ハイタ
8.シュロスレ
9.ケフェル
10.クミ・ヴェニッツェ・ハサデー   
11.アルフォンシーナと海(ストリングス・ヴァージョン)*
*日本盤のみのボーナス・トラック

録音:2013年6月2日〜9日、テルアヴィヴ(イスラエル)
プロデューサー:ラルス・ニルソン&アヴィシャイ・コーエン

イスラエル音楽家としてのアイデンティティを柔らかに押し出したサウンド

 ストリングスがピアノと戯れるように奏でる端正なオープニング。よほどのコーエン・ファンならともかく、人によってはCD盤を間違えたかと一瞬勘違いしそうなサウンドに、この新作の特異性が照射されている。これはいわばコーエンが音楽を通して繰り広げるお伽噺。そう思って聴き進むと、コーエンのサウンドの世界がときに小泉八雲の怪談話だったり、東欧の古い民話だったり、あるいは「星の王子様」だったりする。ここではこのコーエンの音楽を彼の活動舞台の中心であるジャズや、ここでの弦楽四重奏の響きから連想されるクラシックといったカテゴリーの罠にはまった、窮屈で限定された接し方では、かえってこのアルバムの特異な美しさや心地よさを素直に楽しむことを逆に遠ざけてしまうような気がする。
 40代半ばに達したコーエンは今まさに音楽家として成熟の頂点にあり、カテゴリーの縛りから完全に解き放たれた独自の自由な境地を切り開きつつあるようだ。4年ほど前に発表した『AURORA』でもそうだったが、余計な縛りや制約から自由になった音楽する喜びが躍動しているのだ。
 幕開きの「序曲」と題した(1)のストリングス・サウンドが中低音の落ち着いた響きをたたえており、それが全編のダークブルー調の色合いをまぶしたファンタジーにピタリと照準が合っている。ここで注目したのがストリングスの編成。弦楽四重奏といえば、通常は2本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロだが、コーエンはヴァイオリンを1本にし、ヴィオラを2本にして中低音のふくよかな響きを引き出すことに成功したのだ。これによって、ファンタジー調のサウンドのもう1つの要となっているオーボエの効果がさらに引き立つことになった。ここではオーボエはファンタジーのストーリー・テラー(語り手)なのだ。
 ここで演奏されている11曲は、(4)と(5)を除き、コーエンのオリジナル及び共作、ないしは彼の仲間の楽曲で占められている。(4)は優れたトランペット奏者でビッグバンドの傑出したリーダーでもあった故サド・ジョーンズの子守唄ともいうべき名歌。(5)がアラブ地域特有の伝承曲。この2曲が実は、本作品のキーともいうべき役割をになっている。というのは、コーエンがここで繰り広げているサウンド世界はイスラエルを起点にアラブ、中東、さらには東欧にまで広がり、ジャズやクラシック、さらにポップ的要素すらも取り込んで繰り広げたファンタジー、すなわち中東地域のお伽噺の恰好のアクセント、あるいは中東とイスラエルの異国情緒さえ感じさせるサウンド全体像のキー・ポイントとなっており、コーエン渾身のファンタジーの結晶となって繰り広げられていくからだ。
 多くの曲でコーエンはソロをとるが、これが不思議に少しも耳障りにならない。1つには彼のベースのピッチの正確さゆえだろう。むしろそのトーンは耳に心地よく弾んで物語への興味を掻き立てさえする。
 ここでピアノを奏するニタイ・ハーシュコヴィッツがそうだが、コーエン以後に現れたイスラエル生まれのミュージシャンたちの活躍ときたら、驚きを通り越すほどの目覚ましさだ。ジャズに限ったことではなく、クラシックでもポピュラー音楽でも注目すべき現象となっているのだが、とりわけジャズ(系)演奏家の飛躍が際立っている。コーエンを第1世代とすれば、1980年前後に生まれたミュージシャンは第2世代ということになるが、コーエンと同姓同名のトランペット奏者をはじめ、オマー・クライン、アーロン・ゴールドバーグ、オムリ・モーラやシャイ・マエストロらのピアニスト、ブラッド・メルドーも参加したクァルテットCDで注目を浴びているサックス奏者エリ・デジブリなど枚挙にいとまがない。たとえば、トランペットのアヴィシャイ・コーエン、その兄ユヴァル、その妹で現イスラエル・ジャズの立役者の1人として初のヴィレッジ・ヴァンガード出演を果たして話題となったクラリネット奏者アナートの3兄妹で組むスリー・コーエンズなどは中でも最も注目すべきユニットだろう。米国でイスラエル・ジャズが大々的に取り上げられて数年経つが、<イスラエル・ジャズ>と呼ぶべきジャズがさらに真価を発揮して本格的な躍進を遂げるとすれば、狼煙を上げたその流れの最初のパイオニアがほかならぬコーエンだったことを認めておかなければならないだろう。その意味でもイスラエルという風土、歴史、文化に根ざした音楽を志向し、この新作に象徴されるように、ジャズ演奏家としての矜持を持ちつつも、それ以上にイスラエル音楽家としてのアイデンティティを柔らかに押し出したサウンドで存在感を示したコーエンの音楽的広がりを称えたい。
 先に触れたニタイ・ハーシュコヴィッツら、いわばイスラエル第2世代の演奏家たちの充実した演奏にも注目すべし。先記『AURORA』で初演された「アルフォンシーナと海」の再演では、コーエンが初めて編曲したというストリングス・ヴァージョンが用いられている。彼自身のヴォーカルまで駆使したファンタジー展開にしばし聴き入った。(悠 雅彦)

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