# 1093
『上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト/ALIVE』
text by 神野秀雄
TELARC/ユニバーサル・ミュージック 2014年5月21日発売予定 初回限定版SHM-CD + DVD UCCT-9029 3,200円+税 通常盤 SHM-CD UCCT-1244 2,600円+税 プラチナ SHM盤 UCCT-40001 3,300円+税 ※DVDには、ブルーノート東京での最新ライブ映像(FIREFLY, SPIRIT)に加え、メンバー・インタビューを含むレコーディング・メイキング映像を収録 |
上原ひろみ (piano)
アンソニー・ジャクソン (contrabass guitar)
サイモン・フィリップス (drums)
1. ALIVE
2. ワンダラー
3. ドリーマー
4. シーカー
5. プレイヤー
6. ウォーリアー
7. ファイヤーフライ - solo piano
8. スピリット
9. ライフ・ゴーズ・オン
Total time: 74:52
Recorded by Michael Bishop at Avatar Studios, New York, February 5-7, 2014
Produced by Hiromi and Michael Bishop
世界を飛び回り、年間150回以上のコンサートを行う上原ひろみ。2011年、『The Stanley Clarke Band featuring Hiromi』(Heads Up)でグラミー賞を受賞。2012年、国際連合総会会議場で開催された第1回「インターナショナル・ジャズ・デイ」記念コンサートに唯一の日本人ミュージシャンとして参加。2013年には世界一権威あるジャズ誌「ダウンビート」の表紙を飾る。ニューヨークのブルーノートでも9年間連続で6日間公演を成功させているのも日本人として唯一の快挙だ。現在、世界で最もアクティブに活躍する日本人ジャズ・ミュージシャンであることは疑いがないが、2003年、23歳でバークリー音楽大学在学中にTELARCからのデビューとなった『Another Mind』以来ずっと活動拠点がアメリカから世界に向かっており、そもそも日本人ミュージシャンと捉えること自体が意味を失っている。(なお、TELARCは、もともとシンシナティ交響楽団やクリーブランド管弦楽団などのクラシック録音で知られ、現在はコンコード・ミュージック・グループの傘下にある)
日本でも1回のツアーで全国すみずみまで約20公演を行い(20年以上前のキース・ジャレットやパット・メセニーも地方公演を精力的に行っていたが、最近このような全国でのホール・ツアーが困難となっている点に注目したい)、東京国際フォーラム ホールAの2夜10,024席がすぐにSold outになる。ホールAの終演後に見る顔ぶれは本当に多様で、ジャズ・ファンという括りができず、J-Popからロックのコンサートで見かけそうな顔から、ふつうに街で見かけるカップルまで、老若男女でもあるが、全体に客層は若い方に寄っている。ひろみの音楽がジャズとしてどうなのかを議論するまでもなく、ひろみのオリジナルとなる音楽と、そのエネルギーに溢れた時間を共有することを待っている人々がこれだけ幅広く、とてつもない数でいるという現実に圧倒される。そしてコンサートから帰るみんなの表情が楽しさと喜びに溢れている。世代が連続しながら若い層が多いということも、ジャズのリスナーとマーケットが持続するという可能性の上でも無視できない。
ザ・トリオ・プロジェクトでは強行スケジュールにも関わらず、大御所アンソニー・ジャクソン、TOTOのメンバーでもあるサイモン・フィリップスが世界のどこまでもついていく。それはこの世界最強の二人にとってもひろみが特別な存在であることに他ならない。何よりもライブ中のこの3人の楽しそうな表情といったら、音楽に熱中する少年少女のようだ。このトリオは、2010年録音の『VOICE』に始まる。2012年に『MOVE』を録音、3年間にわたって世界を旅してきた信頼感の下で、2014年2月にニューヨークのアヴァター・スタジオで録音したのが『ALIVE』だ。
「生きる」という人生をテーマにし、誰しもが経験する人生におけるさまざまなシーンや感情を切り取って音で表現し、聴き手に感情移入させる。これらの曲は2013年末から年始にかけてのブルーノート東京7日間公演で初披露されたものだ。ひろみはこういう組曲の作り方が巧い。聴き手が身近に感じられる生活や人生を細分化し明確化して、音楽全体の難解さを超えて、誰にでもグルーヴをダイレクトに届け、感じさせる。その一瞬一瞬のパッセージの美しさも心に残る。ライブにおいて特に大事な点だが、ひろみは聴衆とのコミュニケ―ションを大切にし、決して一人一人を置き去りにすることがない。
『ALIVE』は、前2作に比べて、見かけ上は音楽がシンプルに分かりやすくなっている感はあり、中にはスムース・ジャズとして十分に聴ける部分さえある。それを物足りないと感じるファンもいるかも知れないが、その中で持ち前のスピード感とリリシズムはむしろ浮かび上がる。これだけ音数が多いひろみのピアノ、アンソニーのよく歌いグルーヴするコントラバス・ギターと、それこそ手数の多いサイモン・フィリップスのドラミングは、正確で無駄がなく、音が濁らない。場数と信頼感に裏付けされ、確かな耳とタイム感を共有するこの3人だからできることだ。
1曲目<ALIVE>から期待を裏切らず、3人の大胆なプレイの中に、スピード感と躍動感とゆったりしたメロディーが共存し、1曲の中にもストーリーがある。新作を楽しみにしていたファンに「おかえり」を言っているかのようだ。<ワンダラー>では、美しいピアノのフレーズが宙を舞いながら、やがてフォービートへ。そしてアンソニーのコントラバス・ギターとピアノのリフが優しく締めくくる。ピアノソロで演奏される<ファイヤーフライ>。蛍という意味だが、「過ぎ行く時間(とき)。まるで夢だったと言わんばかりに。」というセルフ・ライナーノーツが添えられている。ひろみのリリカルなピアノ・フレーズを抜き出して静かに聴いてみたいと思っていたところに、やられた、心憎い構成だ。ECMやヨーロッパ的な感性へは向かわず、強いて言うと塩谷 哲(しおのやさとる)の感性と多少オーバーラップするだろうか。この心象風景は、故郷の静岡につながるのか、ともあれ日本を意識させ、切なさを感じさせる。アコースティックな小ホールで聴く機会があったらよいのだが。ここで、繊細な表現力のあるこのトリオがバラードだけ演奏したらどうなるのか妄想してしまったが、次の<スピリット>で、3人が穏やかに歌い上げたらという演奏が、ゴスペル調ながらしっかり用意されていて、もう心が見透かされているようだ。ただ正直、<スピリット>は個人的にはもう少し静かなまま終わって欲しい気もした。ひろみのオリジナルは1曲中にたくさんの顔を持ちたくさんの要素が詰め込まれているが、シンプルなまま終わる曲もいくつかあると、曲をまたがっての感情の動きが明確になる。つまり、<ライフ・ゴーズ・オン>が活きるかなと思った。締め括りとなるこの曲は、「人生は続いて行く。何があろうとも。だから進むしかない。」と書き添えられている。聴き手はここで3人から明日への確かなエネルギーを受け取りながら、ひろみとの旅を終えることになる。
最近でも、古くからのジャズ・ファンやミュージシャンから、ひろみへのネガティブなコメントが聞こえてくることがあるが、ひろみの音楽が、日本のジャズのマーケットの広さを超えて幅広く受け止められている現実の前には、その批判も力を持たず、むしろその違和感の中に何が起こっているのかを見据える必要があるのだろう。J-Popにしてもこの20年間でスピード感とサウンドの作りが大きく変わってきた。旧来の価値観では耳障りと感じられるはずのひろみの音は、今ではジャンルを超えて、多くの人々の体内からアドレナリンを溢れさせ、ポジティブなエネルギーを生み出す魔法の音になっているのではないか。
ひろみは突然変異種に見えることもあるが、ひろみより下の世代の日本のジャズ・ピアニスト、ピアノ・トリオの音には少なからず、またときに明確すぎるほどひろみの影響が感じられる。ある意味で、もはやメインストリーム的な位置にすらあるといえる。ひろみが尊敬するオスカー・ピーターソン、チック・コリアなどからの時間の流れの先に必然性をもって存在している。ひろみの影響を受けている中にはバークリー組もいて相当なレベルで音を創り出しているが、ただ、ひろみの強烈な個性を吸収した若いピアニストが自分のオリジナリティにどう昇華させるのか?またそのスタイルだけではなく、ひろみの持つコミュニケーションとグルーヴの真髄まで含めて乗り越えていけるのか?楽しみでもあり、とても困難でもあり。いや、そんなことは、バップ時代にチャーリー・パーカーの影響うんぬんを素人がコメントするように余計なお世話なのかも知れない。
ザ・トリオ・プロジェクトの来日公演は秋冬になるのだろうか。録音後もトリオのツアーは恐ろしいペースで続いているから、来日の頃にはとんでもない濃密なインタープレイを聴かせてくれるはずだ。そして、ひろみ自身が今後どう劇的に変化していくのか、これからがとても楽しみだ。(神野秀雄)
【関連リンク】
上原ひろみ オフィシャル・ウェブサイト
http://www.hiromiuehara.com
ユニバーサル・ミュージック 上原ひろみ
http://www.universal-music.co.jp/hiromi-uehara/
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MOVE (TELARC / ユニバーサル・ミュージック UCCT-9027他) | VOICE (TELARC / ユニバーサル・ミュージック UCCT-1227他) | Another Mind (TELARC / ユニバーサル・ミュージック UCCT-1077) |
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MOVE Live in Tokyo (ユニバーサル・ミュージック UCBT-1004) | The Stanley Clarke Band featuring Hiromi (Heads Up / ユニバーサル ) |
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