#  1097

『中村タケ/イタコ』
text by 悠 雅彦


〜 発行:イタコ 中村タケを記録する会 〜
アド・ポポロ社発行
DVD : KSNDVD 1 ~ 2/CD : KSNCD 1 ~ 6

 この作品は通常の音楽CDとはやや性質を異にする。従って、音楽CDと向 かい合って聴き、それを評して文章にするいつもの手順や慣習からは離れたアプローチをとることをお許しいただきたい。
 2枚のDVD、6枚のCD、及び300ページにも及ぶ長大なテキストと解説書を、1つのパッケージにして世に問うた作品である。この成果が高く評価された結果、この作品は平成25年度(第68回)文化庁主催<芸術祭>における《レコード部門》の「優秀賞」に輝いた。
 ちなみに、大賞は1928年録音の豊竹古靭太夫(山城少掾)演ずる伊賀越道中双六の「岡崎の段」未復刻・名演集を発売した日本コロムビア、他の優秀賞にはJ.S.バッハ:ライプツィヒ・コラール集/松居直美を制作したカメラータ・トーキョー、Return to Bach /日下紗矢子を制作した日本コロムビアが選ばれている。
 この『イタコ』は、文字通りイタコと呼ばれる盲目の巫女の、日常的なイタコ所業というシャーマニズム文化を初めて完全収録したもので、これによって後世に伝えることが可能になった貴重な記録であり、優れて掛け値なしの労作である。解説によれば、今日では晴眼のイタコが多く、目が不自由な昔ながらのイタコは10人ぐらいしかいないというが、その僅かな1人が本作全編をカバーする中村タケさんである。先記の優秀賞に選ばれた際の評文には、「信仰、習俗、音楽などが一体となっている日本文化の深層を明らかにする貴重な成果として高く評価する」とある。
 私にはイタコにまつわる忘れられない思い出がある。それはジャズ写真家の故・阿部克自氏が元気に活躍されていたころ(80年代と記憶する)、青森の恐山を放送取材で訪ね、さるイタコにジョン・コルトレーンの霊を現世に降ろしてもらったという話をうかがったことだ。当時、氏が多忙だったこともあり、残念ながら氏の生前にその詳細を聴き損なってしまった。ただ、日本の伝統芸能、あるいは日本人の深層文化を底辺でになってきた存在が盲人の音楽家(注)であり、とりわけ伝統芸能や伝統音楽は西洋文化とは異質の<声>や<声の力>を根源または起点とする独特の発生と発展の歴史を持つと理解してきた私は、イタコがその一角を占める存在ではないかと考えてきた。別の言い方をすれば、日本の伝統芸能や音楽は西洋的なコンセプトから離れない限り、その深層に近づくことすらもできないのではないか、と。イタコの唱えを音楽とは無縁の単なる宗教的所業に過ぎないと思った時点で、日本文化の底に秘められた謎に迫る機会は失せてしまうに違いない。
 (注)日本では中世・近世に盲官の最高位を占めたのが盲人の検校で、江戸時代になって地歌、箏曲、胡弓などが盛んになるにつれ、検校の地位はさらに上がって近世邦楽の発展の礎となった。
 イタコの業は、●オシラ遊ばせ(イタコがオシライサマと呼ぶ、東北地方で家の神をまつる行事を起源とし、解説書によれば「全国の神々の名を読み上げ、厄災を祓い除ける春祈祷の儀礼」だという)。タケさんは男女のオシラサマ人形を両手に嵌め、揺り動かしながら祭文を語る(詠唱、朗誦、吟誦する) ●口寄せ(神仏迎えに始まる。ホトケ、あるいは霊との語り合い。ホトケおろしの業。彼岸や四十九日などの忌日に行われる) ●マジナイ、または呪い(病気や禍厄を祓い、災難を取り除く唱えごと)、からなる。タケさんが語り朗誦(吟誦、詠唱)するすべては、すなわちこれら一貫した儀礼に始まる(解説書には「儀礼を構成する個々の唱えごとをも、音響映像という見える形で、いわば“生きたかたち”として収録している」とある)。
 イタコ所業の全容を明らかにする音響映像は、これが初めてだそうだ。何と6年がかりでタケさんの全所業を収録したという、極めて貴重な記録と言わなければならない。1932年生まれのタケさんの声は、このCDと映像でうかがう限り、驚くほど艶があって若い。のみならず祭文をかくも明瞭に声に託して綴っていく朗誦の滑らかさ。通常、この種の作業は宗教や民俗学の研究者たちによってなされるものだが、「中村タケを記録する会」代表の中山一郎氏によれば、この労作は通例に反して「伝統音楽・音楽史や音楽学、及びそれに近い分野の、どちらかといえば音楽寄りの研究者によって編纂された」という。最初に、この「記録する会」のメンバーを一瞥したとき、実はびっくりした。シンガーとして精力的にライヴ活動を展開している、おおたか静流や、朝日新聞で古典芸能の舞台評や演劇記事を書く記者として健筆をふるっている西本ゆか(ほかに、きむらみか、伊藤恵)らの名前が目に入ったからだ。またメンバーで本作の編者である小島美子氏や薦田治子氏らは私がよく存じ上げている先生方である(他の編者は代表の中山氏のほか沢井邦之、角美弥子。なお沢井氏は作業半ばの3年半ほど前に急逝された)。
 それにしても、上記の編者たちが何と「全員が琵琶を携えて檀家を回り、『釈文』(しゃくもん。仏教説話)を弾吟する、日向の琵琶盲僧・永田法順師(故人)の日常的な盲僧行を、音響映像によって記録・保全するプロジェクトに深く関わった(永田法順を記録する会2005)」仲間たちだったとは初めて知った。中村氏はこれについて、「タケさんの唱えの中に、永田師と通底する、<声の力><コトバの面白さ>を感じ取ったからに他ならない」(以上、解説書より)と振り返っている。
 聴き終え、見終えて、思う。霊たちの密やかな呟きを聞き取ることができる、現代の人々が喪失した能力を持つイタコという巫女は、中村タケさんを最後にこの世から消えてしまうのだろうか。晴眼のイタコにタケさんのような霊力は私には期待できない。恐山で母親のタマシイをおろしてもらったと始まる山折哲雄氏の寄稿文、その昔は名だたるオガミサマ(巫女)地域だった気仙沼にはイタコは1人もいないと嘆じる駒沢大学名誉教授・佐々木宏幹氏の「生者と死者の直接媒介者が消えた。これは日本人の死者感覚を培い育ててきた深層文化の崩壊を意味する」という寄稿文のくだり、「中村タケさんの唱えられるものは、神道も仏教も修験道もその他の民間信仰も、日本人の信仰に関わるすべてが、自由に行き交い、ゆたかな世界をつくっている」と書く小島美子先生の献身ぶりに、それぞれ敬意を表したい。
 少しでも関心のある方々にぜひ機会を見つけて中村タケさんの唱えごとやマジナイとウラナイの驚きを体験していただきたい。(悠 雅彦)

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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