# 1099
『加藤真一/アローン』
text by 悠 雅彦
Roving Spirits RKCJ-2055 |
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加藤真一(bass)
1.ラ・ヴィ・アン・ローズ
2.デューク・エリントン・メドレー
3.ディア・オールド・ストックホルム
4.サマータイム〜アイ・ラヴズ・ユー・ポーギー
5.ドキシー
6.イン・ウォークト・バド
7,言い出しかねて
8.ハウ・インセンシティヴ
9.バラード・オヴ・ザ・サッド・ヤングメン
10.オルフェのサンバ
11.シャレード
12.ラ・フィエスタ
13.セイント・オヴ・フラワー
Recorded at Studio 246東京、2013 年12月18&1
Recording & Mixing Engineer:穴井正和
Producer:富谷正博
私が実際に聴いて知っている限りで言えば、俗にいうピッチ、すなわち音程が抜きん出ていいベース奏者は海外だったらイスラエルのアヴィシャイ・コーエンを、日本のベーシストなら加藤真一をイの一番にあげる。ベースの良し悪しを判定する基準は、決して音程だけにとどまるものではない。実際その昔、ポール・チェンバースを初めて聴いたとき、音程の悪さには閉口したのだが、音程面の不満を忘れさせるほどそれ以外のベース技法や際立ったセンスがその後私の心に強くアピールしたことを今でも懐かしく思い出す。ジョン・コルトレーンが『ブルー・トレイン』の録音のときだったか、彼をしのぐベース奏者はいないと語ったのも、想像するに同様の理由だったのではないだろうか。1音に込めたエモーションの密度の濃さが圧倒的で、結果として音程面の弱点をおおい隠してしまう、そんなことがあるのだ。
加藤真一のベースを初めて聴いたとき、それまで聴いてきたベース奏者に概して共通するジャズ独特のどろどろとした情念からは遠い、むしろ透徹したピュアな響きが印象的だった。この新作で、久しぶりに彼のベースのトーンが耳に入ってきた瞬間、なぜか彼の演奏を初めて聴いたときのことが急によみがえった。ベースのソロ演奏集と知ったときは、打ち明けてしまえば実はさほど期待したわけではなく、とりあえずほんの少しだけでも聴いておこうかといった軽いノリだった。ベースによるソロ演奏、ましてやアルバム吹込ともなればそれ相応の覚悟が要求される創造的作業だからだ。すなわち、最初から結果が予測できたわけではなかった。要するに、加藤真一というベーシストとベースのソロ演奏集との関係がピンと来なかっただけという、実に他愛ない理由に過ぎなかっただけのことだ。ところが、である。ほんの数曲のつもりが、1曲聴くごとに予想を覆していく彼の演奏にぐいぐい引きこまれ、結局は途中で切り上げられなくなって、終わってみればとうとう最後まで一気に聴き通してしまったのである。たまに経験することだが、この新作で久しぶりにその快感を味わった。それだけ彼の演奏は、私の浅はかな予測や思惑を鮮やかに越えるものだったといってよいだろう。
オープニングの<ラ・ヴィ・アン・ローズ>。このフットワークの軽さをどう見るか。もしかすると加藤には、当初からファンにアピールする狙いが第一にあり、あえて極北の地を冒険するような演奏にすることは極力避けようとの意図があったのかもしれない。“バラ色の人生”の邦題でも有名なエディット・ピアフの傑作、というよりジャズ・ファンにはルイ・アームストロングが50年代に入ってヒットさせた歌として忘れられない1曲というべきこの名曲は、加藤のこの演奏のように軽快なステップで多くの人が浮き浮きと口ずさむことができるメロディーに思いを託した方が自然だ、と。そう彼自身が判断したとしたら、これぞ慧眼というべきだろう。事実、このあとのエリントン・メドレーにしても、<ディア・オールド・ストックホルム>にしても、あるいは4曲目のガーシュウィンのポーギーとベス・メドレーにしても、彼は人を煙に巻くような演奏はしていない。しなやかなトーンで素直に、あたかも歌詞を口ずさんでいるかのようなイントネーション(抑揚)を聴く者に感じさせるようにして、さまざまなラインをベースで歌っているのだ。これがこの新作のアイディアを実現させる当初からの彼の魂胆だったとしたら、作戦は奏功したといってよい。それによって加藤ならではのベース・トーンのしなやかな美しさと抜群の音程のよさが鮮やかに浮き彫りされるという、極上の結果を招き寄せることができたのだ。
加藤はしかし、それだけでは終わらない。M5<ドキシー>ではテーマの提示とアドリブ・ソロの双方でアルコ奏法(弓弾き)を。ボーリングによって彼のベース音色の艶やかさがいっそう映える。この加藤の愛器がオーストリアの名匠 F. Herzlieb 氏の手になる1837年作の銘器だと、本作に一文を寄せている佐藤允彦氏の指摘で初めて知った。豊潤なワインの香り立つ響きとでも形容したくなる喉ごしのいいサウンド、いや耳に心地よい調べ。この曲を全編アルコで演奏するとは意表を突かれたが、加藤ならではの音程の良さとベースの魅力的な響きなればこその<ドキシー>だった。このM5からM8あたりが本作のクライマックス、言い換えればベース奏者としての加藤の技術的・創造的な本領が発揮された会心のトラックと聴いた。無論C.コリアのM12「ラ・フィエスタ」を正攻法で演奏して驚かせる演奏や、アイルランド民謡M13での重音の迫力など全編にわたってベース・ソロの魅力的な音や世界を堪能できることは言うまでもない。ただM8のモンク作品における演奏が象徴するように、弁舌過多に陥る危険を回避し、霊感が泉のように湧き出るがごときリラクゼーションを保ちつつ、ベース演奏家としての矜持を示したこの新作は、15年ほど前の『Old Diary』からの飛躍を印象づける作品だったと言っていいような気がする。
不運にして前作を聴く機会がなかったので久しぶりの加藤作品だったが、聴き終えてみれば堪能しながら聴き楽しんでいる自分自身がいた。彼はメモ書きの最後で宣言している。「15年後に(三たび)ベース・ソロを録音する」と。残念ながらそのときには私は間違いなくいないだろう。(悠 雅彦)
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