#  1101

『Mizuho /ロマンティック・ガーシュウィン』
text by 悠 雅彦


Pony Canyon
PCCY - 30221

Mizuho (vo)
タイガー大越(tp/5)
ティム・レイ(p)
ティム・ミラー(g)
アレイン・キャロン(b)
マーク・ウォーカー(ds)
ストリング・カルテット
Special Guest : ゲイリー・バートン(vib/3,6,7,8)
編曲(ストリングス編曲を含む):タイガー大越
オーケストレーション:エドマー・コロン

1.サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー
2.スワンダフル
3.ラプソディ・イン・ブルー
4.アイ・ガット・リズム
5.サマータイム   
6.エンブレイサブル・ユー
7.ザ・マン・アイ・ラヴ
8.バット・ノット・フォー・ミー
9.アイ・ラヴ・ユー・ポーギー

プロデューサー:タイガー大越
エンジニア:マット・ボードワン
2014年1月10日〜13日、ボストン録音

 秀作だった前作『Dear Duke』に続くこの新作で、Mizuho は日本のヴォーカル界に限定されない世界的な評価を決定的なものにするのではないだろうか。いつものようにザッと通して試聴した私の第一印象は文句なしの二重丸だった。
 もっとも、昨年だったか六本木で Mizuho のライヴを聴く機会があったものの、期待した結果が得られぬまま終わったこともあって、実は今回試聴する前はこれといった大きな期待に胸弾ませるワクワク感があまりなかった。ライヴという場は、吹込の前宣伝でどんな美辞麗句を弄して祭り上げた才能でも、間違いなく裸にしてしまう。余談ながら、ライヴで真価を発揮することこそ、裸の王様の不名誉を一掃するまたとない場となる。言い換えるなら、期待に胸を躍らせていた私にとって、レコード作品の中の彼女とライヴで目の当たりにした彼女とは別人のようだった、ということだ。
 そんな体験があったせいかもしれないが、オープニングの<サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー>が耳に入った瞬間、私には別人のように聴こえた。今度の“別人”は何かしらいっそう柔らかな魅力を纏った“新しい別人”として、私の前に突如現れたのだ。えっ、これがあの Mizuho ? いささか狼狽した私は第2作の『Stars and a Moon』と前作とを聴き直した。むろんのこと、まちがいなく Mizuho だ。でも何という柔らかさ、そして、この真綿のような息遣いとタッチ。全9トラックを聴き通すと、(8)の<But Not for Me>がいわばいつもの Mizuho の声でありフレージングだ。すると、このソフトで楽園の柔らかな緑の上をそっとそよぐ風のような(1)や(3)の彼女は、さらに手触りのいいソフィスティケーションを衣のように纏った妖精のよう。(1)で彼女はヴァースから歌う。このヴァースのナチュラルな唱法といい、フレーズにしのばせたドリーミーな心地よさといい、この1曲で本CDのすべてが明らかになったと私は確信した。そして、結果はその予想の通りだった。それはまた秀作だった前作をも超えたといって言い過ぎではない出来映えを示すにいたった。もしかすると、内容的に前作との違いを生んだ、そのほんのわずかな差は、エリントンとガーシュウィンの違いゆえではないか。両作曲家の格の違いではなく、いわば作品や楽曲の賦質の違いとでもいうべきものだ。ベートーヴェンとモーツァルトの違いみたいなものだ。それだけガーシュウィンの作品はとっつきやすい。「ロマンティック」という形容詞はガーシュウィンの作品集だからこそふさわしいともいえるのだ。
 『Dear Duke』で聴く者を驚かせた(Mizuho のヴォイスが楽器のサウンドの1つとなって活躍した1曲)<A Flat Minor>に対応する1曲が、(3)の<ラプソディ・イン・ブルー>だろう。もちろん「ラプソディ」の全曲を演唱(奏)しているわけではないが、彼女のよく訓練されたハイ・ヴォイスのコントロールのよさを活かしたタイガー大越のペンの冴えであることは言うまでもない。これを聴くと、コットン・クラブ時代のエリントンがアデレイド・ホールのヴォイスを楽器として使った<クリオール・ラヴ・コール>の歴史が突如甦った思いだ。90年近くも前のジャズの伝統がこうして生き続ける、何よりの素晴らしい例といって差し支えあるまい。
 この Mizuho の第4作には3つの点で大きな特色がある。1つは、Mizuho の過去の吹込作品同様、この第4作でもタイガー大越がプロデュースを担当し、かつ全曲を編曲していること。しかも、この新作ではストリングスを用いたサウンドづくりのため全米屈指のオーケストラで現地(ボストン)の顔でもあるボストン交響楽団の弦楽奏者4人が流麗なアンサンブルを提供している。タイガーの貢献は編曲に存分に示されているが、<I Got Rhythm>や<The Man I Love>でエイトビートを用いて展開した発想のユニークさに私は大いに感心した。弦楽四重奏のアレンジもアイディアに富み、彼がいかに Mizuho のヴォーカリストとしてのセンスと才能を愛でているかがよく分かった。本領のトランペット演奏は<Summertime>の1曲だけだが、彼女のヴォーカルを立てることに専念したすえのその決断と配慮に彼のプロデューサーとしての自覚を見る思いだった。
 もう1つ、というより本作最大の驚きがヴァイブのゲイリー・バートンが4曲にわたってゲスト出演をしたことだろう。小曽根真とのジョイント活動で斯界きってのヴァイブ奏者であることを改めて示したバートンは、Mizuho の『Dear Duke』を聴いてその歌唱力にいたく共鳴したらしく、進んでゲスト演奏に臨んだ。<ラプソディ・イン・ブルー>での演奏もさることながら、 Mizuho とデュエットした(6)の<エンブレイサブル・ユー>での繊細なプレイがハーモニー、オブリガート、ソロなどのすべてにわたって発揮されており、とりわけ印象深いトラックだった。また、(7)の<The Man I Love>でも原曲のコード進行とは違うラインで展開したソロなど、聴く者を引きつける演奏を繰り広げている点はさすがというべきだろう。
 最後に。冒頭で触れたように、Mizuho のヴォーカル1点に限っていえば、<Someone to Watch over Me>が最良のトラックだが、これに勝るとも劣らない1曲がクロージングの(9)<I Love You Porgy>である。彼女は(2)の<'Swonderful>でスキャットを試みるが、私見でいえばスキャットはこの1作では自重した方がよかったような気がする。それはオープニングとこのクロージングのヴォーカルを聴いていただいたら納得していただけるだろう。ここではギターとベースをバックに恋人への思いをしみじみとしたタッチで歌うのだが、彼女の本領がこのヴォーカルに発揮されている。バックがギターとベースだけゆえに、オープニングと違って間(ま)とスペースがこの抒情的なフィーリングを生んでいることを見逃すべきではないだろう。
 『Dear Duke』と並べて比較すれば確かに甲乙はつけがたい。だが、Mizuho にとって(タイガーにとっても)会心の1作だったことだけは疑う余地がない。(悠雅彦)

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