# 1109
『ア・タイム・フォー・ラヴ/辛島文雄トリオ』
text by 望月由美
ピットインレーベル Mシリーズ PILM-0003 2,500円+税 |
辛島文雄(p)
楠井五月(b)
小松伸之(ds)
1.ミスター・J.H.(辛島文雄)
2.イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ(T・ダメロン)
3.ヘッド・スタート(B・ハッチャーソン)
4.レイト・オータム(辛島文雄)
5.ステイブル・メイツ(B・ゴルソン)
6.サン・ライズ(辛島文雄)
7.リヴァーサイド・ノーボディ(辛島文雄)
8.アップ・ジャンプト・スプリング(F・ハバード)
9.フー・ケアーズ(G・ガーシュイン)
10.ア・タイム・フォー・ラヴ(J・マンデル)
プロデューサー:辛島文雄、品川之朗(ピットインミュージック)
エグゼクティヴ・プロデューサー:佐藤良武 (ピットインミュージック)
エンジニア:菊地昭紀 (ピットインミュージック)
録音:2014年4月3日、4日 沖縄市民小劇場 あしびな〜
ピッカピカの新録である。録音から僅か2か月でリリースというまさに離れ業の速さである。辛島文雄(p)の新作はレギュラー・トリオによる演奏。前作『サマータイム』(PILM-0001)はクインテットによる新宿ピットインでのライヴであったが今回は沖縄でのホール録音である。
3人の気持ちがひとつになったかのような一体感と明るい解放感が清々しく、その中から一心に音に集中する辛島文雄の姿がくっきりと浮かび上がってくる。
このところ、アコースティック・ピアノに専念していた辛島だが、ここでは曲によってシンセ、エレクトリック・キーボードも併用している。楠井五月(b)も曲によってエレクトリック・ベースを弾いているが、いわゆる一般的な電化サウンドとはかけ離れた斬新さがあり、エレガントなサウンドはアコースティックそのもの、その中で辛島文雄のダイナミックなピアニズムが貫かれている。
演奏している曲はジャズ・スタンダード6曲と辛島のオリジナルが4曲収められていて、最後の(10)<ア・タイム・フォー・ラヴ>はピアノ・ソロとなっているが、このピアノ・ソロが圧巻である。
この曲のソロ・ピアノによる演奏では先ず、ビル・エヴァンス(p)の『アローン』(Verve,1968)が頭に浮かぶが、辛島文雄はそれからおよそ半世紀の時を経てJ・マンデルの美しいメロディーを今に蘇らせてくれた。辛島は最初の一音から魂を込めて弾いていて、躍動感、勢いが伝わってくる。また、ゆったりとしたスローな歌い方が瑞々しく、左手と右手のコントラストが鮮やかで、ペダルの余韻が格調高い。前回のソロ・アルバム『ムーン・リヴァー』(Videoarts、2008)はファツィオーリでのホール録音であった。そして今回はスタインウェイでのホール録音、辛島のピアノへのこだわりが感じられる。
タッド・ダメロンの(2)<イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ>もエヴァンスの愛奏曲で、エヴァンスが何度もレコーディングを残している曲であるが、ここでの辛島は一音一音を際立たせてスタインウェイを艶っぽく鳴らしている。小松伸之(ds)のブラシが好サポート、ブラシの微妙なニュアンスが演奏に味わいをもたらす。そして楠井五月(b)もどっしりと腰の据わったウッド・ベース・ソロで存在感を発揮する。
ライナー・ノーツの中で、辛島はこの曲は3年前に亡くなった後輩に捧げた曲だと語っているが、その友人を知らない者にとってはビル・エヴァンスへの鎮魂の曲ににも聴こえる。
(3)<ヘッド・スタート>では凡そ30年ぶりというエレクトリック・キーボードのソロが聴けるがトリオの3人の集中度が余りにも高く、その過激度に圧倒される。3人の創り出したエレクトリックは透明感のあるクリアなサウンドである。
(4)<レイト・オータム>では辛島はシンセとピアノを同時に弾いて、イマジネイティヴな世界を展開している。ピアノの傍にシンセを配置しての一発録りだったそうである。辛島のジャズへ向き合う真摯な姿勢が伝わってくる。
(8)<アップ・ジャンプト・スプリング>では楠井五月がテーマから続けてソロをとり全面的にフィーチャーされていて、そこに小松伸之がブラシで絡んでゆく、ジャズのグルーヴが横溢している。
ドラムの小松伸之はトリオの性質上派手なロング・ソロはとらないが、随所で辛島とのバースを繰り広げ聴かせどころを展開し、辛島は日ごろからジャズはドラムだ、と口にしているが小松もそうした辛島の期待にしっかりとした強いビートで応えている。
アルバム『ア・タイム・フォー・ラヴ』(PILM-0003)は、ピアノ・テクニシャンやエンジニアをはじめピットインミュージックのスタッフが沖縄まで出かけてホール録音したもので、これまでのピットインでのライヴとは空気感が違う。沖縄でのツアーの際、何度かこのホールで演奏した辛島がピアノやホールの響きが素晴らしく、心に残っていて、地元の関係者の協力もあって今回実現したのだそうだ。
アルバムからは、常に前進、ライヴの最前線でシーンを牽引してきた辛島文雄のこのトリオにかける情熱、リーダーシップが若い二人を触発し、和やかな中に精神の集中が伝わりエネルギッシュな、しかも密度の濃い作品となっている。 (2014年6月 望月由美)
望月由美(もちづき・ゆみ)
FM番組の企画・構成・DJと並行し1988年までスイングジャーナル誌、ジャズ・ワールド誌などにレギュラー執筆。
フォトグラファー、音楽プロデューサー。自己のレーベル「Yumi's Alley」主宰。『渋谷 毅/エッセンシャル・エリントン』でSJ誌のジャズ・ディスク大賞<日本ジャズ賞>受賞。
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