# 1110
『モーツァルト:後期三大交響曲〜交響曲第39番、第40番、第41番 フランス・ブリュッヘン(指揮)18世紀オーケストラ』
text by 藤原聡
GLOSSA GCD921119 オープン価格 |
モーツァルト:
交響曲第39番変ホ長調 K.543
交響曲第40番ト短調 K.550
交響曲第41番ハ長調 K.551『ジュピター』
18世紀オーケストラ
フランス・ブリュッヘン(指揮)
録音:2010年3月4日 デ・ドゥーレン(オランダ、ロッテルダム)
エンジニア&プロデューサー:ヨッヘム・ジーン
ブリュッヘンが今は存在しないPHILIPSレーベルにモーツァルトの後期三大交響曲を録音したのが1985年〜1988年なので、この2010年3月に録音された同曲の再録音は実に四半世紀ぶりということになる(ちなみに先に発売されたベートーヴェンの交響曲全集は2011年10月録音。発売の順番は逆になった訳だ)。最初の録音時の1980年代半ば。この時代には、黎明期とは言えないまでも、古楽器ムーヴメントはまだ完全には一般化してはいなかった時代であろう。そして再録音された2010年代、それはことさらに特権化されるものではなくなり、古楽器演奏はもはや普通のこととなった。そういった時代の変遷にブリュッヘンの演奏がいかにリンクしているのか。言うまでもなく、今日の古楽器演奏隆盛における最大の功労者たるブリュッヘンであるから、そこにこの稀代の音楽家ならではの「時代との切り結び方」がどう反映されるのかは興味津々である。
果たして、その演奏は、根本的な変化はない。大きく言えば、旧盤が音のエッジが立っており、コントラストが鮮明であったのに対し、この新盤では残響の豊かな録音のせいもあるのか、テンポ設定はほぼ同じ、もしくは若干速くさえなっているにもかかわらず音と表現は全体にまろやかになっており、全く「古楽器」ということを意識させない(但し第39番でのメヌエットのトリオにおけるクラリネットの装飾と、終楽章の1番最後でのフッと息を抜くようなディミニュエンドがいかにもブリュッヘンらしく素敵だ)。思えば、ブリュッヘンはアーノンクールのようないわば、こうあらねば! というような「イデオローグ」タイプとは違い、最初からモダンvsピリオドという対立軸に対して超然としていた、自身の美的感覚にのみ忠実な根っからの「芸術家」タイプ、というように感じる。そのブリュッヘンが、齢80になんなんとする今、己の信ずる「美」を、この人と言えども若い時分にはあったであろう気負いから完全に開放されて遊んでいるという趣を感じる。この自由な空気感は今のブリュッヘンからしか感じられないものだろう。
最後に個人的なことだが、2009年に新日本フィルに客演した際のブリュッヘンの演奏が頭から離れない。まさにモーツァルトの後期3大交響曲を演奏したのだが、第40番のゾッとするような影のある表現と雰囲気、もっと言えば「死臭」に感嘆したことを思い出す。一体どのような魔法を使って新日本フィルからあのような音を引き出したのか。この一事を以て、筆者はブリュッヘンは大芸術家だと認識したのだった。微妙な空気感や気配という奴は録音ではなかなか再現できないものだけれど、この録音は、筆者が実体験をしているがゆえの「脳内補正」が働いているかも知れない、ということを割り引いても、あのブリュッヘンの「魔法」が感じ取れるのではないか。(藤原聡)
藤原 聡(ふじわら・さとし)
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。
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