# 1111
『石井彰/エンドレス・フロウ』
text by 悠雅彦
Studio TLive Records STRL - 009 |
石井彰 (p)
類家心平 (tp:M3、4、5、6)
杉本智和 (b:M5を除く全曲)
川村竜 (b:M3、4、5)
江藤良人 (ds)
1.Endless Beginnings
2.Synchronized Step U
3.十二神将
4.Memory of March
5.Circle
6.M.R.
7.I Remember Clifford
8.Message from Abyss
Recorded on 2013 年11月26日&2014年2月26日 at Studio Tlive
Recording Engineer : 菊地昭則(ピットイン・ミュージック)
Producer : 多田鏡子(ラルゴ音楽企画)
最初にお断りしておかなければならないのは、石井彰のこの1作の評価に携わる執筆者として、私が決して適格者ではないということだ。なぜなら、私は彼が21世紀に入って吹き込んだアルバムの大半を満足に聴いていないことに加え、ライヴの現場に足を運んで実際に彼の演奏に触れる機会をもてずじまいだったからである。それにもかかわらず、引き受ける覚悟を決めた理由は、ひとつが本作を制作した側からのご指名にあずかったことと、もうひとつが送っていただいた音源を聴いていたく心を動かされたことの2点だった。彼が日野皓正クィンテットの1員になった初期の演奏に何度か接して以来、本当に久しぶりに聴いた彼のプレーヤーとしての姿勢やピアノ奏法ががほとんど変わっていないことに、率直にいって私はむしろ驚いた。いや、安堵したというべきかもしれない。この最新作品は、音源に添付された資料によれば、前作の『 Embrace 』(EWE)から10年ぶりのユニット録音だという。ここにはトリオと、最近トランペットの類家心平を加えて組織したクヮルテットの演奏が収録されており、加えて2曲(M3とM4)は2人のベーシストを起用したツインベースの演奏ということもあって興味をそそった。
オープニングの「エンドレス・ビギニングス」で石井のピアノの響きを聴いているうち、私は知らず知らず由緒ある仏像が安置されている、たとえば東大寺や興福寺の堂内に足を踏み入れたときのひんやりした空気や仏像から差し込んでくるかのような透徹した光にたゆたっている気分に浸っていたような気がする。たとえば、ピアノの音が月の光の雫のように落ちてくる、その内的な吐露に身を寄せていると、新たな旅に出て行こうとする音楽家の決意ともいうべき思いに触れたように感じがして、それが仏堂のたたずまいと重なったからだ。
石井が仏像への造詣を深めていることとも関係があることは言を待たない。といって、本作は静かな曲ばかりではない。ブルース(M5)もあれば、ファンク風なビートの演奏(M6)もある。入り組んだ拍子とリズム・パターンが次第に演奏自体を刺激してまっとうな展開をしない作品(M2)もある。にもかかわらず、この作品を貫いている冷気は、仏像の美が隠し持っている深遠な謎にアプローチしている石井の内的な思いの現れともいえるだろうし、それと共振する喜びの発露かもしれない。
そうした意味での新しさや現代性をもちながらも、私にはこの演奏が一方でオーソドックスに聴こえる。もちろん守旧的という意味でも、むろん伝統かぶれした装いといった意味では決してない。ビル・エヴァンスから吸収してつくりあげたスタイルの、その最も石井彰的な表現に歴史の心地よい投影を見るのだ。中でも2人制ベースのクィンテットで演奏された「メモリー・オヴ・マーチ」(M4)が素晴らしく味わい深い。亡き父に捧げた曲だというが、表現の内的な深度が演奏のさまざまな箇所に格別なリリシズムを生む。類家心平の激情を押さえて抑制の利いたトランペット演奏が印象深い1ページをを挿入しているあたりも心に迫る。再現部でのトランペットの下を縫うアルコ・ベースの響きも効果的。
添付資料に添えられた石井の解説によれば、M3「十二神将」が象徴するように、「12」という数字が彼の思想上のキーワードともキーポイントともなっているらしい。薬師如来を守る大将の十二神将にはじまり、そこでの作曲技法として導入した12音技法、12の半音からなるオクターヴ、「サークル」(M5)の12小節のブルース等々。その「サークル」での石井の10コーラスもさることながら、石井と類家が江藤良人と繰り広げる交換もスリリング。
「メモリー・オヴ・マーチ」や「十二神将」とともに「M.R.(モーリス・ラヴェル)」(M6)で用いたアイディアも出色。恐らくラヴェルの「ボレロ」?から得たモチーフを再構成し、ファンク調のリズムで展開したアイディアが恰好いい。彼自身はキャッチーなファンク調というが、これはそれ以上にジャズそのものだ。つまり中での各ミュージシャンのプレイそのものがファンクに浮かれている風はなく、石井をはじめ全員がジャズ表現としての気概を込めているからだと、私は思いたい。
トリオやクヮルテットの面々に触れずじまいになってしまったが、首を捻るプレイは皆無だった。中でも杉本智和の健闘を称えたい。一言でいって、石井彰の渾身の秀作と聴いた。
タイトルの「 Endless Flow 」について、彼は宇宙の法則としての摂理を、「輪廻転生」という言葉で表したように、私たちはまさに終わりのない流れの一瞬を生きている。(悠 雅彦)
悠 雅彦(ゆう・まさひこ)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。
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