# 1120
『望月治孝/PAS [パ]』
text by Takeshi Goda
2014:12” LP レコード番号なし ¥3,000 (税抜) |
望月治孝 Alto Saxophone Solo
Side A. 静岡 あざれあ音楽室 2013年1月30日
Side B. 静岡 あざれあ音楽室 2013年2月20日
Recorded on Jan. 30 & Feb. 20, 2013 at AZAREA MUSIC ROOM Shizuoka, Japan
Line Notes: Written by Manabu Takayama
Photographed by Yasuhiro Ohara
(Thanks to Munemori Sato, Koenji Bar TEN)
Produced, Designed by Harutaka Mochizuki
静岡県は、温暖な気候と共に、東京・名古屋・大阪から日帰りできる絶妙な立地により、古今東西の文化の交差地点として、独特の音楽的風土がある。特に地下音楽やノイズ/アヴァンギャルド系のユニークなアーティストが複数存在し、個性的な音楽シーンを育んでいるに違いない。なぜ断言できないかというと、筆者が未だ静岡のライヴ現場を体験したことはなく、もっぱら録音・録画物や動画と、時折行われる静岡県出身のアーティストの東京公演から想像するしかないからである。
昨年6月、轟音ギターで知られる浜松のロックバンド、UP-TIGHTのフロントマン青木智幸が上京し、荻窪のライヴハウスに出演した。UP-TIGHTの屈強且つ抒情的なサウンドは、10年来筆者のお気に入りで、東京では年数回しか観られないので、どんなチャンスも見逃がさないようにしている。青木のソロ演奏は以前に観たことがあったが、この日は初めて観るデュオ演奏だった。ギターをストロークして情念的な歌を唄う青木から数メートル離れた暗い照明の中に、サックス奏者が佇み、地面を睨みつけるように身を低く構えたまま殆ど動かず、不穏なオーラを放っていた。やがて絞り出すように細く甲高い音色が流れ出す。フリーキーな激しさではなく、暗闇が軋むように静謐で残忍なほど冷たいトーンが、深いリバーブに響く歌とギターの轟音の狭間から、鋭利なナイフのようにくっきりと浮かび上がった。それは単なる共演・セッションとは次元が異なる、「個」と「個」がお互いを意識しつつも敢えて無視を貫く、冷徹な意志に満ちた邂逅だった。
サックス奏者の名は望月治孝。静岡県に多い望月姓の、今年37歳になる青年である。公式バイオによれば、1977年、静岡市生まれ。昭和音楽大学短期大学部卒。1999年頃よりアルトサックスによるソロ演奏をはじめた。荻窪グッドマン、武蔵小金井アートランドなどを拠点に演奏活動し、サックス以外にピアノやギターも弾き、歌を唄うこともあった。2004年にリリースしたCD『Solo Document 2004』が2005年度 英WIRE誌のジャズ/即興部門ベストディスク15枚に選定され、海外で注目され、スコットランドのライヴイベントに出演したこともある。これまでに数枚のCD、CD-R、7"EP、DVDをリリース。
当時は東京をベースに活動していたが、2007年に住処を実家のある静岡に移して以来、生まれ育った故郷で演奏を続けている。当然演奏の場は東京に比べ圧倒的に少ない。そんな環境で、望月は既存のライヴハウスやホールだけではなく、公共施設の音楽室を自らの表現の場と定め、ソロ演奏会を定期的に自主開催してきた。かろうじてピアノはあるが、PAや照明は自前で、パイプ椅子を並べただけの、質素というより空虚な空間と言えるだろう。しかし視点を変えれば、決められた使用時間の制限以外は何の規制もない自由な場である。ほんの数人の観客の前で、思う存分自分らしい表現行為を追求出来る場所。「あざれあ音楽室」での定例イベントは、望月治孝の魂の開示の場であり、修練の場でもある。
限定100枚のアナログLPでリリースされた本作には、昨年1月と2月のあざれあ音楽室に於けるアルト・サックス・ソロ演奏を収録。1点1点手作業でセットしたに違いない、丁寧な作りのジャケットの表紙の壮絶なポートレイトが強烈に迫り、1年前に暗い地下のライヴハウスで感じたゾッとするような存在感を思い出す。収録された演奏を一文字で表すとすれば「孤」。「孤独」にも「孤立」にも「孤高」にもなりうる未知の可能性を含んだ不定形な存在。何かが潜んでいるような長い無音の中から、リードミスにも聴こえるハイピッチの悲鳴が絞り出される。ボディの振動とキイを押さえる音とマウスピースから漏れる息の音が重なり合う。シャープな音だが、立ち込める闇は深く、突き破ることはない。無音の暗黒に争う独りきりの魂。もしかしたら目に見えない霊魂の悪戯が音楽のように聴こえるだけなのかもしれない。想像力を逞しくすれば、無限のイメージが喚起される。しかし、この演奏を目の前で観たとしたら、一体何を感じることになるのか、それだけは想像できない。
「PAS(パ)」とはフランス語の否定副詞で、ne〜pasの形で「〜ない」という否定文になる。語源は「一歩」という意味で、そこから「ほんの少し」という意味に派生したという。本来単独で使用されることはなかったが、現代の話し言葉では「pas」だけで否定を表すこともあるらしい。また名詞の「pas」はダンスのステップの意味である。否定としての「pas」、一歩のステップとしての「pas」、望月がどちらの意味を含ませたのか、もしくはどちらも見当違いの邪推なのかはわからないが、無音の中に限りない生命の迸りを想像させるこの演奏に、相応しいタイトルだと言って良かろう。
深い暗闇、土色の肖像写真、未完成の孤(独?立?高?)。手に入れたものだけで満足するべきか、恐いもの見たさで、この目でしかと確かめるべきか。正直言って、未だに決心がつかずに居る。(剛田武)
問い合わせ:
fuzainoisu@yahoo.co.jp
http://www.geocities.jp/fuzainoisu/
剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01
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